ウォーターランドへゴー(完結編)

「な!?」
先にハオの方が足元が急に冷たくなって足がつった。
「冷たっ。」
フェリアーテは寒暖にはめっぽう強いが急な温度変化にやはり足がつってしまった。お互いに全力で泳いでいたので無理も無い。
二人共足を抑えて沈んでいく。
(くそっ!体が・・・動かねえ・・・。)
ハオは水温の急激な低下に体がしびれて足を抑えた状態から動けなく沈んでいくしか無かった。
一方フェリアーテはすぐに足をマッサージして何とか動くようになった。そして、ハオの方を見ると、苦しそうにしていて動けない様子が分かった。
(ハオ!!!)
すぐにレーンを乗り越えて、ぎこちない動きだったが、フェリアーテはすぐにハオの方へ泳いでいった。
(フェリー・・・。)
ハオはフェリアーテが近付いてくるのをおぼろげに確認した直後に気を失った。フェリアーテはハオの口から大きく泡が出るのを見てすぐに抱きかかえて水を飲まさないように鼻をつまんで、口を口で塞ぎながら水面を目指して泳いだ。
水面まで出てから、抱きかかえ直してゆっくりと近いゴール側に進み始めた。

「す〜い、す〜い♪」
ハオとフェリアーテから遅れる事数十秒、のんびり平泳ぎしているテムにも悲劇が迫っていた。
「す〜・・・はぅぁ!?」
一気に下がった水温に二人同様、伸ばしきった足が見事につった。
「あぅ、あぅ、あぶぅ。」
足を抑えて痛がっているうちに、口が水中に浸かった。
ゴールのプールサイドから見ていたセシールは異変に気が付いて、すぐにテムのレーンのゴール側から飛び込んだ。水中で影だけ見えている状態だったが凄まじいスピードでテムの方へ移動していた。
「がばば、ごぼぼぉ。」
テムは足がつって痛いのと、息苦しさで泣きそうになりながらも、依然沈み続けていた。
少しして、テムはいきなり抱きかかえられた。
(!?!??)
一瞬見たそこにはセシールがいて、どういう訳か痛みはあれども息苦しさが無くなっていた。目をぱちくりしながらテムはセシールを見ていた。
セシールの方は更に、痛そうに抑えている足首にそっと手を置くと綺麗な水色に輝いて足の痛みが消える。
(はわわぁ!)
テムは更に驚いて目を見開いていた。そのままセシールはテムの手を引いてスタートの方へ泳ぎ出した。テムは手を引かれるまま逆らわずに身を任せた。
自分が泳いでいるのとは違い、水の抵抗を感じずスピード感のある視界は好奇心一杯のテムを満足させた。
(すごいですぅ。)
テムは短い時間だったがさっきの足がつった事も忘れ感動していた。そして、スタート地点で二人は水面に顔を出した。
「テムさん足は大丈夫ですか?」
「おういぇ〜♪」
テムはセシールの心配そうな問いに、にっこりと笑って元気良く答えた。
「それは良かった。じゃあ、上がりましょうか。」
安心してにっこり笑いながらセシールが言うと、テムは頷いて二人でプールサイドへ上がった。

