チャオ先生の電子カルテNO。5



「にゃ?」
「先生どうしましたか?」
チャオが首を傾げると、付いていた看護婦が不思議そうに聞いた。
「この電子カルテ、内科のだにゃ。間違ってこっちに流れてきたみたいだにゃ。」
「あらら、たまにサーバーの方でのミスなどもありますので仕方ないですよね。」
「うん、じゃあ、これ・・・ん?ちょっと待つにゃ。」
端末でデータを内科へ送ろうとしたチャオの手が止まった。
「?」
看護婦が不思議そうにしている中、チャオは電子カルテの経過を過去に辿って見て行っていた。
「あの〜、先生?」
「ちょっと黙ってるにゃ!」
「は、はい・・・。」
聞いた看護婦の方は、チャオに強く言われたので小さい声で返事をしてから気不味そうにしていた。
「ちょっと、内科行って来るにゃ。」
「へっ!?チャオ先生診察はどうなさるんですか?」
突然立ち上がるチャオに言われて、唖然としながらも看護婦は聞いた。
「この患者さん、内科じゃ駄目かもしれないにゃ。これ、アルラにも緊急で回してにゃ。それで、アルラの方にはどういう見解かあたしに連絡入れさせてにゃ。」
「はっ、はい、分かりました。」
出て行く寸前で顔を出しながら言うチャオの言葉に、慌てて返事をしながら端末を動かしつつアルラへ連絡を入れていた。

「アルラ先生!緊急で連絡が入っています。」
「誰から?」
「チャオ先生経由で看護婦さんからだそうです。」
「オッケー、代わる。すいませんね。」
「いえいえ〜。構いませんよ〜。」
アルラの患者で来ていた老婆はニコニコしながら答えていた。
「アルラだけど、どうした?」
「「診察中すいません。今データを送りましたのでそれを見て頂けますか。」」
「あいよ。」
アルラは連絡を受けながら、届いているデータを開いた。
「内科の電子カルテ?これで合ってるのか?」
怪訝そうにアルラは見ながら聞いた。
「「はい、チャオ先生も最初は内科に送り返そうとされたのですが、過去の経歴などを見ているうちに顔色が変わりまして、今内科に直接向かっています。アルラ先生にはこのカルテを見て頂いて見解が欲しいとおっしゃっていました。」」
「見解ねえ・・・。」
アルラは何ともいえない顔をしながら、言われた通りに過去に遡ってデータを見て言った。
「う〜ん、チャオ部長の読み通りかもしれないな。こりゃ急がないと不味いかもな。オッケー分かった。俺の方から部長には連絡入れるから、そっちは待機しててくれ。」
「「宜しくお願いします。」」
通信を切ってから、データをかなりの早さで一気に見ていく。
「すいませんねえ。10歳の女の子が危ないんですよ。もう少しだけ待って貰っても良いですか?」
申し訳無さそうにアルラは老婆に聞いた。
「なんと、孫と同い年の子が。そっちを見てやって下さらんか?」
老婆の方は心配そうな顔をして逆にアルラに頼むように言った。
「はい、任せて下さい。ここでずっと座ってるのもなんですから、あちらでのんびりくつろいで待っていて下さい。頼む。」
「はい、ではこちらへどうぞ。」
アルラが短く言って目配せすると、看護婦が老婆を促す。
「すいませんねえ。」
老婆の方は案内されるままに診察室から出て行った。
「よし、チャオ部長。聞こえますか?」
「「聞こえるにゃ。今内科に向かっている所だにゃ。それで、どう思うにゃ。」」
「これは、最近見るようになった新種のウイルス系の炎症っぽいですね。」
「「やっぱりそう思うかにゃ。」」
「しかも、この様子だと病状がかなり進行しててこの子危ないかもしれませんね。本人知りませんけれどかなり痛いか苦しい筈ですよ。」
「「うん、だから今日来てたらとっ捕まえて早急に検査で手術だにゃ。」」
「そうですね。じゃないと手遅れになりかねません。でも、この病気の進行した患者を手術した事あります?」
「「・・・にゃい・・・。アルラは?」」
少しの沈黙の後、チャオから返答が返って来る。
「部長に無くて、俺にある訳無いじゃないですか。」
アルラは苦笑いしながら即答する。
「「だけど、出来るとしたらあたしかアルラしか居ないにゃ?」」
「ですね・・・。」
そう言いあった後、少し二人共沈黙する。
「「とりあえず、意見を聞きたかったからありがとうにゃ。」」
「いえ、また何かあったら連絡下さい。」
そこで通信が切れる。
「こんな所で潜伏しちまってたかあ・・・。」
アルラは苦笑いしながら電子カルテを見ていた。
名前は「シェル」10歳。
本人証明のホログラフは痛みからなのかぎこちない顔をしていた。

