地底湖(後編)

「くぅ。」
(セシールと一緒の時は感じなかったけど。かなり冷たいのね。この人大丈夫かな?その前にあたしが大丈夫か!?)
トロは冷たい水に苦笑いして耐えながら、女性を抱えて立ち泳ぎしていた。
「はうあ!?」
軽くバタ足していた右足がいきなりつった。
(やばっ!ピーンチ!!!)
流石に焦った。片腕で女性を抱えているだけに、押える為に手が伸ばせない。無理矢理足に力を入れて伸ばそうとするが、冷たさで感覚が半分麻痺しているのか上手くいかない。
「セ・・・セシール・・・。」
痛みを堪えながら小さく言うのが精一杯だった。トロは足を抑えながら女性と一緒に少しずつ静かに沈んでいった。

セシールはすぐにトロの異変に気が付いた。凄まじい速度で二人に近付いて、沈んでいる二人を抱えて、すぐに水面まで浮上した。
「ゲホッ、ゲホッ・・・はあ、はあ。」
トロは咳き込んで水を吐き出した後、荒く息をしていた。
「大丈夫ですか?トロさん?ごめんなさい遅くなってしまって。」
涙を溜めて今にも泣きそうな顔をしてセシールが謝る。
「大丈夫、大丈夫。ちと不味かったけど、間に合ってくれたしね。そんな顔しなくてもいいよ。あのさ、右足つっちゃって痛いんだけど何とかなるかな?」
初めは笑いながら言っていたトロだったが最後の方には笑顔が引きつっていた。
「ちょっと待ってて下さいね。」
セシールはすぐにトロの右足に手を当てると、淡く光って痛みが引いていく。
「ふう。こりゃあ効くわあ。」
トロは何とも言えない顔をしながら呟いた。
「くすくす。」
セシールはその様子を見て可笑しくなって、笑っていた。
「そうだ。それで、戻って来たって事は陸地があったの?」
「はい、ちょっとした浮島みたいな場所ですがありました。そこに何故か、フェリアーテさんと知り合いのソニアさんという方がいらっしゃいました。」
「おおっ!フェリーいるんだ。じゃあ、この人の介抱は楽ちんだね。それじゃあ、悪いけど、送って貰えるかな?」
「はい、では行きますよ。」
そう言ってセシールが泳ぎだすと凄いスピードだった。
(うわお!これがテムの体験した奴なんだね。)
トロは驚きながらも自分では出来ない感覚を楽しんでいた。

「しかし、さっきのセシールはトロとそっくりだな。姉妹なのか?」
「違うって話だよ。片や、水の星、つまりは何処かの惑星生まれのお姫様で、片やパイオニア2生まれ、パイオニア2育ちのニューマンだからね。まあ、よく言う世界には三人似た人間がいるってのの二人なんだろうね。」
「そうか、そうすると私やフェリーに似た奴もいるかもしれないって事か。」
「そういう事になるね。ただ、セシールとトロみたいに性格は違うだろうけどね。妙におどおどしたあたしや、ソニアのそっくりさんかもしれないよ。」
「想像つかんな・・・。いや、したくも無いというのが正直な所か。」
真面目な顔をして言うソニアにフェリアーテは笑いそうになったが堪えていた。
そんな話をしているうちに、セシールがトロと女性を連れて戻ってきた。トロは自力で女性の方は、フェリアーテとソニアが陸に上げて、ゆっくりと寝かせた。
「まともに話をするのは初めてかな?あたしはトロ。宜しく〜。」
トロは右手を差し出しながらニコニコして言った。
「そうだな、お互い面識だけはあるからな。ソニアだ。」
ソニアはその手をしっかり握って挨拶し返した。
「じゃあ、悪いけど宜しく頼むよ。」
「はい。」
二人が挨拶している間にフェリアーテとセシールは端でひそひそと会話していた。
「危なかったらすぐに逃げるんだよ。戦うのはあたい等の仕事だからね。絶対に無理はしちゃ駄目だよ、いいね?」
「はい。フェリーさんお優しいんですね。では、行って参ります。」
セシールはにっこり笑いながら言った後、水中に消えていった。
「お互いハオが軸になっての顔見知りか。」
「そうだね。テムは知らないだろうし、まあフェリーの時もあるよね。」
「そうだな。ところでこの女は知り合いか?」
ソニアは気絶している女性に視線を移して聞いた。
「いや、セシールとこの地底湖探しに来ている途中で見かけてさ、穴から落ちちゃったもんだから助けようと思ってね。それで一緒に落ちて来たって訳。そういえば、妹とはぐれたとか言ってたなあ。」
トロも女性の方を見て答えた。
「その妹って奴も何処かに落ちたんじゃないのかい?」
二人の会話にフェリアーテが割って入った。
「確かに、その可能性は高いな。そうでなかったら、まだ上かもしれない。」
ソニアは見えない天井を見るように上を見上げながら言った。
「上だとちょっと再会は先になりそうだね。それこそあたし達みたいに落ちてでも来なければね。」

ドボーン!
ドボーン!

