桜の夢

「何だか久しぶり。何時以来かな。中学になる前の小学校の同窓会以来・・・かな?」
私は久しぶりに上野動物園に来ていた。西郷さんの銅像を見るのも久しぶりだ。入り口にある美術館には昔何かの展覧会で来た記憶があるがそれも十年以上前の事だ。
病気になってからお酒を飲めない私に上野でのお花見というのは想像出来ない。
ただ、桜を見るのは好きだ。毎年、どこかで、昼の桜と夜桜を見ている。
「昔はここにパンダを見に来たもんだ。偉く興奮していたのを思い出すな。」
私は少し微笑みながら笹を食べているパンダを見ていた。
(童心に帰るって奴かな。ニヤついてる自分がらしくない。)
そんな思いに、さっきの微笑と違い可笑しくて笑いがこみ上げてくる。
(この方が俺らしいな。)
久しぶりにはしゃいで歩き回って疲れたみたいなので、ベンチに腰掛けて一休みする事にした。駅で買ったお茶のペットボトルを開けてゆっくり飲んだ。
「ふう、我ながら体力無くなったな。それとも年かな。」
ちょっと苦笑いしながら呟いた。親子連れやカップルの姿が結構目に付く。
(もう俺には一生縁の無い姿だな。羨ましくないと言ったら嘘になるが、もう決めた事だ。)
少し自嘲してから空を見上げた。快晴の空に、太陽が輝いていた。
それから、少しボーっとしていた。


桜吹雪でふと我に返る。
「ん?夢か?」
目の前には知らない景色が広がっていた。


「すっかり、寝ちまったね。」
「はしゃいで疲れたんだろ。気持ち良さそうに寝てやがる。少し、ここでゆっくりしてくか。桜も綺麗だしな。」
桜が散る中でヴィーナはヴィクスンの膝の上でスース−と寝息を立てている。
「そうさね。」
「ヴィクも桜に負けず綺麗だぜ。」
メビウスはそう言って軽くヴィクスンを抱き寄せた。
「ふふ、ありがと。」
ヴィクスンはそのまま、メビウスにもたれかかった。
(空想癖もここまで来たら、病気かな。でも、こんな病気なら望む所か。)
私は妙に可笑しくなって、飲んでいるお茶を噴出しそうになった。
「とうとう、俺にもやきが回ったか。我に返ったら黄色い救急車かな。」
ふと呟いたが、それも良いかなとほんの少し思った。
(あそこの木陰にいる家族は幸せそうだ。昔は俺の家族もあんな感じだったのかな・・・。)
ちょっと嫌な事を思い出して、それを誤魔化すようにお茶を一気に飲み干した。


「ふあ?」
ヴィーナは目を覚まして、キョロキョロした。
「ん?ヴィーナ目が覚めたのかい?」
「うんっ。どうぶつさんみるの〜。」
ヴィーナはニコニコ笑いながら言った。
「おっしゃ、じゃあ行くか。」
三人は立ち上がって歩き始めた。
「ん〜?」
ヴィーナは視線に気付きそっちをみた。そこには変わったものを持っている人がいた。ヴィーナは人よりも、その持っているものに気を引かれた。ヴィクスンの手を離して一気にその人に向かって走り出した。
「あっ!ヴィーナ、待ちなさい。」
ヴィクスンが走り出すとメビウスも後から走り出した。