チャオは内科の診察室の並んでいる裏から入って、立っている看護婦を手招きで呼んだ。
「チャオ先生、わざわざどうされたんですか?」
呼ばれた看護婦は不思議そうにチャオに聞いた。
「今日シェルって10歳の女の子来てるか見て欲しいんだにゃ。」
チャオは耳打ちしながら聞く。
「ああ、その子でしたら今12番で診察受けていますよ。」
「にゃんですとっ!?痛がったり、苦しんだりして無いかにゃ?」
看護婦に耳打ちされて驚くチャオはすぐに聞き返す。
「えっ!?そ、そうですね。確かに脂汗垂らして顔色悪かったと思います・・・。ってチャオ先生。駄目ですっ!」
考えながら答えている看護婦を置いて、チャオは12番の診察室の裏から突然入り込んだ。
「誰だね君は?」
中に居た40過ぎの内科医が不機嫌そうにチャオを見ながら聞く。
「そんなのどうでも良いにゃ。このいい加減な診察は何だにゃ!」
「突然入って来ていい加減な診察とは何だ!」
チャオと内科医は睨み合いになる。
「あ、あの、先生・・・。」
チャオの事を知っている看護婦の方は内科医の方を止めようとする。患者の女の子は苦しそうにしていたが、訳が分からず二人を交互に見ていた。
「君は黙ってなさい。このカルテの診察の何処がいい加減だというんだ!説明して貰おうかっ!!!」
完全に頭に来ていた内科医は怒鳴って、チャオに詰め寄った。
「そんなの患者を診れば一目瞭然だにゃ。体中痛く無いかにゃ?苦しくは無いかにゃ?」
「あちこち痛い・・・。息が苦しい・・・。」
女の子は脂汗を垂らしながら、苦しそうに言う。
「薬処方してこんな長い間効かないなんておかしいと思わなかったのかにゃ?これは新種のウイルスの炎症反応だにゃ。しかも、臓器が犯されているかなりの末期症状だにゃ。早急に検査して手術しないと危ないにゃ。」
「何を言ってるんだ?この人を放り出してくれないか?」
チャオの言葉に耳も傾けず、近くに居る看護婦に内科医は言う。女の子はチャオの言葉が本当なのか分からずに成り行きを見守っていた。
「え・・・でも・・・。」
看護婦は気不味そうにチャオの方を見る。
「この子にはあたしを外に出す事は立場上出来ないにゃ。」
「誰だったら出来るというんだ?ん?言ってみろ。」
チャオは実が笑いしながら、言ったが内科医はその言葉に対して勝ち誇ったかのように聞き返す。
「あたしは外科部長のチャオだにゃ。あたしをここから強制退室させられる権限があるのはセンター長だけだにゃ。お伺い位だったら内科部長でも連れてくれば聞いてやらないでもないにゃ。これで満足かにゃっ!」
チャオの方は怒りながら、自分を指差して、その後センター長室の方を指差して、更に今内科部長がいつであろう場所を時間差で指差しながら言う。
「外科部長!?」
相手の内科医は信じられないと言った顔でチャオを見る。
「先生・・・ネームプレートを・・・。」
看護婦が内科医に気不味そうに囁く。
「げっ、ほ、本物の外科部長。す、すいませんでした。」
態度が急変して相手の内科医は頭を下げる。
「後で色々聞く事になるからにゃ。その覚悟はしておくにゃ。と、それは置いといて・・・緊急事態でこの子を預かるにゃ。浮遊担架で至急外科の検査室に送ってにゃ。検査室にはあたしから連絡を入れておくから頼むにゃ。そっちは、頭さっさと上げて次の患者さんを診るにゃ。」
チャオはてきぱきと指示を与えてから、走って裏から出ていった。
何が起きたのか本人が良く分からないまま、女の子は浮遊担架で運ばれて行った。

