フェリアーテ改心秘話(完結編)

「ラジャ様・・・その者は?」
ラジャの部屋の前につくと一人の僧が声を掛けてきた。
「客じゃよ。これから大切な話があるのでな。くれぐれも誰も中には入れんようにな。例え大神官様でもな。良いな?」
ラジャの答えに黙って頷いて頷く。
「ようこそ、ガンビアス大寺院へ。ゆっくりしていって下さい。」
フェリアーテにそう一言言って軽く頭を下げた。フェリアーテもつられて軽く頭を下げた。ラジャはその光景を微笑ましそうに見てから扉を開けた。


二人は向かい合う様に座った。
「さて、お主の言う通り二人きりになったぞ。何なりと話すが良い。」
「じゃあ、話させて貰うよ・・・。」
フェリアーテは少し強張った表情になって言った。
ラジャは黙って静かに話し始めるのを待った。
「あたいはモタビアで生まれたんだ。ごく普通の家庭だった。特に金持ちでもないし、特別貧乏って訳でもなかった。両親は優しくて大好きだった・・・。」
そこで、フェリアーテは一回言葉に詰まる。
「無理に一気に話す事は無いぞ。今は言えずとも先になれば言える事もある。」
「いや、ここで言わなきゃ駄目なんだ・・・あんたには聞いて欲しい・・・。」
ラジャの言葉に苦しそうながらもはっきりと言うフェリアーテだった。
「あたいが5歳の時両親が事故で死んだんだ・・・。その時に金目当てにいろいろな奴に騙されてね、誰も信用出来なくなったんだ。そして、あたいは小さいながらもギャングになったのさ。」
「ふむ・・・。」
ラジャは真剣な眼差しでフェリーの話を聞いていた。
「いろいろやったよ。恐いものなんて無かったね。そんなあたいを買ってくれたのが、さっきいたラースさ。ラースに12歳の時盗賊団に誘われてそのまま何にも考えずにすぐ入った。ギャングの時と一つだけここで変わった。他の奴は信用できなかったけどラースだけは信用できた。若いあたいの面倒良く見てくれたしね。父親代わり、兄弟代わりだったね。」
ラースの話をする時のフェリアーテの顔はとても嬉しそうだった。
「そして、あたいが18になる時に先代の盗賊団の首領が亡くなったんだ。それで、後継ぎは誰にするかって事で結構もめたけどラースがあたいを推してくれたお陰でご存知の通りあたいが首領になった訳さ。」
「ふむ・・・。お主が首領になってからは、多分想像じゃが変に悪どい事はせんかったろうな。」
「まあね。義賊とまでは行かないけどさ。ただ、ラースがあたいを拾ってくれた様にいろいろな奴が集まったよ。あっという間に盗賊団のメンバーは増えていったね。まあ、逆にあたいのやり方が気に食わない奴等もいたから、そいつ等は盗賊団から出したよ。入れ替わってどんどん大きくなって行ったね。あたいも紅のフェリアーテなんて呼ばれ始めたのもその辺かな。」
ラジャには何となくこのフェリアーテという人間が見えてきたような気がしていた。
「所でお主、今いくつなんじゃ?」
「あたいは21歳だね。それがどうかしたのかかい?」
フェリアーテは年を聞かれて不思議そうに答えた。
「お主なら数年で神官になれる。どうじゃやってみんか?昔の事はいろいろあったのは分かった。じゃがそんな事はわしにしてみれば、通過点に過ぎないと思うんじゃ。迷惑を掛けたと思うなら、いろいろな人間の役に立ちたいと思うなら、ここで修行すると良い。ここにいる限り変な猜疑心に捕われる事も無いじゃろ。そして、神官になったのなら改めてあの者に会いに行くと良い。今までのお主はここで終りにすれば良いんじゃ。ここはお主にはちと寒いかもしれんが、居心地は悪くないぞ。」
初めは真剣な顔をしていたが終り頃には少し笑いながらラジャは言った。
(あたいの負けかな。あたいこのラジャが人間的に好きになっちまったみたいだね)
ラジャの言葉に満更でもないような顔をした。
「ふう、何か言い切ったら楽になっちまったよ。あたいなんかにつとまるのかねえ。」
「何も飾る必要なんてないわい。今のままのお主で良いじゃろ。わしも変わり者と良く言われるが、わしよりはまともじゃろて。ふぉっふぉっふぉ。」
ラジャは本気なのか冗談なのか分からない事を言いながらも笑っていた。
「何だかねえ。あたいラジャの事が気に入ったよ。それにラジャがそう言うと本当になれるような気がするよ。」
「お主ならなれる。そうじゃの・・・いろいろな意味で周りを納得させるとするかの・・・。うーむ。」
そう言って考え込むラジャをフェリアーテは覗き込んだ。暫く考えこんだ後にラジャは口を開いた。
「フェリー。お主髪を切る事に抵抗は無いか?」
「無いよ。それがどうかした?」
ラジャの意図が良く分からないフェリアーテは首を傾げながら聞いた。
「全く、お主は本当に肝がすわっておるわい。髪は女の命ともいうからの。髪を切り、綺麗に頭をそってそれを反省の証としよう。それで良いか?」
「あたいは一向に構わないよ。風邪引かないかねえ?」
「ふぉっふぉっふぉ。全くお主は本当に大した奴じゃわい。」
ラジャはフェリアーテの言葉に豪快に笑った。フェリアーテもそれにつられて笑った。