「ん?こっちに来る?」
私はさっき見ていた幸せそうな家族の子供がこちらに走って来るのに気が付いた。
(何で俺なんだ???)
さっぱり理由が分からず、ただ、転ばないかを心配しながら見ていた。
「あの〜。」
小さな子は見上げながらも目を輝かせていた。視線の先には空になったペットボトルがあった。
(原因はこれか。)
「ん?どうかしたのかな。お嬢さん?」
分かっていたがあえて聞いた。
「その、ふしぎなもようがはいっているのみしてほしいの〜。」
「ああ、構わないよ。」
私はペットボトルを女の子に渡した。女の子は物珍しそうにペットボトルを食い入るように見ている。その最中に女の子の両親らしい二人がやってきた。
「うちの娘がすまないねえ。」
母親らしい人が苦笑いしながら頭を下げる。
(飾らない気さくな人・・・かな。)
私はそんな印象を受けた。眼帯をしているが怖いイメージは無い。
「おにいさん。これほしいの〜。」
「おいおい、ヴィーナいきなり見ず知らずの相手に見せて貰った上に頂戴は無いだろ。」
父親の言葉に、渋々ペットボトルを私に返すように差し出している。
「こんなもので良ければ差し上げますよ。」
私の言葉に女の子の目が輝いた。
「わーいなの〜。」
ペットボトルを高々と掲げて喜んでいる。
「いいのかい?貰っちまっても?」
「構いませんよ。一応飲み物の容器なんで、洗えば何度も使えますよ。ただ、熱には弱いんで気をつけて下さい。」
「悪いな。代わりに金とか払うか?」
(いや、ゴミなんだけどさ。金なんて貰えないって。)
「いえいえ、娘さんが喜んでいるならそれで良いかなと。お代はその子の笑顔で良いですよ。」
(うっわー。我ながら歯の浮く恥ずかしい台詞だ。)
笑うのを堪えながら心で叫んでいた。
「おにいさん。さいんいれてなの〜。」
ヴィーナの突然の申し入れに私はカバンの中を探った。
「サインねえ・・・。ボールペンしか書くものが無いし・・・。」
苦笑いしながらヴィーナの方を見ると、ペンを持っている。それを受け取ってペットボトルに書き込んだ。
(ひらりん、ヒラリン、hirarin
「とりあえず、いくつかの言葉で書き込んでおきました。それと、これをチャオに渡して欲しいんですが。」
「おっ!チャオの知り合いだったか。」
メビウスは私の一言でなにやら納得していた。私は私で確信する為の一言に答えてくれたので内心喜んでいた。
私はさっき買った、猫のぬいぐるみをカバンから取り出した。ふわふわの繊維で出来ているもので、手触りがとっても良い。
「じゃあ、頼みましたね。メビウス。」
私は少し笑いながら猫のぬいぐるみを渡した。
「俺の名前知ってるのか?」
「ええ、そちらがヴィクスンでこの子がお二人の娘のヴィーナ。チャオやプレアやフェリー。他の皆さんにも宜しくお伝え下さい。」
私は内心で喜んでいた。自分が生み出したキャラクター達が自分の意志で動いている。そして、それぞれの道を歩んでいる。嬉しすぎて、ちょっと涙が出そうになった。
「じゃあ、悪いけどありがたく頂いて行くわ。ほら、ヴィーナちゃんとお礼言うんだ。」
「えへへ、ありがとうなの〜。」
本当に嬉しそうに言うヴィーナを見て私も思わず微笑んだ。
そして、三人は軽く手を振りながら私の前から去っていった。
「ええ、お幸せに。」
私は去り際にそう呟いて、見送った。桜が舞い散る中、三人は楽しそうに歩いて行った。
その後は余りに綺麗な風景だったのでそのまま見入っていた。


「・・・さん!お客さん!」
「ん?」
私は誰かに揺さぶられながら声を掛けられふと我に返った。
「お客さん、そろそろ閉園ですよ。」
声を掛けてくれたのは清掃員のおじさんだった。
「ありがとうございます。つい、良い陽気なんで寝てしまったみたいです。」
「嬉しそうな顔して寝てたもんだから起こすのも悪いと思ったが、規則なんでね。」
清掃員のおじさんは申し訳無さそうに言った。
「いえいえ、夢は覚めるからこそ良いのかも知れません。」
私が少し笑いながら言うと不思議そうな顔でおじさんは見ていた。
「では、私は行きますね。起こして下さってありがとうございました。桜の花びらの掃除大変でしょうけれど頑張って下さいね。」
そう言って手を振ってその場を去っていった。
動物園を出ると、空が夕焼けで赤く綺麗になっていた。
携帯で時間を確かめようとすると、
チャリーン。
お金が落ちた。
(おかしいな?いつも小銭は財布の中なんだけど?)
不思議に思い拾ってみると数字の1以外は良く分からない文字何だか模様何だかがある。
「ふふふ、ペットボトル1ゼニ−でお買い上げ毎度あり。」
私は少し笑いながらそう呟いて駅へと向かって歩き出した。