もう一つの命
サテラと友達付き合いになってから3ヶ月が経とうとしていた。
チャオはとにかく勉強に励んでいた。
成績は元々良かったが、更に凄まじい勢いで上がっていった。
風の噂で、サテラが婚約を決めたと聞いていた。
「ふみゃ〜あ。」
チャオは大きく欠伸した。
「チャオ。ちゃんと寝てるの?」
隣にいるルミナスは心配そうに聞いた。
「そうだにゃ〜。最近は寝れるようになったかにゃ。意識を失う様にだけどにゃ。にゃはは。」
チャオは笑いながら言うがルミナスは苦い顔をしていた。
片やサテラの方は何も手につかずに、何時の間にかアルダと婚約していた。
サテラにはもうどうでも良かった。
隣には包帯姿のアルダがいた。サテラはそんなアルダを冷たい目で見下ろしていた。
チャオはアカデミーの寮に帰って来て無造作に上着を脱ぎ捨てると、ベッドに身を投げた。
「あたし・・・なにやってるんだにゃ・・・・。」
そう呟きながら天井を見上げた。
「サテラはアルダと婚約かにゃ・・・。」
天井に映し出される画面で、包帯姿のアルダとサテラが映っていた。
{パイオニア2の大富豪婚約}
チャオは何時の間にか歯軋りしていた。それに自分で気がついた瞬間、目から涙がこぼれていた。
そんな自分が嫌になってコントローラーを画面に投げつけた。
画面が消えて、何も映っていない天井が見える。
チャオはすぐに枕に顔を押し付けて眠りについた。
「にゃ〜。」
何処からとも無く鳴き声が聞こえる。
「にゃ???」
その声に気が付いてチャオはキョロキョロした。周りに見えるのは部屋の景色ではなかった。
{ここは何処にゃ?}
チャオは声の主も気になったがこの状況が不思議でならなかった。でも何故かホッとする場所だった。
「にゃ〜。」
再び声がしてチャオは自分のお腹の辺りを見た。
すると小さくて可愛い子猫がいた。
「ふにゃ〜。可愛いにゃ〜。」
チャオは目を細めてその子猫を優しく撫でた。子猫は撫でられるとチャオの手に擦り寄ってくる。
「!!!!!!」
始めは猫だと思っていたが、違った。髪の毛はあるが体毛が無い。
{あたしと同じ実験体!?}
チャオの表情が険しくなった。少し見ていると顔つきが自分に似ている。
更に・・・ステラの雰囲気も何となく感じた。
「ま・・・まさか・・・そんにゃ事・・・。これは夢だにゃ・・・。」
チャオはそう呟くと複雑な気持ちになって何時の間にか泣いていた。
「な〜お。」
そんなチャオを心配そうに見上げる子猫。
「可愛いにゃ・・・。こんな事ありえにゃいのにね・・・。にゅふ。」
そう呟いて優しく撫でる。
子猫は気持ち良さそうに小さな声で鳴くと眠ってしまった。チャオもそれを見ているうちに気が遠くなった。
「むにゃ?」
チャオは目を覚ました。周りは明るくすっかり朝になっていた。寝ぼけ眼で顔を洗いに行く。
「酷い顔だにゃ。」
鏡を見て苦笑いする。目が腫れていた。
{やっぱり、昨日夢見ながら泣いてたんだにゃ・・・。}
苦笑いしてから、何度も顔を洗ってから、アカデミーへ向かった。
「チャオ!」
「おはよう、チャオ。」
チャオはルミナスと軽く挨拶を交わした。
「チャオー。昨日何かあったの?」
チャオはいきなり言われてドキッとした。
「夢見が悪かったんだにゃ。」
苦笑いしながらチャオは答えた。
「疲れてるんだったら、メディカルセンターに行くと良いかもね。最近寝てないみたいだし。」
「うん、そうしてみるにゃ。ありがとにゃ、ルミナス。」
チャオは軽く手を振ってから講堂へと向かった。
{にゅう。ルミナスには隠し事は出来ないにゃ〜。}
朝から苦笑いしっぱなしのチャオだった。
チャオはお昼を食べた後午後から休講になったのもあり、早速メディカルセンターへと向かった。
「特に来るつもり無かったけど来ちゃったにゃ〜。」
チャオは早速受付で問診カードを受け取って端末で打ち込んでいた。
あっという間にカルテカードが出来て、チャオは受付ロボットの案内に従って歩き出した。
患者として初めて来るメディカルセンターは何か違って見えた。思わずチャオは辺りをキョロキョロ見ていた。
