迫り来る影

五年計画のプロジェクトは折り返し地点を過ぎ三年が過ぎようとしていた。計画は順調にいっていたが少し中だるみの感があった。
(特にこれといった刺激が無く、何の支障も無いから少し皆安心しているわね。まあ、雰囲気的には和やかで良いんだけど、本当に大変なるのはこれからなのよね・・・。)
プリーはコーヒーを飲みながら談笑している周りを見て、一人ちょっと難しい顔をしていた。

三日後・・・
ついに恐れていた事が起こった。バイオモンスターがモタビアの各地で確認され始めたのだ。バイオモンスターは暴れ周り人的被害を出しそれは十数件に上っていた。プリーや数名が予想していたとはいえ、現実に起こってみるとそれはプロジェクトメンバーを震撼させた。
「皆様、聞いて下さい。プロジェクトは順調に進んでおりますが、これからが本当の正念場になります。少しでも前倒しに出来る事はやっておいて下さい。バイオモンスターはこれからも確実に増え続ける事になると思います。元々、プロジェクトの予算とは別にこの事は予想済みだったので、護衛を雇う予算を取ってあります。これからは、自らの身を守る事も大事になりますので宜しくお願い致します。後二年で何としてもプロジェクトを完成し成功させましょう。」
プリーの言葉は怯えていたプロジェクトチームのメンバーに勇気を与えた
次の日からメンバーの一部が護衛探しと、拠点になっているこの場所の武装やセキュリティ強化に動き出した。落ち着いていて少しのんびりしていた空気は一変し、始まった頃の緊張感が現場に戻っていた。
(守秘の関係で護衛を出来れば雇いたくは無いけれど、メンバーが減ってしまう事はプロジェクトにとっては致命傷になりかねないけれど仕方ないわね。これで、情報は外に漏れると考えた方が良いわね。一番危険なのは全てが終った後、軍に利用される事。これだけは絶対に避けないと。軍の情報収集能力は恐ろしいものがある。知られたとしても、知られていたとしても・・・絶対にこの子は渡さない!)
プリーは大分形が出来てきたロボットを見ながら厳しい表情をしていた。

モタビア軍秘密地価基地・・・
「ほう・・・。たった一体でマザーブレインを破壊させようというのか。それだけの力のあるロボットなら是非とも欲しいな。」
「将軍。暫くは科学者共に好きにさせておきましょう。いずれはそのロボットの完成体は我々の手に収めてご覧に入れます。」
「楽しみにしているぞ大佐。」
軍の最深部の司令室で、男が二人向かい合ってほくそ笑んでいた。
「中尉。丁度奴等は護衛を欲しがっている。行って守ってやれ。期限付きでな。」
「はっ!」
大佐の横にいたウィル中尉は二人に敬礼して司令室を後にした。
(マザーブレインを破壊する・・・・か。そんな事がたった一機のロボットで可能だと言うのか?マザーブレインに支配され敵を増やすだけではないのか?只の科学者達の絵空事じゃないのか?)
「中尉!」
考えていた途中で後ろから声を掛けられたウィルは声の主の方へ振り向いた。
「こちらが、用意されたものです。中尉のお好きなようにご利用下さい。何か足りないようでしたらば、お部屋から誰かに必要なものをおっしゃって下さい。御武運をお祈りしております。」
相手から大き目のケースを受け取って、お互いに敬礼してから自分の部屋へ向かった。部屋についてから、早速ケースを開けた。中にはいろいろな武器、防具それといろいろなデータが入ってあるであろうデータチップが何枚か入っていた。まずは、武器と防具の感触を確かめた。サイズが分かっているのだろう。どれもピッタリでしっくり来るものだった。
(私用に作ってあるという事か。流石は大佐根回しが良い。)
ウィルは納得したように薄く笑った。その後、防具を外さずそのままの格好でデータチップの内容確認に入った。内容は、完全ではなかったがプロジェクトの内容・メンバー・拠点についての情報が入っていた。全てを確認した後大佐へ連絡を入れた。
「大佐。宜しいですか?」
「かまわんが、どうした中尉?」
「これからについてのお話をさせて頂きます。拠点には一ヵ月後に入ります。それまでの間は一番近い町で武器防具を試す意味と、名を売る為にバイオモンスター狩りをします。近くで武装の交換が出来るようにコネをお願いします。後は大佐からのご指示が出るまで、連中を護衛します。それで宜しいでしょうか?」
「分かった。町からの調達ルートは今からすぐに確保させよう。もし、武装以外でも欲しい物があればそこを通して言ってくれ。頼んだぞ中尉。」
「はっ!すぐに起ちます。」
満足そうな顔で言う大佐にウィルは敬礼してから通信を切った。
(マザーブレイン破壊プロジェクトか。まがい物か本物かどうかこの目で見極めてやる。)
ウィルは決意も新たに軍を後にした。