そんな事が起こっているとはつゆ知らず、チャオとトロは最後のデッドヒートを繰り広げていた。
(負けないにゃ〜!)
(今、あたしは魚になる!)
そして、ついに二人共ゴールインした。
「ぷはっ!どっちが勝ったにゃ?」
「どうなの?どうなの?」
二人はゴールを見ていた、上にいる係員に聞いた。
「私から見ると殆ど同着だったんで。ちょっと待って下さいね。おーい。今の横から撮ってたかー?」
他の係員の方へ声をかける。離れている係員は手で丸を作る。そして、こっちへ来いと手招きしている。
チャオとトロはすぐにプールから上がって離れている係員の所へと歩いて行った。
「丁度ゴールの前後撮ってありますから見てみてください。」
そう言って、持っている機械のコンソールを叩くと画像が浮き上がってくる。ゴールの10mくらい前からの映像である。二人は思わず力んで拳を握りながら見ていた。
残り5mの所でトロのスピードが一瞬だけ落ちたのが分かった。そして、そのホンの僅かな差でチャオが先にゴールしていた。
「やったにゃ〜!」
「おろろ〜ん。何でじゃ〜。なんでここでスピードが落ちたんじゃ〜。納得いか〜ん!」
喜ぶチャオと対象に負けた事よりもスピードが落ちた事が納得いかないトロは叫んでいた。
「うにゅにゅ。そう言われてみると確かにおかしいにゃ。一瞬でしかもここだけだにゃ。にゃんでだろ〜?」
喜んでいたチャオも不思議そうに首を傾げていた。
「勝ち負けはどうでも良いんじゃ〜。チャオとここまで張り合えただけでも良しとしないとだしね。流石通信教育「君も魚になれる!水泳上達講座」は伊達じゃなかったね。うっしっし〜。」
「うお!またしても通信教育だにゃ。恐るべしだにゃ!」
そう二人で言いながらも、何回か画像を見せてもらっていた。しかし、ゴールシーンを見ているだけだと何も分からなかった。
「ねえねえ、こりって画像引けるのかにゃ?」
「ええ、お二人の場面なんでアップにしているだけなんで引けますよ。」
チャオの言葉で、係員が画像を引くとゴール前にトロの隣のレーンからセシールが飛び込んだのが分かった。少し、波が立ってセシールの水中の影は一瞬で画面から消えた。
「うはっ!はやっ!」
トロはゴールシーンよりセシールの影の方を目で追っていたが、本当に一瞬で画面から消えたので驚いていた。
「多分、セシールの速さの影響で遅くなったんだにゃ。こりだけ早ければ影響も出るだろうし、あちし達じゃ勝てるわけ無いにゃ。」
チャオは感心と驚き半分で画面を見ながら言った。
「原因が分かったから良いや。負けは負け。あたしが一食おごっちゃおう。うっしっし〜。」
トロは腰に手を当てて笑いながら言った。
「でも、にゃんでセシールはテムのレーンに飛び込んだんだろうにゃ?」
「そう言われてみるとそうだねえ?」
二人は顔を見合わせて、テムのレーンをスタート方向に向かってゆっくり目で追った。最終的にスタート地点で楽しそうに話をしている二人が眼に入った。
「にゃ???」
「おろろ???」
二人は再び顔を合わせて首を傾げ合った。その後何も言わず頷き合ってスタートの方へ向かってプールサイドを歩き始めた。

そんな頃、ゆっくりゴール方向に向かっていたハオを抱えたフェリアーテは後15mくらいの所まで来ていた。水温は冷たいままで、ハオはまだ気が付いていない。
(ハオは水を飲んだとしても大して飲んでいないし大丈夫・・・。大丈夫だよね・・・。)
心配して焦る気持ちを抑えて、ハオの体に変に負担がかからないようにしてようやくゴール地点に着いた。上では係員が二人待っていた。
「すまないけど、こっちを上げるの手伝っておくれ。」
フェリアーテの言葉に、係員が水中用の浮遊担架を水中に入れてその上に寝かせるとハオの体が担架に固定された。
そして、三人で担架を水中から引き上げると、ハオの体を包み込むように布が出て覆った。
「水は殆ど飲んでいないと思うんだ。急に水温が下がっちまってね。これで体が温まれば気が付くと思うさね。ところで周りは大丈夫なのかい?」
「あんまり大丈夫じゃないですけれど、一番最後だったのが貴方達だったので手が回らずにすいませんでした。
聞かれると係員は頭を下げて謝った。フェリアーテが周りを見ると、結構な人数が手当てを受けている。ただ、どういう訳か一人だけプールの中で泳いでいる人間がいる。
「和夜・・・・。」
フェリアーテは静かに呟いたがその声にはあからさまに怒気が篭っていた。係員はフェリアーテの迫力に2,3歩後ずさった。

「テム〜。セシール〜。何があったんだにゃ〜?」
チャオの声にテムとセシールは振り向いた。チャオとトロは二人に近付いていった。
「ぢつわぁ。きゅうにみずがちべたくなって、あしがつっちゃったんですぅ。それで、せしーるさんにたすけてもらったんですよぉ。びゅーんってはやくてすごかったですぅ。うふふぅ。」
足がつったと言うのに嬉しそうに言うテムを見て、チャオとトロは不思議そうにテムを見ていた。その様子を見てセシールは微笑んでいた。
「どうやら、ハオさんとフェリアーテさんも無事着いたみたいですね。」
そう言われたチャオ達三人はゴールの方を見た。
「にゃんと!?ハオ担架にのってるにゃ???」
「おろろ?」
「どうしたんでそぉ?」
「お二人も足つったみたいでしたけれどフェリアーテさんがすぐに復活されてハオさんを助けていたんですよ。」
不思議がる三人にセシールは説明した。
「心配だし行ってみるにゃ。」
「うっしっし〜。お邪魔するの悪いんだけどなあ。」
「そうもいってられないですよぉ。」
「行きましょう。」
四人はフェリアーテとハオの方に移動していった。

「う・・・う・・ん?」
ハオは気が付いて薄目を開けた。
「良かった。気が付いたんだね。」
フェリアーテは本当に嬉しそうに微笑みながら静かに言った。
「あ、ああ。俺・・・足がつって溺れちまったのか・・・。情けねえな。」
「しょうがないよ。あれだけ冷たい水だったんだもの。あたい冷たいの強いけどそれでもつったからね。」
(足つりながらも、俺の事助けてくれたのか・・・。変な借り作っちまったな。)
ハオは少し苦笑いした。
「でも、本当に良かったよ。」
フェリアーテはそれだけ言うと、ハオを抱きしめた。
「お、おいっ!」
ハオは逃れようと暴れたが、浮遊担架の布に包まれていたので動けなかった。
「担架の上の病人は大人しくしてるさね。」
「ちっ・・・。」
ハオはそっぽを向きながらも、当たっているフェリアーテの胸を意識して赤くなっていた。
(チャオのより、全然大きいな・・・。って違う!)