トロがそういった瞬間二ヶ所から落ちてくる音がした。
「案外、どっちかが妹だったりしてね。」
フェリアーテは苦笑いしながら言った。
「別にあたしが言ったから落ちて来た訳じゃないよね?ね?」
トロはちょっと焦った表情で二人に助けを求めるように聞いた。
「いや、違う。お前が言ったからだ。と言ったら?」
「えええっ!?流石に罪悪感感じちゃうな。落ちる場所によっちゃ冗談にならないだろうし・・・。」
トロはちょっと元気無く俯きながら呟いた。
「まあ、そう気を落とすな。誰が言ったとしてもそれに対してタイミングよく事が起きるのは良くある事だ。それを気にしていたら切りが無い。それに、ここならいつ、何が落ちてきてもおかしくは無い。」
「まあ、あたい等じゃあ見にいけないからね。あたいとソニアみたいに陸地に落ちてくるのが良いのか、着水した方がいいのかは微妙な所さね。」
「ええっ!?フェリー達ここに落ちたの?良く大丈夫だったね。」
トロは驚いてフェリアーテを見ていた。
「私はこういうのには慣れてるし、フェリーも見事な着地だった。」
ソニアの言葉にも驚いて、フェリアーテとソニアを交互に見ていた。
「それは、良いとしてちょっと様子見てみようかね。」
フェリアーテは女性の脈を見たりし始めた。ソニアとセシールはその様子を見守っていた。
「ちょっと頭打って気絶してるだけかな。打ち方は酷くないからそのうち目を覚ますと思うよ。」
「そりゃ良かった。助けた甲斐があった。」
ホッとしてトロは微笑みながら言った。
「ん?何か来る!」
ソニアが水辺の方へヤスミノコフを構えた。フェリアーテは黙ってインペリアルピックを構えてソニアの前に立った。トロは緊張しながら気絶した女性の傍でその様子を見ていた。
水面に影が見えてきた。流石にセシール程の速度ではなくかなりゆっくりしたスピードだった。