検査結果はチャオとアルラの予想した通りだった。
女の子シェルは緊急入院となり、三日後には手術が決まった。
「あ、あの・・・私・・・どう・・・なるんですか?」
「あのねシェルちゃん。貴方は三日後に手術をするのよ。それで、その痛みと苦しみからから解放されるの。」
「手術?・・・恐いよぉ・・・。」
シェルは痛がりながらも、手術という未知のものへの恐怖から泣き始めた。
「う〜ん・・・。」
ルーは少し困ったような顔になってシェルを見ていた。

次の日の夜、会議が行われていた。
「今回はこちらの医療ミスですにゃ。幾ら身寄りがないからと言って、この子からお金を請求するのは筋違いですにゃ。今回の手術費用は今までの医療費の返還と損害賠償を含めた形で対処するべきですにゃ。」
「しかしですな、今回の手術の場合、保険の適応もなく前例もない。どうなるか分からない手術ですぞ。それに、この子の手術を無償で行うというのは流石に賛成しかねますな。」
チャオの意見に内科部長が反対意見を出す。
「それは内科の医療ミス隠しになるにゃ。早期に分かっていれば薬で散らせたにゃ。それをここまでしたのは内科医、ひいては内科の責任だにゃ。」
「・・・。そう言われると言い返す言葉もありませんな。でしたら、今回の一件の費用は内科医に割合を多く出させる形で良いかな?」
「それこそ本末転倒だにゃ。一人に責任を押し付けてどうするにゃ。今回の件はないか問題でもあるけど、実際には内科と外科の連携が上手く行ってなかった事にもあると思うにゃ。だから、今回は内科と外科全員の医師でまかなうのが妥当だと思うにゃ。この事を教訓に今後は両方や、他の各箇所とも連携を取ると言う事でどうかにゃ?センター長?」
チャオはそう言いながら、センター長を見る。内科部長もセンター長を見た。
「そうだな。今回はチャオの言う事が正しいかもしれん。ただ、連携が取れていないのは私の責任でもある。今回はメディカルセンターが手術代、その後の通院費を持つことにしよう。今後子のような事があった場合には、処置は変わるからそう思ってくれ。今夜はご苦労様。二人共帰っていいぞ。」
「失礼しますにゃ。」
「失礼します。」
二人はセンター長室から出て並んで歩いていた。
「それでチャオ先生。実際の所どうなんでしょうな、今回の手術の成功率は?」
「う〜ん・・・正直10%あるかないか、かにゃ?」
苦い顔をしながらチャオは答えた。
「そうですか、アルラ君にこっそり聞いたら5%ないだろうって言ってましたよ。こうなると今回はチャオ先生の出番ですな。」
「まあ、そうなるにゃ。」
「今回の件については本当に申し訳ない。申し開きも出来ない。まさかチャオ先生の顔を知らないのが居るとは思わなかった。」
内科部長は歩きながら頭を下げた後、苦い顔をしながら言った。
「いや、それに関しては正直こっちも自信無いにゃ。外科の医師の中にも内科部長を知らない人間が居るかもしれないにゃ。今後はこういう事の無いように、たまには懇親会とでも銘打って顔合わせくらいはしておいた方が良さそうだにゃ。」
「いや、全くもってそうですな。」
お互いに苦笑いしながら、廊下を歩いて行った。

手術の前日になって、チャオはシェルと話をしていた。
「チャオ先生・・・手術・・・恐いよぉ。」
シェルはそう言ってグスグスと泣き始める。
「大丈夫だにゃ。じゃ〜ん。」
チャオはそう言うと、後ろに回していた右手から小さなネコ型のペンダントを見せる。
「な〜に、それ?」
シェルは痛みも忘れて不思議そうに見る。
「これはだにゃあ、こうやって使うにゃ。」
そう言って片方の耳を押す。
「手術は恐く無いにゃ〜。すぐ終わるにゃ〜。」
それだけ言うと、またスイッチを押した。
【手術は恐く無いにゃ〜。すぐ終わるにゃ〜。】
そして、再度スイッチを押すとチャオの台詞が録音されていた。
「わぁ・・・。」
好奇心一杯の目でシェルは見る。
「にゅふふ、これだけじゃないにゃ。左の目を押すと写真が撮れるにゃ。そしてここから覗いた景色が取れるんだにゃ。」
チャオは猫のペンダントの右目を指差しながら言う。
「試しにシェルちゃん撮ってあげるにゃ。」
シェルは痛いながらもニコッと笑う。そして、音も無く撮り終ると、耳を押す。するとホログラフが映って今撮ったシェルが浮かび上がる。
「うわぁ。すご〜い。」
「これをシェルちゃんにプレゼントするにゃ。明日の午後に手術だけど、あたしが絶対助けて上げるから安心するにゃ。それまでは、そのペンダントで好きに遊ぶと良いにゃ。でも、写真はちゃんと断ってから撮らないと駄目だにゃ。チャオ先生と約束にゃ。」
「うんっ、約束。」
シェルはチャオと指切りしてからペンダントを受け取った。
「それじゃ、また明日来るにゃ。」
「うん、またね〜チャオ先生〜。」
チャオの言葉に、シェルはニコニコしながら手を振った。

