彼女の最終決戦(後編)
「ぅ・・んっ・・・。」
フェリアーテは差し込む日差しの眩しさで目を覚ました。
「お、起きたのう。」
「あ、ラジャ様。」
「ああ、無理に起きんで良い。そのままで良いぞ。」
起き上がろうとするフェリアーテを制してラジャが言う。
「あたい・・・。」
「どうじゃ、覚えておるか?」
「正直・・・かなり覚えてないね。」
ラジャに聞かれて、フェリアーテは苦笑いしながら答えた。
「一体、何がどうなったんだい?」
「それはな・・・。」
「そっか、そんな事があったんだ。あたい全然覚えてないや。」
「まあ、無理もなかろう。しかし、あんな資質があったとは流石のわしでも分からんかったわい。フォフォフォ。」
「ラジャ様笑い事じゃない。ほんとにあたいラジャ様があんなになっちゃって・・・。両親を事故で亡くした時くらいショックを受けたんだよ。しかも・・・両親の時と違って目の前だもん・・・。」
フェリアーテは少し涙ぐみながら言う。
「まあ、そうじゃな。わしも覚悟しとったわい。ただ、フェリアーテには何としても生きて欲しかった・・・。」
「ラジャ様・・・。」
真剣な表情で言うラジャにフェリアーテも真剣な眼差しで見返す。
「土産物も貰っとらんかったしのう。」
「ラジャ様〜!」
茶化して言うラジャをフェリアーテはジト目になりながら見る。
「フォフォフォ、冗談じゃ。一度は捨てた命。じゃが、もし今回のこの一件が終わったら、本当の意味で幸せになって欲しいと思っておった。消えてしまい、何かに巻き込まれたとは思ったが、何処かで幸せになって生きているとそう信じておった。じゃが、最後までここの事を心残りにしておったとは以外じゃった。帰れるかも分からん片道切符を切って来おってからに。この馬鹿弟子が・・・。」
最初は笑っていたが、途中から真面目な顔つきになって最後の方にはうっすらと目に涙が光っていた。
「でも、あたいもさ。来て何が出来るかなんて分からなかった。でも、来て良かった。ラジャに恩返し出来たと思ってるよ。ほんの少しかもしれないけどね。」
フェリアーテは少し微笑みながら言う。
「こやつめ、合わない内に口だけは達者になりおって。」
「ラジャ様が老けちまっただけだよ。」
お互いにそう言うと、笑い合った。
「ところで、あたいどの位寝てたの?」
「10日じゃ。」
「そんなに寝てたんだ・・・。」
フェリアーテは少し驚いた感じで言っていた。
「あれだけの事をやって、精神的にも肉体的にも負担が掛かっておった証拠じゃ。」
「そうだね。だけど良く考えてみたら、もう関係ないよね。終わったんだし。」
そう言って、フェリアーテは窓から見える外の様子を見る。
「そうじゃな。後で他の皆に紹介するぞ。」
「あいよ。」
向き直ってラジャに答える。
「それで、フェリアーテ。これからどうするんじゃ?」
「どうしようかねえ?考えてない。」
ラジャに聞かれてフェリアーテはあっさり答える。
「本当かのう?」
「どういう意味だい?」
意味ありげに言うラジャに、不思議そうに聞くフェリアーテ。
「飛んで行ってしまった世界に戻りたくはないのか?」
「あ・・・。」
(忘れてた・・・。)
フェリアーテの反応にラジャは少し笑っていた。
「でも、戻る術分からないしさ。」
「それはあるかもしれんが、わしが聞いておるのは戻りたくないのかと言う事じゃ。ここのように思い残しておる事は無いのか?」
「・・・。」
ラジャに言われてフェリアーテは黙り込んだ。
「フェリアーテも分かってはおると思うが、ここでの大役は果たした。もう十年近く行方不明だった人間がこれからまた色々やっていくのは大変じゃ。後は向こうで過ごした間に、こっちへ来る事を知っている人間や、待ってくれている人間は居らんのか?」
「ここに来る事を知っている人間は誰も居ない・・・。待ってくれている人間は・・・。」
【居ない】と言おうとして、フェリアーテの口が止まる。
「居るんじゃな。じゃったら、何とかして戻る手段を探すんじゃ。わしとも再会出来たしここでやるべき事はやった。わしは再会出来て満足しておる。既に居ないと思っておったんじゃ。また居なくなった所で仕方ないと割り切れる。本当に居て欲しかった時に居てくれたんじゃ。わしと同じように居て欲しいと願うものが居るのなら行くのじゃ。」