「こちらです。こちらで少しお待ち下さい。」
「案内してくれてありがとにゃ。」
チャオがそういうと軽く会釈して案内ロボットは去っていった。
座りながらもやはり周りが気になってキョロキョロしていた。
「チャオさんどうぞ。」
アナウンスで呼ばれたチャオは一つのドアへ入っていった。
小奇麗な部屋は病院の先生のいる所には見えなかった。
「さあ、そちらに座って。」
チャオはそう言われて静かに座った。
「さて、ぱっと見た目は何処も悪そうに無いが、どうしたのかな?」
チャオは思わず黙り込んでしまった。
{なんて言えばいいんだにゃ?}
正直何処が悪いというのは分からない。その場で苦笑いしか出来なかった。
「ふむ、とりあえず一通り検査だけしてみよう。それで何もなければ安心も出来るだろうからね。」
チャオはその言葉に小さく頷いた。
その先の検査は初めての経験で楽しんでいた。検査を担当していた看護婦さん達は、そんなチャオを微笑ましそうに見ていた。
そして、順調に検査が終った。
チャオは検査が終って、ディスプレイを眺めている先生を見て緊張していた。
「とりあえず、悪い異常はないね。」
その一言にホッとするチャオ。
「ただねえ・・・チャオさん・・・。」
先生の言葉に息を飲むチャオ。
「貴方妊娠しているよ。」
「にゃ〜んだ。妊娠か〜。ってにゃんですと!?」
チャオは目を真ん丸くした。
「相手は予想つくのかな?」
目をぱちくりしているチャオに冷静にいう先生。
「あの・・・つくんだけど・・・どうしたら良いのかわからにゃい・・・。」
チャオは困惑顔で俯いた。
「ふむ・・・君悪いが席を外してくれ。」
先生がそういうと付き添いの看護婦さんが部屋から出ていった。
「秘密は必ず守ろう。そして、どうするか今決めるんだ。それが、貴方の為でもあり、相手の為でもあり、その子の為だ。」
先生はしっかりと力強く言った。
チャオは顔を上げて先生の目を見た。
{この人は信用出来るにゃ。}
チャオは確信してサテラの事を話し始めた。
「ふむ、経緯は分かった。」
チャオはいろいろな話をしていて何時の間にか泣いていた。
「チャオさん。選択肢は3つだ。」
その言葉にチャオは先生の方を見た。
「1つ。その子を下ろす。1つその子を産む。1つその子を冷凍睡眠させる。この3つのうちのどれかだ。」
{折角宿った命を粗末にできないにゃ。かといって産む事になったらサテラに迷惑掛けるにゃ・・・}
自動的に選択するものは一つしかなかった。
「冷凍睡眠させて欲しいにゃ。」
チャオははっきりと言った。
「うむ。ただな、これには維持費がかかる。それでも構わないかな。」
「わかったにゃ。これからはバイトもしてその分稼ぐにゃ。」
チャオは握り拳をつくって言った。
「どのくらいの間にするのかな?」
「あたしが死ぬまでお願いにゃ。」
チャオの言葉に難しい顔をした先生だったが、頷いた。
「名前をつけてあげるかい?」
「あたしがチャオだから・・・そうだにゃ・・・ミャオがいいにゃ。」
チャオは嬉しそうに言った。
「分かった、今夜摘出手術をして明日帰るといい。ベッドを用意するから、待合室で待っていて。」
チャオは真剣な顔になって頷いた。
その日の夜にチャオは手術を受け、受精卵を見る事になった。
「これが・・・あたしとサテラの結晶なんだにゃ・・・。」
{あれは夢じゃなかったんだにゃ。}
チャオは冷凍室に運ばれて行くカプセルをずっと見送っていた。
{ミャオ・・・。ミャオが育つ頃にはあたしはいないけど良い子に育ってにゃ。こんないい加減な母親でごめんにゃ・・・。}
ふと、窓から外を眺めるとアルダが会見をやっているの映像が見えた。
チャオに切られた声帯はまだ回復しておらず手話で会見していた。
「アルダ・・・。サテラと幸せににゃ・・・。」
そう呟いてからチャオはベッドに戻って眠りについた。
次の日いつも通りアカデミーへ出ていった。
「チャオ!」
「おはよう、チャオ。昨日メディカルセンターにいって安心したかな?とっても調子良さそうだよ。」
「うんっ♪」
チャオはルミナスに力いっぱいの笑顔で答えた。