悲しい別れ(チャオのアカデミー時代秘話(完結編))

ルミナスが気が着くとそこはベッドの上だった。
「ここは?」
起き上がってキョロキョロする。
辺りは暗かった。少しすると目が慣れてくる。
「メディカルセンター・・・かな?」
ベッドから降りようとすると体が痛む。
「!?」
その痛みでルミナスは思い出した。
(チャオ!?)
一瞬チャオの表情を思い出して背筋に悪寒が走る。それと同時にあれは夢だったのかどうか疑問に思えてくる。痛みを堪えて病室を出たが途中で看護婦に捕まり、あっけなく病室に運び戻された。


「にゃ・・・にゃは・・は。」
チャオは乾いた笑いを浮かべていた。
「だから言ったにゃ。死にたくなかったらって・・・。」
そう良いながら死体を見下ろすチャオ。血に染まった両手を見て震えていた。
(恐がっている場合じゃないにゃ・・・あたしはナルの仇をとるんだにゃ。)
再びチャオの顔が引き締まる。その場で手についた血を綺麗に舐め取ってから駆け出した。


「何ですって?失敗した?どう言う事?」
サテラ家の一室では、ビジフォンに向かって怒鳴っている女性が一人いた。
「どう言う事かは私が聞きたいんですが?母上。」
後ろでした声にハッとする女性。振り向くとそこには怒気を含んだ顔をした息子がいた。急いで隠す様にビジフォンを切る母親。
「隠しても分かっています。フィアール家のどなたかでしょう・・・。」
息子の言葉に答えられない。
「アルダと私を結婚させようという魂胆でしょう。そうはさせませんからね。私の相手はチャオしかいません。」
はっきりと言い切る息子。
「何を言っているんです。あんな誰の遺伝子が入っているかも分からないニューマンと一緒になるだなんて許しません。」
息子の言葉に腹立たしげに言う母親。
「それに、私とチャオはもう深い仲なんです。」
「な・・・。」
息子の発言に唖然とした上に気を失いそうになる母親。
「良いですね。私はアルダと一緒になる気はありませんからね。それと、ナルとルミナス、そしてチャオに何かするなら・・・いいえ、したなら私は絶対に許しませんからね。」
いつもは見せない真面目な表情と、怒気を含んだ言葉の迫力に押されて母親は何も言えなかった。息子はそれだけ言うと部屋を出ていった。


チャオはフィアール家の前に来ていた。
「アルダという女性に会いに来たにゃ。会わせて欲しいにゃ。」
門の所で静かに言った。
「只今、アルダ様はお休み中です。また明日お越し下さ・・・。」
ガシャン!
チャオは無言で入り口にある受付システムの画面を叩き壊した。手から血が出ていたが痛くもなかったし気にも止めなかった。そのまま門をかざす様に手を一閃すると門があっけなく壊れた。チャオはそのままフィアール家へと入っていった。

「ウゥーーー。」
途中で巨大な番犬に出くわした。
「お前が命を賭けてまで守るべき相手かにゃ・・・。そうだというなら相手になるにゃ。あたしの狙いはアルダだけだにゃ・・・。」
チャオの言葉に番犬は威嚇するのを止める。迫力に気圧されたのかすごすごと廊下に消えていった。
そして、チャオはアルダの部屋の前まで辿り着いた。
「近くにいる女の始末に失敗した?どう言う事ですの?」
中から声がする。
「にゅふふ。」
チャオの目がキラリと光る。
ガラガラガラ・・・。
扉が破壊され誰かが入ってくる。
「!?な、何者ですの?」
流石に驚いて振り向くアルダ。
「知りたがっていた原因だにゃ・・・。」
冷たく言うチャオ。そして、何かをアルダの目の前に投げた。それは人の腕だった。
「ひいぃーーー!」
血だらけの腕を見て悲鳴を上げるアルダ。後ろのビジフォンからは何か言っていたがアルダの耳には入っていなかった。チャオはゆっくりとアルダに近付いていく。
「た、助けてーーーー。だ、誰かーーーー。」
アルダは恐怖の余り後ろを向いて、手をじたばたさせる。その衝撃でビジフォンが切れる。
「助けなんか来た所で無駄にゃ・・・。ナルを殺したのも・・・ルミナスにちょっかい出したのもお前の仕業だにゃ・・・。」
「そうです。そうです。ごめんなさい・・・。まさか死ぬだなんて思っていなかったの・・・。お願い、命だけは、命だけは助けて。」
チャオの余りの迫力に泣きながら命乞いするアルダ。
「無様だにゃ・・・。そんな・・・そんな・・・お前なんかに殺されるだにゃんて!!!」
チャオはアルダの長い髪を掴む。
「い、痛いっ!」
「当たり前だにゃ!」
チャオはそのまま反対側の手で胸倉を掴む。
「く、苦しい・・・。」
少しするとアルダは気を失ってしまう。
パンパンッ!
チャオは直ぐに頬をはたいて気が付かせる。
「お前を殺す価値ないにゃ・・・一生傷を負って生きるが良いにゃ。生き残ればだけどにゃ。」
アルダは余りの恐怖に声すら出なかった。
ブシャー!!!
いきなり首筋に痛みが走る。
「声なんて出ないにゃ。声帯切れてるしにゃ・・・。せいぜい生死の境をさ迷うが良いにゃ。運が良ければ命は助かるにゃ・・・。」
アルダは口をパクパクして少しすると意識を失ってガックリとなった。
チャオは興味を失った様にアルダを床に投げ捨ててその場を後にした。