(ソニア・・・ハオ・・・。)
「ラジャ・・・あたい・・・。」
「ん?どうした?」
フェリアーテは言いながら涙がこぼれて来ていた。
「あたい帰りたいよ・・・。死ぬ覚悟、帰れない覚悟してきたのに・・・。帰りたいよ・・・。もう、ここであたいの居場所が無いのは分かってる・・・わかってるんだ・・・。」
「フェリアーテ・・・。」
泣きながら言うフェリアーテの頭をラジャはそっと撫でていた。
暫くして泣き疲れて、フェリアーテは眠ってしまっていた。
「ふむ・・・。あの時の力・・・向こうに居たから発揮できたのかもしれんな・・・。」
ラジャは眠るフェリアーテを見ながら呟いた後、そっと部屋を出て行った。
「フェリアーテ・・・。」
「んっ!?」
呼ばれたフェリアーテはガバッと起きて身構える。
暗い部屋の中、目の前にはカストミラが居た。
「あ、あんたは・・・。」
あの時と同じ赤い瞳が暗闇の中で光って目立っていた。
「頼む、頼むよ。あたいを前居た世界へ戻しておくれよ。」
フェリアーテはすがる様に言う。
「構わないが、前も言った通り時間軸がずれるぞ。お前の思う所へ戻れるとは限らん。それでも良いのか?」
「・・・。」
一瞬混乱しかけていたフェリアーテだったが、念を押されて我に返った。
「カストミラ。前に現れた時は戻れないかもしれないって言ったのに、何でまたあたいの前に現れたんだい?」
「女神に気まぐれが微笑んだ。それだけの事。」
カストミラは静かに答える。
フェリアーテはカストミラの瞳を見るが、その本心を量る事は出来なかった。
「お前は私を恐れず、また、異形のもの見るような目で見ないのだな。」
「前者は殺気も出されていないし、圧迫感も無い。力は物凄いものを持っているだろうから、出しっ放しにしていればそういうものを感じ取るのかもしれない。でも、それを抑えているんだと思う。ちょっと言い過ぎかもしれないけれど気を遣ってくれているんだって思うから。後者はラジャ様の教えと、元々色々なものを見てきたから気にならないんだと思う。だって、そういうものに目を奪われていたら、本質を見失うだろうから。」
「ふむ、なるほどな。余計な事を聞いたな。さあ、どうする?」
(戻れたとしても、世界っていったってあの時の前後のパイオニア2に戻れるのかすら分からない。だけど・・・。)
「戻る・・・。だけど、少しだけ時間が欲しい。ラジャ様に置手紙だけしたい。良いかな?」
「その位の時間なら構わん。」
フェリアーテは近くに書くものなどが無いのを知って、自分の指を切って壁に文をしたためた。
「ありがとう。それじゃあ、宜しく。」
「やり方は前と同じ。目を閉じて人物なり物なりを強く思い浮かべる。用意は良いかな?」
「・・・あいよ。」
目を閉じた後、カストミラの問いを聞きながら少し震えていたが、最後はしっかりと返事をした。
次の日の朝、騒がしくなっているのに気が付いてラジャは何事かと思うと。騒ぎはどうやらフェリアーテの寝ている部屋からだった。
「ちっ、血文字ですよ、これ!」
ファルは怯えながらルディに抱きつきながら言っていた。
「ああ・・・。何て書いてあるんだろう。スレイなら分かるかな?」
文字が読めないものだったルディは周りを見渡すがスレイの姿は無い。
「ラジャさん。残念ながら優秀なお弟子さんの顔は最後まで拝めませんでした。私にもシェスではなく、彼女のような弟子が欲しかったかもしれませんね。」
「フォフォフォ、シェスに聞かれたら怒るぞい。」
「聞いてます〜!」
両手を腰に当ててふくれっ面を師ながらシェスが割り込んでくる。
「ラジャさん、お弟子さんからの書置きというか壁に血で書かれています。」
「そうか、フォーレンありがとうな。今行くわい。」
スレイと彼に文句を言っているシェスを置いてラジャは部屋へ向かった。
「フォーレン様。フェリアーテさんは女神でした。」
見送っているフォーレンに、フレナはにっこり笑いながら言った。