「本当に宜しいんですか?」
流石に綺麗で長い髪の毛を見て、切る役になっている僧が不安そうに聞いてくる。
「ああ、構わないよ。ばさっとやっちまっておくれ。」
逆にフェリアーテははっきりと言い切る。
「あとで後悔しても知りませんからね。」
泣きそうな声でそう言って一気にハサミでフェリアーテの髪が切られていった。そして、頭も綺麗にそられた。
「へー。ここまでなると逆に気持ち良いもんだねえ。」
鏡に映った自分を見て少し笑いながらフェリアーテは呟いていた。
「おお、随分とさっぱりしたのう。では早速大講堂へ行くとするかの。」
「ああ、そうだね。」
ラジャとフェリアーテはそのまま大講堂へと向かった。


大講堂には既に多くの神官達が集まっていた。皆フェリアーテを見てギョッとしていた。そして、暫くして大神官もやってきてラジャが話し始めた。
「わしが彼女を説得し、彼女をここで僧として頂きたい。御神体を盗もうとしたこの者は、この髪と共に死にました。新たな道の一歩として見とめて頂きたいのだがどうじゃろ?」
皆はザワザワとしていたが大神官は静かに目を閉じて聞いていた。
「宜しい。その代わり、何かあったらその者の命と貴方の立場が危うくなる事は覚悟の上ですね?」
大神官が話し始めると周りは一気に静かになった。
「無論じゃ。この者の事はわしが保証する。数年もすれば神官にもなれるだけの能力を秘めておる。」
ラジャの言葉にまた、周囲が騒がしくなる。
「そこまで言うのならば良いでしょう。確かフェリアーテと言いましたね。期待していますよ。」
「あたいにはそんな能力があるかどうかは分からないけど、やれるだけの事はやってみる。」
大神官はフェリアーテの言葉に微笑みながら軽く頷いた。ラジャの後ろに控えていたお付の二人は何とも言えない顔をしていた。
「それでは、これで終りです。皆さんそれぞれの役目に戻って下さい。それとフェリアーテ、貴方にお話があります。貴方一人残りなさい。」
フェリアーテは大神官の言葉をきいてから、どうすれば良いのか分からずラジャの方を見た。ラジャは黙って頷いて去っていった。
少し立つと大講堂には大神官とフェリアーテの二人になった。
「フェリアーテ。貴方が神官になるのを楽しみにしていますよ。」
大神官はおもむろに口を開いた。
「あたいが、なれるのかな・・・。」
不安で問い掛ける様にフェリーは言う。
「あのラジャが言うのです。大丈夫です。自信を持ちなさい。変にプレッシャーに感じる事はありません。ラジャの事を思い、ラジャに従っていれば貴方は立派な神官になれますよ。ラジャは良い子をここに連れてきてくれましたね。」
「あたい・・・良い子なんかじゃないよ。」
「ふふふ。生まれたばかりの子は良い子ですよ。後はどう育つかですよ。」
フェリアーテの言葉に微笑みながら言う大神官。
(不思議な奴だね・・・。こいつには頭が上がりそうにないかな。まあ、逆らう理由も見つからないかな)
フェリアーテは少し冷静になって、大神官を観察していた。
「では、頑張って下さいね。」
それだけ言うと大神官は大講堂を出ていった。フェリアーテはそれを見送った後、大きく背伸びした。
「んー。これからどうなるか分からないけど、やれるだけやってみるかね。父さん、母さん、あたいはまだすぐ傍には行けそうにないよ。けど心配しないでおくれ。ようやくあたいの居場所とやりたい事を見つけたような気がする。やれるだけの事はやってみるよ。」
少し涙の溜まった目で高い天井を見ながらフェリアーテは呟いた。



