遺言

プリーの死は傷だらけのウィルが戻った後ですぐにプロジェクトメンバーの全員に広まった。ウィルの傷はわざと自分でつけたものだったが、そんな事を疑うものは誰一人いなかった。
皆が騒いでいる中、環境システム作製チームリーダーでパルマ人のヴァイリス博士、宇宙船作製チームリーダーでデゾリアンのゼラム、そして、ソフト作製チームのリーダーでモタビアンのミールの三人は泣いているハード作製チームのサブリーダーであるモタビアンのアイリーを邪魔の入らない部屋へと連れて行った。
「御三方。プリー博士が・・・。」
涙の止まらないアイリーはそれだけ言うと泣き崩れた。
「正直わし等も辛い。ただなアイリーよ。泣いてばかりはおれん。何としてもプリー博士の後を継ぎ最後の大仕事を終らすんじゃ。」
辛い顔をしながらも檄を飛ばすヴァイリス博士。
「そうズラ。ここまで来て足踏みしたら今までの苦労が水の泡ズラ。それじゃあ、死んだプリー博士も浮かばれないズラよ。私は正直混生チームは上手くいかないと思っていたズラ。けれど、最後にたどり着く目的は一つズラ。皆プリー博士の言葉に心を動かされ、この世界の為と思ってやって来たんだズラ。後一歩まで来たんだズラ。」
泣くのを堪えて熱く語るゼラム。
「アイリー。プリー博士がいなくなった今、君がリーダーなんだ。だから、ここに来てもらったんだ。プリー博士はこうなる事を予期していたようだ。何かあったら見てくれと、ヴァイリス博士、ゼラムさん、そして私にこのチップを託したんだ。無論君にも見てもらいたい。だからここに連れてきた。」
ミールがそう言うと他の二人は頷いた。データチップには番号が振ってあり、1〜3になっていた。四人はそれを順番に見る事にした。

「皆さんがこれを見ているという事は、きっと私の身に何か起こったのでしょう。志半ばにして倒れた私に代わり、アイリーさんをリーダーとしてハードに関しては完成を目指して下さい。それと、私の身に起こった事を、別のデータチップに入っている暗証番号で開けられる私のアタッシュケースに入っているビジフォンで一つだけある相手先の本人に伝えて下さい。名前はそのビジフォンにあります。それと、あの子に名前を付けてあげてください。名前は皆様にお任せします。最後まで見届けられないのは悲しいですが、必ず私達の思いは遂げられると信じています。最後まで諦めずにこの世界の為に宜しくお願い致します。」

最初のデータチップはここまでで終わった。四人は声を殺して泣いていた。そんな中でヴァイリス博士が続けて二つ目のデータチップをセットした。

「このプロジェクトは数年前から軍に知られていました。既に数人のメンバーが買収されている事実があります。その他にもハンターの中には軍人もちらほら混じっています。ですが、あえて名は明かしません。混乱を避ける為です。あの子を軍が兵器として欲しがっているようです。ミールさんにお願いして起動する前に自己プログラムを既に一部ハードに組み込んであります。軍に利用される可能性は全くありません。この事を他の方に秘密にしていたのは非常に失礼だとは思ったのですが、終ってしまった事なのでお許し下さい。皆様の思いが下らない考えの人間に利用されてはと思ってやりました。他にも、環境システムや、宇宙船にもそれぞれ同じ事がしてあります。あの子の本格起動と同時に全てのシステムが動き出す手筈になっています。そうすれば、後は勝手に事が進み邪魔する事は出来ません。あの子の本格起動後には、軍が来る可能性が高いので、皆様には早めの避難をお願い致します。私だけでなく皆さんに被害が行く事はこれからの事を考えてもこの世界にとって大変な損失になります。変な意地を張らずにこの世界の未来の為と思ってお願い致します。皆様に幸があらん事をお祈り致しております。」

二つ目はここで終っていた。四人は真剣な面持ちで見ていた。最後のデータチップはゼラムがセットした。

「最後に、モタビア政府が正式にハンターにこの異常事態の解明を依頼しました。いずれはマザーブレインに原因がある事に気が付くでしょう。そこに辿り付いた時に上手くいけばあの子と一緒に戦える可能性があるかもしれません。そこで一緒に協力してマザーブレインを倒し、それからのロボットとの上手い共存の道をこれから歩んでくれればと幻想を抱いています。マザーブレインが破壊された後の環境は非常に厳しいものになると思います。バイオモンスターが暴れシステムがおかしくても未だにこの環境が続くと思っている人達が沢山いると思います。その人達をどうか導いて下さい。パルマ・モタビア・デゾリス。アルゴル太陽系の未来と、この三つの惑星の最先端の科学の結晶であり私と皆様の全てを注ぎ込んだあの子の事を宜しくお願い致します。最後にアルゴル太陽系に明るい未来があらん事を。」