「それがさ、本当なんだって。ラジャのお弟子さんは女神だったんだよ。」
「そっか〜。会ってみたかったなあ。」
途中でパイクの言っている言葉に、反応するハーンの姿があった。
そして、ついにラジャは部屋に辿り着いた。
「あっ、ラジャ。丁度良いとこに。これってまさか新手の脅迫状とかじゃないよね?」
「フォフォフォ、安心せい。弟子が書くものが無いから自らの血でしたためて行ったのじゃ。」
「そっか、良かった。あ、おじいちゃん呼んで笑ってるよ。」
答えながら内容を読んで笑うラジャを見て、ファルはルディに言った。
「ねえ、ラジャ。なんて書いてあるんだい?」
「それはのう・・・。」
ルディに聞かれて、ラジャはゆっくりと読み始めた。
「「信愛し、尊敬する師 ラジャへ
まず最初に直接言えずに去る事をお許し下さい。
ここで私がするべき事は果たせたと思っています。
急ではありますが、私は自分を必要としてくれる人の居る場所へ戻ります。
もしかしたらその人には合えないかもしれませんが、私は行きます。
短い間でしたが、私如きの命をお救い頂いたばかりか
ガンビアス大寺院で修行をさせて頂き、多くの教えを説いて頂きました。
今回の事でも再会して少しだというのに大切な事を教えて頂けました。
本当にありがとうございました。幾らお礼を言っても言い足りません。
このご恩は一生忘れません。そして、ラジャ様の事も一生忘れません。
お体に気を付けて長生きして下さい。
貴方の永遠の弟子 フェリアーテより」」
何も音がしない静かだった周囲から、音がし始める。
フェリアーテはそっと目を開ける。
見慣れた風景だった。
(パイオニア2の待ち合わせロビー。)
「帰って来れた・・・。」
フェリアーテは思わずそう呟いて、膝から力が抜けてその場でへたり込んだ。
「大丈夫ですか?」
心配そうに周りから声を掛けられる。
「あ、ああ、大丈夫。大丈夫さね。」
フェリアーテは手で制しながら立ち上がると。周りから人が離れていく。
(ハオ・・・。)
フェリアーテは居ても立ってもいられなくなる。
(何処に・・・何処に行けば・・・。)
少し混乱しながら、その場で一生懸命考える。そして、出た答えの場所に向かって走り出した。
アカデミーの入口には【卒業式】の文字があったが、フェリアーテの目には入っていなかった。
中に入ってから、多くの人がいる事に気がつく。
(あれ?今日何かあるのかな?)
不思議に思いながら、ぶつからないように走るのを止めて人を避けながら歩いていく。
「ああ、入学か卒業式か・・・。」
周りの様子を見ている内に気が付いて呟いた。
(良く考えてみたら、どの位経ってたりするか分からないのに、何でここに来ちまったんだろうね・・・。)
フェリアーテは歩きながら苦笑いしていた。校舎に近付いていくと、卒業式の表示と案内表示などが目立つようになってくる。
「アカデミーか・・・どんな所なんだろうね。確かチャオはここを卒業したって言ってたっけ・・・。」
少し目を細めながら、周りの景色にチャオを重ねていた。
大分人がまばらになって来て、式場になっている体育館の方からは、ぱらぱらと人が出てくる感じになっていた。
「はぁ・・・。」
(ここに来て、いきなり再会なんて・・・ううん、もうハオは・・・って事だって・・・。)
そう思うと変に胸が痛くなって息苦しくなってくる。
(駄目駄目。こんなネガティブな考えしちゃ・・・。でも・・・。)
頭を俯いたまま振ってから、顔を上げる。
何となく出口を見ていると、どこかで見た人間に似ている。
「あれって確か?」
(ハオの同級生だったっけ?)
ちょっと首を傾げながらも、そのまま見続けていると少し逞しくなった絶対に忘れない顔を見つけた。
「ハ・・オ・・・。」
(居た、居てくれた・・・。)
フェリアーテは一気に込み上げてきてこぼれそうになる涙を一旦ハンカチで拭う。
そしてゆっくりと歩き出す。何か言い合いをしているが、気にも留めなかった。いや、留められなかった。
そして、一人になった頃合を見計らって、走り出してそのまま抱きつきたい気持ちを抑えながら近付いて行った。