「ルー、あの子にさっき説明したペンダント渡してあるから上手く一緒に遊んでにゃ。」
チャオは戻り際に、ルーへ説明していた。
「はい、チャオ先生も明日頑張って下さいね。」
「任せるにゃ!」
ルーに真顔で言われて、チャオは胸をドンと叩いてから、ナースステーションを後にした。
その後、チャオはアルラを呼び出していた。
「お願いにゃ!この通りにゃ!」
チャオは手を合わせて頭を下げる。
「そんな事しなくても、協力しますって。止めて下さいよ。」
アルラは苦笑いしながらチャオの頭を上げさせる。
「恩にきるにゃ。」
「いやあ、実際明日の手術。俺でも同じ事してますよ。正直助手に部長が欲しいと思いますもん。」
「流石にそれは出来ないから、アルラの方はモニターで機械から見て何かあったら割り込んで欲しいにゃ。」
「分かりました。何としても10歳の命救いましょう。」
「ありがとうにゃ。」
チャオはそう言って、アルラの手を握った。

そして、手術当日がやってきた。
シェルの容態は悪化していて、殆ど意識がない状態だった。痛みで唸ったり、顔をゆがめていた。ただ、チャオが昨日あげたネックレスだけはしっかりと握っていた。
「チャオ先生。このペンダント・・・・。」
「良いにゃ。手には何もしないから影響はないにゃ。さあ、シェルこれからチャオ先生が治してあげるからにゃ。」
そう言って、手術室に運んで行った。
手術は長時間に及び、日付を回った。最終的に15時間にも及んだ手術は無事終わった。
「やっぱ、部長は凄いわ・・・。」
ずっとモニターを見ていたアルラは最後に呟いた。
「ふにゃぁ・・・終わったにゃ〜。成功したにゃ〜!」
チャオはシェルが運び出された後、両手を高々と突き上げて叫んでいた。
「モニターで見えない所まで正確にやってるし。まだまだ、俺は修行が足りねえなあ。」
アルラは背伸びしながらモニター室を後にしていた。

シェルは術後、順調に回復して行った。ペンダントがすっかりお気に入りになり、一時も離さず持っていた。沢山の写真を取って、自分で見たり看護婦やチャオに見せたりしていた。

そして、退院の時がやってきた。
「チャオ先生、どうもありがとうございました。」
シェルはぺこりと頭を下げて行った。
「もう、何処も痛くないかにゃ?」
「うんっ。」
チャオの問い掛けに、満面の笑みで答える。
「あの〜。お願いが・・・。」
「ん?何だにゃ?」
モジモジしながら言うシェルにチャオは不思議そうに聞き返す。そうすると、ごにょごにょと耳打ちする。
「にゃは、構わないにゃ。それじゃあ、ちょっと貸して貰っても良いかにゃ。」
「はい。」
シェルはチャオに猫のペンダントを渡す。チャオは一回咳払いをしてから、録音スイッチを押す。そして・・・
「大丈夫にゃ〜。元気出すにゃ〜。」
それだけ言うともう一回スイッチを押した。
「はい、これでオッケーだにゃ。」
チャオはそう言ってシェルに猫のペンダントを返した。
「うん、ありがとう。チャオ先生。」
嬉しそうな顔をしてシェルは受け取った。
「それじゃあ、また二週間後にあたしに会いに来るにゃ。」
「うん、またね〜。」
チャオの言葉に、大事そうにペンダントをしてから手を振ってシェルはメディカルセンターから去って行った。