プロジェクトの方では、メンバーに怪我人が続出していた。ただ、護衛のお陰で死人や重傷者などは出ていなかった。
(まだまだ、これからよ。バイオモンスターだけが敵になる訳じゃない。マザーブレインの支配下にある機械も、システムも・・・。そして、人が・・・いずれは敵になる。)
プリーは今までに増して警戒感を強くしていた。少しでも憂いを無くす為にソフト作成チームのリーダーへ相談する事にした。
「忙しい所ごめんなさい。大事な相談があるの。」
「うん?改まって何かな?」
プリーの真面目な表情と言葉にソフト作成チームのリーダーのミールは不思議そうな顔をした。プリーはミールを他人の邪魔の入らない打ち合わせ室へ連れて行った。
「実は、出来るだけ早くここの外に出入りするネットワークシステムを今まで使っていたマザーブレインのシステムから全て切り離して欲しいの。それで、私たちハード作成チームの作る機械へソフトを移行してこの中でだけ独立させて、今まで通り何も変化が無いように使い続けたいの。」
「何だ、その事ですか。」
ちょっと笑いながらミールは言った。
「えっ!?」
意外な答えにプリーは素っ頓狂な声を上げた。
「いずれ言われると思いましてね。すでに95%は移行済みです。後5%も三日で終る予定です。プリー博士のおっしゃったように、マザーブレインが危険だという事は分かっていました。いずれは環境システム経由で端末などが抑え込まれる前に切り離そうとはしていたんです。プロジェクトに遅れが出ないように少しずつやっていたので、大分時間がかかりましたが、もう少しでその憂いも無くなります。」
「ありがとうございます。こちらも同じようにロボット用の機材だけでなく他の物も作っていましたんで、全て完了したら教えて下さい。それで、すぐにでも移行したいと思いますので。」
プリーは相手の言葉に嬉しそうに笑ってから深々と頭を下げた。
「そうしたら、新しいソフトの廉価版を入れてみましょう。それだけでも十分優秀なソフトですから。博士も見たらきっと驚きますよ。」
ソフト作成リーダーの方も意味ありげに笑いながら言った。
「楽しみにしています。これからが大変になると思いますがお互い頑張りましょう。」
「ええ、博士の思いは確実に実を結びますよ。正直言うと三年前に博士の言葉で心に火がつきましたが、どうも私は昔から熱しやすく冷め易い性格みたいで自分自身を心配していましたが、周りのメンバーを見ているうちに冷める理由が無くなってしまいましたよ。後二年で必ず完成させましょう。」
ミールから握手を求められプリーはそれに応え二人はしっかりと両手で握手した。