「奥様・・・。」
既に明け方近かったが呼び出すには適当では無い時間だった。
「何・・・。」
あからさまに不機嫌な顔でメイドに言う。
「チャオ様という方が緊急で奥様にお会いしたいとの事です・・・。」
「こんな時間に?」
今度は不信そうな顔をしながら言う。
「会わないと、こいつの首が飛ぶにゃ。」
そう言って画面の奥からチャオが出てくる。
「いいわ。会いましょう。だからその子には指一本触れないで。」
「分かったにゃ。」
そこで一旦ビジフォンが切れた。

「脅かしてゴメンだにゃ。」
チャオはさっきまでの態度は何処へやら。メイドに頭を下げる。
「いえいえ、初めは驚きましたけれどね。」
思ったよりも肝が据わっているのかあっけらかんと言うメイド。
「にゃはは。とりあえず直談判してみるにゃ。」
「頑張って下さいね。」
「うんっ。」

「それで、何のご用かしら?チャオさん。」
ラーナ・サテラは落ちついた口調で聞いた。チャオは直感的に強敵だと思った。
「あたしと、サテラ・・・じゃなかった、コルファとの仲を認めて欲しいにゃ。それとアルダとの結婚の話は無かった事にして欲しいにゃ。」
「残念ながらそれは出来ないわ。理由は3つ有るわ。」
チャオは黙って頷いてそれを聞いた。
「1つ。貴方がニューマンなのは知っているわ。それが駄目と言う事ではないの。貴方の遺伝子が不明だと言う事が理由なの。それが明らかになればそれはクリア出来るわ。」
ちょっと難しそうな顔をするチャオ。
「2つ。息子と貴方の幸せを思っての事。ニューマンは寿命が不特定と言う事と、多分息子は長生き出来ないという事・・・。」
(にゃんですと!?)
チャオはラーナの言葉に驚きを隠せなかった。
「最後に。これは貴方に言っても仕方のない事だけれど、サテラ家存続の為なの。今、サテラ家には膨大な借金があるの・・・。後は聡明な貴方なら分かってくれるわね。」
苦い顔をして言うラーナ。チャオは正直驚いていた。こんなに理解力の有る人だとは思ってもいなかった。そして、少しチャオはその場で考え込んだ。
「ごめんなさい。あたし、正直、もっと分かっていない人なのかって思ってたにゃ。3つの理由分かったにゃ。サテラ家の為に、あたしが身を引くにゃ。あたしの遺伝子の話は出来ないんだにゃ・・。」
(本当の事なんて言えないにゃ・・・。)
チャオは苦しそうに言った。
「いいの。それと、コルファの寿命の事なんだけれど・・・。」
「言いたくないなら言わなくても構わないにゃ。」
「いいえ、貴方には話しておきたいの。アルダも、コルファ本人も知らないわ。」
「にゃんですと!?」
(本人すら知らにゃい事、あたしに!?)
チャオは不思議そうな顔をしてラーナを見た。
「あの子は今次元爆弾を抱えている状態なの。遅くとも30年後には爆発してしまうの・・・。」
「そ、それって、生きられても後十数年って事かにゃ?」
チャオの言葉に黙って頷くラーナ。
「でも、なんでそんな大事な事を話さないんだにゃ?」
「多分あの子は分かっていると思うの。だから出来るだけ好きにさせてあげたいの。でも、家にはあの子しかいないの・・・。」
「・・・。」
チャオは黙り込んでしまう。
「出来る事なら貴方と一緒にさせてあげたいの。私も・・・無理矢理親に決められた結婚だったしね。」
苦笑いしながら言うラーナ。
「分かったにゃ。あたしから、話すにゃ。でも、これからも友人でいる事には構わないにゃ?」
「勿論よ。それは是非ともお願いしたいわ。」
チャオは黙って頷いた。
「朝早くお邪魔しちゃって申し訳無かったにゃ。それと・・・アルダには天罰が下ったみたいだから当分はメディカルセンターかもしれないと言う事だけは言っておくにゃ。それじゃあ、あたしはこれで失礼するにゃ。」
チャオは不思議そうな顔をしているラーナに一礼してからサテラ家を後にした。