三つを見終わった四人は暫く黙り込んでいた。
「俺、やります。絶対に最後まで完成させて見せます!」
アイリーが最初に口を開いた。その目には今は亡きプリーを髣髴とさせる情熱的な輝きがあった。
「分かった。よろしく頼むぞ!わしは、ビジフォンの件を片付けるわい。ミール、入っている暗証番号の解析を頼む。」
「わかりました。」
ヴァイリスとミールも動き始めた。
「三人ともちょっと待って欲しいズラ。私から一つ提案があるズラ。」
ゼラムの言葉に三人は一旦動きを止め振り向いた。
「あのロボットの名前と外装の事ズラ。私は最大の功労者といっていいプリー博士をモチーフにしてはと思うズラがどうズラか?」
「ふむ、わしは全く異論は無いな。」
ヴァイリスの言葉に他の二人も頷いた。
「うーん。外見はプリー博士に似せるのは問題無いよね?」
ミールはアイリーに聞く。
「ええ、女性型の方が体積を確保出来るんでむしろ嬉しいかもしれません。」
「後は名前じゃな・・・。」
四人はその場で考え込んだ。
その場でどの位時間が流れたのだろうか、アイリーが恐る恐る口を開いた。
「名前をそのまま貰うのは不味いですかね?」
「流石にそれは不味いじゃろう。」
少し苦笑いしながらヴァイリスは言う。
「いや!それはいいアイデアですよ。」
「うむ、私もミールと同じ意見ズラ。」
ミールとゼラムの二人は向き合って頷いていた。アイリーとヴァイリス博士の二人の方は不思議そうな顔をして二人の方を見た。
「どういう事か説明してもらっても構わんか?」
「じゃあ、私が答えるズラ。良いズラか?」
ミールはゼラムの言葉に頷いた。
「名前をそのまま貰うというのはこういう事ズラ。プリー博士のスペルを思い出すズラ。P・U・L・E・Aなのは分かるズラ。これで読み方を変えれば良いんだズラ。」
「なるほど!つまりはプレアじゃな?」
ゼラムの言葉にポンと手を叩きながらヴァイリス博士は言った。その言葉にミールは頷いた。
「プリー博士の外見をして、プリー博士の名前のスペルを貰うというのは素晴らしい考えですね。全ての思いを乗せて最後の仕上げに早速取り掛かります。」
アイリーは握り拳を作って気合を入れて言った。
「困った事があれば何でも言って下さい。」
「そうじゃな、我々はもう終っておる。後は外装をつけたプレアが完成するのを待つだけじゃわい。」
「全てが動き出すのはそれからズラ。急がなくてはならないのは分かるが、最後の仕上げしっかり頼むズラ。」
そして、四人は強く手を握り合った。

ミールは早速データチップを解析機にかけて、暗号解析を始めた。ヴァイリス博士はそれを見守っていた。
アイリーとゼラムはまだ動揺の隠せないメンバーの元に戻った。
「皆聞いて欲しいズラ。プリー博士の遺言でサブリーダーのアイリーをリーダーとして、最後のこのロボットの外装の準備を再会してもらいたいズラ。誰か異論はあるズラか?」
ゼラムの言葉にざわついていたメンバーは静かになった。
「無言と言う事は了承と取るズラ。それともう一つ。このロボットについでズラが、名前を決めて欲しいという言葉も残っていたズラ。そこで、このプロジェクトの立案者であり最大の功労者と言っても良いプリー博士の外見を似せて作る事と、名前をプリー博士のスペルであるP・U・L・E・Aを取ってプレアと言う名前にしたら良いと思うズラが、どうだズラ?」
一人が賛成の声を上げると、それは波のように広がりメンバー全員の賛同を得た。
「それじゃあ、後は頼むズラ。」
ゼラムは再び騒ぎになったなかで、アイリーの腰を軽く叩きながら小声で言ってからメンバーの中へと歩いて行った。
「皆、聞いてくれ。後はプレアの外装を完成させればプロジェクトの9割は完成した事になる。残りの10%はプレアにかかってる。その後の事は我々を含めた生き残った人間が何とかしなければならなくなると思う。マザーブレイン破壊プロジェクトは終っても、その後のアルゴル太陽系復興という大きなものが残ります。プリー博士もプロジェクトだけでなく、アルゴル太陽系の行く末も心配されていた。無論、俺は全力を尽くすんで、皆も協力してくれ。」
アイリーの言葉にメンバーは沸き立った。

