新しい道(後編)

チャオは担当医やフレナが驚く程の回復力で、視力以外は回復していった。
「はい、チャオ。あーん。」
ルミナスはチャオの口に一切れのリンゴを入れた。
「にゅふ〜。美味しいにゃ〜。」
チャオは嬉しそうに笑いながら言った。
{チャオ・・・。}
ルミナスは焦点の定まらないチャオの目を見て、思わず俯いてしまった。
「ルミナス〜。もう一個ちょうだいにゃ〜。」
「う、うん。」
チャオの言葉に慌ててルミナスはもう一つのリンゴの一切れをチャオの口に入れた。
「にゅふふ〜。」
チャオは幸せそうに笑った。
「チャオ。ごめんね。本当にごめんね。」
ルミナスは耐えきれなくなって泣きながら言った。
「ルミナスは何にも悪くないにゃ。謝る事なんて無いにゃ。あたしも最初はびっくりしたけど、何とかなるもんだにゃ。」
チャオはルミナスの涙を慣れない手つきで拭きながら、微笑んで言った。
ルミナスは何も言えなくなりその場でただただ泣き続けていた。


「チャオさーん。お食事ですよ。」
フレナはチャオに話しかけた。
「うんっ!」
チャオは声のする方に向いて嬉しそうに返事した。
「今日のお食事はチャオさんの大好きなお魚のフライですよ。」
「魚っ!?」
チャオは驚いてキョロキョロした。
「その場でじっとしていて下さいねえ。はい、あーん。」
少し熱かったが、確かに魚のフライだった。
「うにゅ〜〜ん。」
チャオは少し身悶えして嬉しそうに、ゆっくり味わって食べた。
{本当に良かった。3日前が嘘みたい・・・。}
フレナはそう思いながらも変わったチャオを嬉しそうに見ていた。

3日前・・・
チャオのストレスはピークに達していた。
「チャオさん。お食事ですよ。」
「いらないにゃ。」
チャオは布団にくるまって出てこようとしなかった。
ただ、フレナはまだ、マシな方である。他の看護婦が話しかけても返事すらしてくれなかった。
「ルミナスさんの為にも早く良くなりましょう、ね?」
そう言われてしまうと、チャオは渋々布団から出てきた。
「はい、あーん。」
チャオは渋々口を開けて食べた。
「しっかり食べて、頑張れば目も見えるようになりますよ。」
チャオは目が見えるようになるという言葉を聞いた途端ピクッとしてから動きが止まった。
「どうしたんですか?チャオさん???」
フレナは不思議そうにチャオの方を見た。チャオはプルプルと肩を振るわせ始めた。
そして、
「もういいにゃ〜!」
そう叫んで、自分の口元にあったスプーンを力一杯払い除けた。その勢いで払い除けた時にフレナの手も一緒に引っ掻いていた。手の甲から出血していたが、フレナは我慢して声を出さずに耐えた。
「どうせ見えるようになるなんて、ならないんだにゃ!同情なんていらないにゃ!」
チャオは苛立って吐き捨てる様に言った。
「同情なんかじゃありません。」
小さくだがはっきりとフレナは言った。
「じゃあ、一体何だにゃ!看護婦としてのお約束の言葉かにゃ?それとも、そう言えって言われてるのかにゃ?」
チャオは皮肉交じりに聞く。
「私も同じ経験をしたからですよ。」
「こんな、目が見えなくなるなんて・・・更にその後見える様になるなんてそうそうある訳ないにゃ!」
チャオはフレナの言葉を信じようとはしなかった。フレナはそんなチャオの反応を見て悲しい顔をした。
「チャオさん・・・。私、話そうとは思わなかったんですが、お話します。チャオさんも体験された事ですよ。」
チャオはフレナの反応が変わったので、様子を伺う様に黙り込んだ。
「私は元々、四年前までニューマン研究所の実験体の一体でした。四年前の爆発事故で私は大怪我を負って、このメディカルセンターに運ばれて来ました。生死をさ迷って一週間後に意識が戻りました。しかし、その時に視力を失っていました。」
{あたしはデータ上、ニューマン研究所の出身ににゃってるけど、実際は違うにゃ。でも、爆発事故でものすごい数のニューマンと研究員が亡くなった事は知ってるにゃ。まさか、フレナがその事故の当事者だったにゃんて・・・。ごく普通の生活をして来た、気立ての良いヒューマンだと思っていたにゃ。}
チャオはフレナの告白に少なからずショックを受けていた。それと同時に、フレナへの見方が少し変わった。
「ここで、私の面倒をみて下さったのが、今チャオさんの担当をしている先生なんです。私は正直絶望しました。多くの仲間や、お世話になった研究所の方が亡くなった事がとってもショックでした。いっそ私も死んでしまおうかと何度も思いました。」
フレナはちょっと辛そうな声で言った。
「でも、先生は献身的に私の面倒をみて下さって、絶対に見えるようになるとおっしゃって下さったんです。それと、この思いは私自身が持たないと意味が無い。そう思い続ける事が奇跡を呼び込むんだって。」
フレナは少し涙声になっていた。
「うにゅう・・・。」
チャオはどうして良いか分からずその場で唸った。
「ごめんなさいね。それで、私は半年後視力が回復したんです。先生にお礼がしたいのと、私自身が誰かの助けになればって思って看護学校に行きました。そして、卒業してからここに勤めているんですよ。」
「そうだったんだにゃ・・・。辛い昔の事思い出させちゃってごめんにゃ。それと、さっきは怒鳴ったりして、悪かったにゃ・・・。」
チャオは申し訳なさそうに項垂れながらフレナに謝った。
「良いんですよ。お気持ちは分かりますから。頑張りましょう。きっと見えるようになりますよ。」
「うん、見えるようになったら一番にフレナの顔を見たいにゃ。その為に頑張るにゃ。」
チャオは小さくガッツポーズをした。フレナはその様子を見て微笑んでいた。


「フレナ。君の体はもう限界に来ているんだね・・・。」
苦しそうに担当医は言った。
「はい、もう自己回復能力が働かないみたいです。でも、チャオさんだけは何とか良くなるまで看てあげたいです。」
フレナは傷口の塞がらない右手の甲を抑えながら言った。
「気の済む様にするといい。それが、私にしてあげられる最後のプレゼントだ。」
「ありがとうございます。子供達の事宜しくお願いします。」
フレナは深深と頭を下げた。
「当たり前だ、君と私の愛の結晶だ。立派に育てて見せる。」
「はい、じゃあ戻りますね。」
そう言って軽くキスをしてからフレナはナースステーションへ向かって歩いていった。
{後少しだけ、チャオさんが良くなるまで持って・・・。}
フレナは少しふらつくのを周りに悟られないように、笑顔で廊下を歩いていった。