次の日のアカデミー・・・
「サテラ。今夜話があるにゃ。」
「う、うん。」
何時に無く真面目な顔をして言うチャオにサテラは不思議そうな顔をしながら返事をした。

チャオのアパートで夕飯を食べ終わった後に切り出した。
「サテラ・・・。あのね、あたし達友達のままでいようにゃ。」
「えっ!?」
チャオの突然の言葉にサテラは驚く。
「何で?もしかして母さんに何か言われたの?」
「ううん。あたしねナルを殺した犯人殺しちゃったんだにゃ・・・。それにルミナスにちょっかい出した人もだにゃ・・・。」
「何冗談・・・。」
「冗談じゃないにゃ!あたしは殺人者なんだにゃ。」
チャオの強い言葉の後に二人の間に沈黙の時が流れる。
「それ、本当なの?」
冷静で真剣な顔をしていうサテラ。それに黙って頷くチャオ。
「それは、僕がそれでも構わないって言っても駄目なの?」
「本当だったら・・・。友達で何て言うのも不味いのかもだにゃ・・・。あたし・・・怒りで押さえられなかったんだにゃ・・・。もし・・・このままサテラまでって思ったら・・・恐くなったんだにゃ・・・。」
「僕は構わないよ。チャオにだったら殺されたって構わない!」
チャオはその言葉を聞いて思わず涙ぐむ。
「駄目・・・なんだにゃ・・・。お願いにゃ・・・あたしに・・・そんなに・・・優しく・・・しにゃいで・・・・。」
ボロボロと泣き出すチャオ。
「ゴメンにゃ・・・あたし・・・あたし・・・!?」
チャオが泣きじゃくっていると、サテラがそっと無言のまま抱き締める。
「駄目にゃ・・・。」
チャオは自分から離れる。悲しそうに笑ってサテラの顔を見てから、振り向いてそのままアパートから飛び出した。サテラも後から追ったがチャオの早さに追いつけなかった。
「チャオ・・・。」
道の途中でサテラは呆然と立ち尽くしていた。


チャオはそのまま当ても無く歩いていると何時の間にかメディカルセンターの前まで来ていた。
「メディカルセンターか・・・ルミナスの様子でも見に行くにゃ・・・。」
チャオは涙を拭いてから、メディカルセンターへ入っていった。

ルミナスはどうしたらここから抜け出せるかずっと思案していた。ただ、直ぐ横には一人看護婦が待機していた。
プシュー
「ルミナス〜。お見舞いに来たにゃ。」
「チャオ!!」
ルミナスは今まで考えていた事が一瞬で吹き飛んだ。
(挨拶はいつもと同じだけど・・・目が赤いし、涙の後があるわね・・・。空元気、か。)
チャオを見て様子がおかしい事を一瞬で察した。
「あの、看護婦さん。すいませんけど、少しで良いんで席外してもらえませんか?」
真面目な顔をして言うルミナスを見て、看護婦は黙って頷いてから立ち上がって病室から出ていった。
「にゃ?」
チャオは不思議そうに看護婦を見送っていた。
「あのねチャオ。お見舞いに来てくれた事はお礼を言っとくわ。でもねって、まあ、いっか。こっち来なさい。」
ルミナスの手招きにチャオはそのまま近付いていく。近くまで来るとルミナスはいきなりチャオを抱き締めた。
「にゅ!?」
チャオは驚いて一瞬硬直した。
「何があったか何となく想像はつくけどね。大丈夫。私はずっと友達だからね。」
「うぅ・・・ふみゃ〜〜〜。」
ルミナスの言動にチャオは堪えきれなくなって泣き始めた。
「よしよし。」
(ふう。これじゃあどっちが病人なんだか。)
ルミナスは心で苦笑いしながらチャオの頭を撫でていた。
暫くして泣きつかれたのかその場でチャオは寝息を立て始める。
「やれやれ、しょうがないな。」
ルミナスはそれを見て、微笑んでいた。

「んにゃ?」
チャオが目を覚ますとすっかり朝だった。ルミナスは寝息を立てている。チャオはルミナスを起こさない様に書置きを書いた。

「ルミナスへ
いきなり来て泣いて寝ちゃった上に帰っちゃってごめんにゃ。訳はまた今度話すにゃ。お大事にね〜。また来るにゃ。
                  チャオより」

そして、書き終わってそ〜っと病室を出ていった。廊下では既に早起きしている患者さんにすれ違う。何人かはチャオの顔を見ていた。
(???何であたしの顔見てるんだにゃ???)
「お嬢ちゃん。酷い顔してるよ。顔を洗っていきなさい。」
途中で老人に言われてチャオはハッとして老人に一礼してから洗面所へ急いだ。
「うにゃ!本当に酷い顔だにゃ。」
鏡で自分の顔を見て苦笑いしてから顔を洗った。それから、もう一度鏡を見て確認してから、メディカルセンターを後にした。
アパートに戻ると書置きと合鍵が置いてあった。

「チャオへ
深くは聞かない。これからも友人としてよろしく。
                           サテラより」

書いてある字が震えてるのが分かる。
「うぅ・・・ゴメン・・・にゃ・・・。」
それを見てまた泣き出してしまった。
チャオはずっと・・・ずっと泣いていた・・・。ただ、ただ、悲しかった・・・。