3年後・・・
フェリアーテはすっかり髪の毛も伸び、ガンビアス大寺院でラジャと共に変わった僧として一部で有名になっていた。
そして、ついに神官になろうとしていた。
「フェリアーテ。良く頑張りましたね。貴方をここに、神官と認めます。更なる修練を積み皆さんのお役に立つ様に励んで下さい。」
「ありがとうございます。」
(あたいが・・・本当に神官に・・・。こんな日が来るだなんて・・・。)
フェリアーテは感無量になりその場で涙が頬を伝っていた。後ろで見ていたラジャは満足そうに微笑みながら頷いていた。
大神官から、神官服を受け取り深深と一礼してフェリアーテはラジャの元へ歩いていった。
「やったよラジャ。あたいついに神官になったよ。」
フェリアーテからは以前あった鋭さは消えていて、無邪気で穏やかな顔を見てラジャは嬉しそうにしていた。
「そうじゃな、だからわしが言ったじゃろ。フェリーは神官になれるとな。じゃが、正直ここまで早くなれるとは思っておらんかったわい。ふぉっふぉっふぉ。」
そう言って豪快に笑った。そのラジャの笑いに、ついついお付の二人も頷いていた。
「ふふっ。あたいも驚いてるよ。皆ラジャと二人のお陰だよ。ありがとう。」
そう言って三人に向かって一礼した。
「うむ。本当にお主は生まれ変わった。わしもうかうかしてられんわい。お前達もじゃぞ。腕っ節だけ強くてもここではの。」
そう言われてお付の二人は苦笑いした。
「今日はお祝いせんとな、隠しとったもので何か馳走でも作るとするかの。」
「ありがとう、ラジャ。あたい、本当にラジャを信じて良かったよ。」
フェリアーテは感激でまた、少し泣き始めていた。
「信じると言う事、信じ合える相手がいる事は何物にも変え難い宝じゃ。フェリーがわしを信じてくれた。それに答えただけじゃわい。何時までも泣いておると何事かと思われるからの。さあ、行こうかの。」
フェリアーテは言葉が出ずにそのまま何度も頷いて涙を拭いていた。
「また、フェリーにとって新たな1ページが始まる。また頑張るんじゃ。お主を必要とするものはきっともっと増える事になるじゃろう。」
ラジャは歩きながら真剣な顔をして行った。
(そして・・・きっと・・・千年に一度の悪しきものへの切り札となるであろう。きっとそれまでにはわしを越えた素晴らしい神官となっておるじゃろう・・・。)
ラジャは少し遠い目をしながらそのまま廊下を歩いていった。


数日後・・・
「さあ、あたいが悩みを聞くよ。一体どうしたんだい?」
変わった僧から、変わった神官に変わったフェリアーテは今日もガンビアス大寺院を訪れるものに呼びかけていた。