ザバッ

水面から現れたのはいつも上で見るエネミーだった。
「シャー・・・。」
フラフラとして少し様子が変だったのでフェリアーテはインペリアルピックを構えたまま訝しげに見ていた。
(フェリー・・・何故、攻撃しない!?)
ソニアは動かないフェリアーテに疑問を抱いた。そして、何もしない事に業を煮やしてヤスミノコフの引き金に手をかけた。その瞬間。
「駄目だあーーーー!!!」
叫んだトロのハリセンがソニアの横っ面を見事に捕らえた。
(!?!?)
痛くは無かったがソニアは何が起こったのか分からないまま吹っ飛んだ。そして、その勢いで危うく水中に落ちそうになった。
「な、何をする!」
流石にソニアは怒ってすぐに起きあがってからトロに怒鳴りつける。
「助けてって言ってる相手を撃とうとするなんて、見損なったよ!」
トロの方も怒って言い返す。
「何っ!?」
「まあまあ、二人共待ちなよ。状態が変なのは分かったけどさ、あたいやソニアにゃ、エネミーの救いを求めている言葉は分からない。だから、エネミーに反応して攻撃するのは普通さね。それでいきなり叩かれたんだからソニアも怒るだろう。あたいだっていきなり叩かれりゃ怒るって。別にさ、叩くのは顔じゃなくても良かったんじゃないの?お互いの誤解はあたいのこの言葉で解けたかい?」
やれやれと呆れた表情でフェリアーテが言った。言われた二人はハッとした。
「ごめん。」
「いや、私の状況判断が間違っていた。こちらの方こそ悪かった。フェリーが様子を見ている時点で私が焦れたのが悪かったんだ。こちらこそすまなかったな。」
二人が謝り合っている間に、フェリアーテは何時の間にかぐったりして倒れているエネミーの具合を見ていた。少し口を開かせてから、トリメイトを取り出して器用に持っているナイフで削りながら、それをエネミーの口に入れた。そうするとエネミーの目に光が戻ってきた。
「うん、もう大丈夫そうだ。多分冷たい水に体温を奪われたんだろう。トリメイトのエネルギーの熱量で回復したみたいだね。もうちょいおとなしくしてりゃ元に戻るだろうからじっとしてな。」
フェリアーテはエネミーに手を当てて微笑みながら言った。エネミーには言葉は通じなかったが、助けてくれた事と、フェリアーテの雰囲気を感じて大人しくしていた。
「凄いねえ。言葉が通じないのに・・・。しかも、あのエネミー結構気性激しいんだよね。うーん、フェリーの新たな力発見って所かな。」
「ふっ、全くいろいろな面を持っているな。上手く言えないが、あの景色も変な違和感を感じないのも不思議だ。」
二人はフェリアーテとエネミーを見ながらそれぞれ呟いていた。
「あのさ、見てるのは良いんだけど、一応そっちの気絶してる子も見ておいてね。そっちはソニアに任せて、こっちはこっちで言葉の通じるトロに任せるよ。あたいは引き続き周囲を警戒するからさ。頼むよ二人共。」
「合点だ、姐さん。」
少し笑いながら親指を立てて返事をするトロ。
「了解。」
ソニアの方は静かに言って、ヤスミノコフを構えながら、気絶している女性の方へ移動した。
少しして、エネミーの方が元気になったので、トロと会話をし始めた。
「シャーシャー!」
「しゃー!?しゃしゃー?」
「シュシャー。」
トロとエネミーは、結構熱心に話をしていた。
「なーに言ってんだかさっぱりわかんないね。ただ、妙に興奮してるのは分かるんだけどけどねえ。」
「良く分かるな。私にはそれすらわからん。今日は判断が悪い。すまんな・・・。」
ソニアはちょっと元気無く言う。
「そんな事無いよ。ソニアの判断は決して悪くなんか無いさ。皆それぞれの判断基準がある。自分を攻める必要は無いよ。何時でも冷静な判断の出来る。それがソニアなんだから。それとね、今言ってたのはね、ソニアの観察力があれば分かるよ。相手の外見に捕われず雰囲気で察すれば良い。ってとこかな。」
「フェリーは優しいな。しかも、今日は外見も違うせいか、余計そう感じる。」
「そうかい?あたいはいつも通りなつもりなんだけどねえ。まあ、ソニアがそう感じるならそうかもしれないよ。いつもはそんなにつんけんしてるかい?」
フェリアーテは少し笑いながら言う。その笑顔を見て、ソニアも口元だけ綻ぶ。
「二人共お待たせ。」
トロが二人の方へ向き直る。二人はトロのほうを向いて話が始まるのを待った。
「まず、ここに落ちてくる前に違う穴に落ちて、機械のいる所って言ってるから、多分坑道に一旦出ちゃったんだって。慌てて近くにあった転送装置で戻って来て、穴から上がったは良いけど、今度は違う穴に落ちて、さっき湖に落ちちゃったんだってさ。それとね、フェリーにはとっても感謝してるって。出来れば何かお礼したいって言ってるけどどうする?。」
「ふふっ。お礼なんて気持ちだけで良いよ。セシールが戻って来て陸路が分かったら、その時に道案内してくれると嬉しいかな。」
「しゃしゃー。しゃー?」
「シャ。シューシャー。」
「分かったってさ。上と繋がっている所だったら大体分かるって。」
トロはすぐに通訳した。
「ありがと。その時は宜しくって伝えて。」
「しょ、しゃー。」
「シャシャ。」
「お安いご用だってさ。」
「じゃあ、後はセシールが戻ってくるのとその子が気が付くのを待つとするかね。」
「そうだな。それと、気になったんだが、坑道と繋がっている転送装置があるんだな。」
ソニアは興味深そうに言った。
「あたしも結構ここでいろいろなエネミーに話聞いてるけど、噂だけで本当にあるとは思わなかったな。しかも、穴の中だったのね。あたし達が落ちてきた所の場所だったみたいだから、あそこってかなりの穴があるから偶然じゃないとそこには落ちないね。」
「随分と厄介な所にあるんだな。意外とわざとそうしてあるのかもしれないな。」
ソニアは少し真面目な顔をして言った。トロはその言葉の真意が分からず不思議そうな顔をした。
(ソニアの読みは案外当たってるかもね。あたいも理由はわからないけどそんな気がする・・・。)
フェリアーテはソニアの予想に心で頷いていた。