一ヵ月後・・・
「プリー博士。こちらが新しく護衛をしてくれるウィルさんです。近くの町では多くのバイオモンスターを倒し、街の危機を救っていると有名な方です。この度街の方に多くのハンターが移動して来たとの事でこちらの護衛を引き受けて下さいました。」
メンバーの一人が少し興奮したように説明した。
「私はプリー。メンバーを出来る限り守って下さい。貴方がどういうタイプの人間か分からないけれど、かなわない相手と判断したら逃げて下さい。生きていれば、その先が必ずあるから。それじゃあ、今日から宜しくお願いします。」
プリーは立ち上がって深々と頭を下げた。
(この科学者が、全員を動かしたといわれるプリーか。一度は会っているが、こういう態度に出れるということを見ても、確かに周囲が本人に惹かれるのは分かるな。)
ウィルは冷静にプリーを分析していた。
「こちらも一応自己紹介を。ウィルだ。最初から頭を下げる科学者は初めて見た。あんたを気に入ったよ。出来るだけの事はさせて貰うつもりだ。早速、仕事に入らせて貰う。」
それだけ言うとウィルはその場から立ち去った。
「期待できそうですね。プリー博士。」
「ええ、そうね。」
嬉しそうに言うメンバーとは逆にプリーは冷静に答えていた。
ウィルはその名に恥じない腕を持っており、その日の活躍だけでメンバー中に名を知られるようになった。メンバーは皆心強い味方を得たと喜んでいた。ただ、プリーだけはそんな中難しい顔をしていた。
(ウィル・・・。何処かで聞いた名前なのよね・・・。それだけじゃない。会った事もあるような気がする。何処だったかしら・・・。)
その日の仕事が終った後、コーヒーを飲みながらプリーは考えていた。どうしてもその名前が気になって仕方が無かった。深夜だったが意を決してストラに連絡を入れた。
「やあ、プリー。久しぶりだね。こんな時間にどうしたんだい?」
三年ぶりに見たストラは以前と変わりなく元気そうだった。思わず涙が込み上げてきたが我慢した。
「実はね、今日ウィルっていうハンターを雇ったの。それでね、どうもその名前に引っ掛かりを感じてね。調べて欲しいなって。」
「引っかかるウィルっていう名前の人物か・・・。俺が知る限りだと二人。多分プリーも知っているのは一人かな。」
ちょっと顎に手を当てて思い出しながら言うストラ。
「流石はストラ。それで私達の知っているウィルって何者?」
厳しい表情で聞くプリー。
「ヒントをあげるよ。それで、きっと思い出すと思うよ。ヒントはね、プリーが環境システムに携わるようになってから丁度一年経って視察に来た人達。でどうかな?」
「一年目で視察に来た人達・・・・・・・・・・。モタビア軍!?・・・ウィル・・・ウィル・・・ウィル中尉!?そうか、思い出した。間違いないわ。顔とかに傷があったけど本人に間違いないわ。」
興奮して言うプリーを見て、少し微笑むストラ。
「ふふふ。ご名答だったみたいだね。そうか、ついに軍が裏から動き出したんだね。まあ、久しぶりなんだし難しい話は置いておいて、プリーは全然変わってないね。良かった。安心したよ。」
「あなたもね。」
さっきまで強張っていた表情だったプリーは表情が緩んだ。
「変わったと言えば、フィルとライナかな?寝顔だけどみるかい?」
「うん。お願い。」
ストラは二人を起こさないように寝室に入って二人の寝顔をビジフォンに映し出した。プリーはすっかり大きくなった二人の寝顔を見て思わず涙ぐんでいた。
「ありがとう。後二年したら、必ず会いましょう。」
「勿論だ。頑張ってね。」
ビジフォン越しに二人はキスをした。そして、どちらからとも無く通信を切った。プリーは暫く嬉しい余韻に浸っていた。
(これでわかったわ。早くも軍の人間が動き出したって事ね。絶対に軍なんかに渡しはしないわ。それに彼女には十分気をつけないと。)
プリーは再びキッとした表情になって研究室の方でまだ作業しているメンバーを見ていた。

拠点外・・・
(プリーが直接挨拶するとは意外だったな。一番最初に私の正体に気がつくのは彼女だろう。最初に消すのはプリーに決まりだな。)
「ふふふ。」
ウィルは薄く笑ってから、満点の星空を見上げた。