「うっしっし〜。二人共良い雰囲気だけど行っちゃうの?」
「ハオは気が付いたみたいだしにゃ〜。どうしたものかにゃ〜?」
「うふふ〜。お邪魔かもしれないですぅ。」
「み、皆さんにお、お任せします。」
三人とは違い、セシールだけは二人を直視できず、恥ずかしそうにもじもじしていた。
「後は、和夜が上がってくれば揃うからそれを待つかにゃ〜。」
「わやさんはだいじょうぶなんですねぃ。」
「こういうのには強そうだからねえ。」
「水の色の変化は和夜さんの周囲から始まったような気がしたんですけれど・・・。気のせい・・・ですよね。」
ポツリと呟いたセシールの言葉に三人は思わずセシールの方を見る。
「え!?え?」
セシールは驚いて三人の方を見返す。
「そりは・・・フェリー気が付いているのかにゃ〜?気が付いていたらこの後怖い事になるにゃ・・・。」
「ど、どうなっちゃうんでそぅ?」
「お、怒ったら怖そうだもんねえ。」
四人の中に緊張が走った。そして、四人の視線はもうすぐゴールに着きそうな和夜を見ていた。

「ハオ、そのままで聞いておくれ。」
「あ、ああ。」
真剣な声になったフェリアーテの声を聞いて、焦っていたハオも普通に戻った。
「水が急に冷たくなったのはね、和夜が変な術を使ったせいさね。」
「まじか?それ。」
「肝試しの時にも使ってたからね。マイナスの力だと思う。」
「このまま、やられっぱなしってのも・・・。」
「だから、ね。」
フェリアーテのウインクにハオはニッと笑い返した。フェリアーテがハオから離れると、ハオも浮遊担架から降りた。

「ふう、やっと着いたのじゃ。」
「お疲れ様。」
「良く頑張ったな。誰もいないプールでな。」
和夜は妙にニコニコしているフェリアーテとハオを見て嫌な予感がした。
(フェリ姐とハオは気が付いているのじゃ?)
「フェリ姐、ハオありがとうなのじゃ。」
「思ったよりも遅かったねえ。あたい等は抜かされているかと思ったよ。」
「予想より冷たかったんじゃねえのか?」
「ちょっと度が過ぎたかも・・・はっ!」
思わず口が滑った和夜は口を抑えた。フェリアーテとハオはニコニコ顔がニヤニヤ顔に変わっていた。
「は、話せば分かるのじゃ。」
「死にそうな思いさせやがって・・・覚悟は出来てるだろうな?」
「他にも沢山の人に迷惑かけたしねえ・・・。このまま無事上がってのこのこ帰ろうだなんて思ってないよね?」

「予想はまた今度にして帰るにゃ。」
「ええっ!?でもあちらの三人は?」
「いいのいいの、あっちでメビウスも呼んでるしねえ。本当は見届けたいけどここは二人におしおき任せちゃおう。うっしっし〜。」
「でも、でも。」
「せしーるさん。あそこにはいってとめるゆうきありますかぁ?」
そう言われてセシールは和夜に鬼気として迫る二人を見てから、青ざめた表情で首をブンブンと横に振った。
少し離れた所でヴィーナが皆に向かって手を振っていた。それに答える様に四人も手を振った。七人は合流して話ながら更衣室へ向かっていた。
「でも、良いのかよ。後の三人ほっといて?」
「良いんだにゃ。気の済むまでやらせると良いにゃ。」
「あの状態は口挟めなそうだったしねえ。」
「何があったのか知らないけど、よっぽどの事があったんだねえ。」
苦笑いしながらヴィクスンが言った。
「それでね、びゅ〜んってすごかったんですぅ。」
「こんどは、びーなもせしーるおねえちゃんとおよぐの〜。びーなもびゅーんっておよぐの〜。」
「くすくす。一緒に泳ぎましょうねえ。」
片や三人はにこやかに話をしていた。
七人は、三人を置いていく事に決めてそれぞれ家路に着いた。


「ひええ、お助けなのじゃ〜〜〜。」
「勘弁なのじゃ〜〜〜。」
暗くなりそうなプールで和夜の悲鳴だけがずっと木霊していた。