「ヴァイリス博士、暗証番号出ました。」
ミールは暗証番号の入った別のチップを渡した。
「あの騒ぎ、どうやら心配は無さそうじゃな。」
「ええ、我々も最後まで気を抜かずに頑張りましょう。」
二人は笑い合って言った。
ヴァイリス博士とミールは入口で別れ、ヴァイリス博士はプリーの部屋へ、ミールは盛り上がっているメンバーの元へとそれぞれ歩き出した。
ヴァイリスはプリーの部屋に入り、アタッシュケースを探した。しばらく探してようやくベッドの下から見つけ出した。そして、暗証番号の入ったチップを使って開けた。
中にはビジフォンが一つだけで後は何も入っていなかった。
「ふむ、これじゃな。」
早速中身を確認すると、一年以上前に話した形跡があるだけで後は記録が無かった。そして、登録されているのもその通話記録が残っている一ヶ所だけだった。宛先の名前は「シークレット」となっていた。
「はてさて、誰が出るのやら。」
ヴァイリスはビジフォンをかけて相手が出るのを待った。
「「もしもし・・・。」」
勿論出た相手はストラだった。
「おお!ストラではないか。」
「「ヴァイリス博士が何故そのビジフォンから!?」」
驚き合ったのには理由がある。お互い昔、環境システム繋がりで知り合いだった。
「実はな、プリー博士が事故で亡くなったんじゃ・・・。」
「「そうですか・・・。」」
二人共沈痛な面持ちになった。
「「死体は残っているんでしょうか?」」
「いや、エアカーに乗っていて衝突の爆発で残ってはおらんのじゃ。名うてのハンターのウィルが一緒じゃったが、ウィルも大怪我をして戻ってくるのが精一杯だったんじゃ。ウィルの話ではバイオモンスターに襲われたんだそうじゃ。」
聞いていたストラはウィルと言う名前を聞いてピクッとしていた。
「ちなみにプロジェクトに支障は出てはいないんですか?」
「「うむ。最終的には、プリー博士を偲んで、外見を似せ、名前もプリー博士のスペルをそのまま貰ってプレアとなる。確認は取ってはいないがまずそうなるじゃろう。」」
「プリー博士の意思が乗り移るようになるんでしょうね。後の事は宜しくお願い致します。それと・・・。」」
「うん?どうしたんじゃ?」
言いよどむストラを見てヴァイリス博士は不思議そうに聞いた。
「「もう、最終段階でしょうからお話します。前回のそのビジフォンに残っている通話記録の時に、プリー博士がウィルと言う名に覚えが無いかと俺に聞いてきたんです。俺は二人覚えがあるって言ったんです、一人は言っても知らないだろうと思って言いませんでした。これはヴァイリス博士なら知ってると思いますが、俺がまだ新人の頃にいじめてくれたウィル女史です。」」
「わっはっは。彼女なら覚えておるわい。君は散々泣かされていたものなあ。わしもいろいろ愚痴られたわい。」
ヴァイリス博士は懐かしそうに言った。
「「そしてもう一人。プリー博士が俺のいる環境システムの所に来て丁度一年経った頃に軍の視察として来た人間がいたんです。それが、ウィル中尉と言う人間です。前のビジフォンを貰った後、俺なりに調べてみましたんで見て下さい。」」
ストラがそう言うと、ウィルの軍歴などが次々とデータとして送られて来た。ヴァイリス博士は真剣な表情をしてデータを見ていた。
「「よく居る、叩き上げの軍人です。いまだに軍に籍があります。そこではきっと素晴らしいハンターとしているのでしょうが・・・。俺にはプリー博士が事故で死んだとは思えません・・・。」」
「つまり、このウィル中尉がプリー博士を殺したと。そう言いたいのか?」
「「俺だけじゃなく長く一緒にいた博士達ならプリー博士の性格が分かるはずです。エアカーで突っ込んで爆発で死ぬのを選ぶか、飛び降りて怪我をしてでも生き残る方を選ぶか。ただ、現場にいなかったので本当の事はウィル中尉しか知らないでしょうね。もし知っていても真実は語ってくれないでしょう。今の事はここだけの話にしておいて下さい。この事実を公表するも胸にしまっておくも博士にお任せします。くれぐれもウィル中尉には注意して下さい。それが私が言える最後の言葉です。辛い所、事実を伝えて頂きありがとうございました。プロジェクトの成功をお祈りしております。そして、成功の暁にはモタビアの何処かでお会いする事になるでしょう。その時には環境システムについてまた教えて下さい。」」
「うむ。いろいろ聞きたい事はあるが、また会う時が来たら聞く事にする。プロジェクトは任せておけ。必ずや成功させて見せる。それじゃあな。」
それだけ言うとヴァイリス博士はビジフォンを切った。
(ストラとプリー博士が繋がっておったのか。だから環境システムの話も出たんじゃな。しかし・・・ウィルが軍人だったとはのう。ストラの言う事も満更嘘でもなさそうじゃ・・・。)
黙って暫くその場で腕を組んで考え込んでいた。