チャオ先生の電子カルテNO。4



チャオが外科部長になった次の年、新しい外科医と研修医がメディカルセンターに来ていた。
その中に一人だけどうしようもないと言われていた外科医が居た。
名前をアルラと言った。
チャオは周りの評価に反して、アルラを高く評価していた。ただ、アルラの駄目と言われる部分を何とか出来ないかと頭を悩ませていた。

「う゛っ・・・お゛ぇ〜〜〜。」
アルラはしゃがみ込んで吐いてしまう。傍に居た助手が慣れた手つきで、アルラの口にビニール袋を当てながら、背中をさする。
「アルラを外に!あたしが代わるにゃ。」
チャオは部屋のモニターを見ていて、急いでそう言うと着替えて手術室に入って行った。助手はアルラを抱えてチャオと入れ替わるように手術室を出て行った。

チャオは手術を終えて、アルラの寝ている救護室へ向かった。
「部長、アルラは諦めさせてはどうでしょう?」
他の外科医が隣でチャオに向かって言う。
「あの才能を生かさないのは勿体無いにゃ。あたしが何とかするから、後一ヶ月我慢するにゃ。それでもものにならないなら諦めるにゃ。」
「はい・・・。」
外科医はチャオの意見に不満そうだったが、静かに頷いた。
「これが今の患者の電子カルテだにゃ。簡単な手術だから、来ている家族にまず成功したことを伝えて、今後の事を説明してにゃ。あたしはアルラの様子を見てから次の手術に向かうにゃ。引継ぎ宜しく頼むにゃ。」
チャオは電子カルテを渡しながら手早く説明する。
「はいっ。」
相手が返事をして電子カルテを受け取るのを確認すると、チャオは早足になって救護室へ向かって行った。

コンコン
「どうぞ。あ、部長。アルラさんならそちらに。」
「ありがとにゃ。」
チャオは中に入って軽く手を上げると、アルラの寝ているベッドの方へ歩いて行った。
「アルラ、大丈夫かにゃ?」
「チャオ部長・・・俺にはやっぱり無理ですよ。」
チャオの問い掛けに、アルラは半ベソ状態で答える。
(全く情け無いにゃ。)
チャオは内心ではそう思っていたが、あえて口には出さなかった。
「最初は、少しの血を見て気絶、更に一ヶ月してから多目の血を見て気絶。一ヶ月前に血の付いていない動いている臓器を見て吐露。今日は血の付いた臓器を見て吐露。少しずつ克服してきているにゃ。機械経由なら問題無く、先輩の腕を上回るものを持っているんだから、これを実際に見て出来れば問題無くなるにゃ。自信を持つにゃ。」
「正直、辛いっす。夢にまでグチャグチャしたのが出てきて頭おかしくなりそう。」
「最初の威勢はどうしたんだにゃ。皆をあっと言わせるんじゃ無かったのかにゃ?」
「あ〜そんな事も言ってたかも・・・。すんません、寝ても良いですか?」
「構わないにゃ。寝る前に一つだけ聞いてにゃ。」
「はい・・・。」
少し真面目な感じになって言うチャオに、アルラは静かに返事をする。
「後一ヶ月、今のままだったら医者は諦めるにゃ。他の道を見つけるにゃ。それだけにゃ。」
「・・・。」
チャオは言うだけ言って、返事も聞かずに救護室から出て行った。

「あ〜あ、良く寝た。ふう、ちょっとは楽になったかな?」
アルラは暫くして起きてからお腹の辺りをさすっていた。
「あら、起きたわね。アルラ、貴方本当に外科医になりたいのなら死ぬ気でやりなさいよ。」
「何ですか藪から棒に。」
救護室の医師から言われて、アルラはカチンと来て言い返した。
「あのね、今貴方がここに寝ていられるのも、いいえ、メディカルセンターに残っていられるのは、全部チャオ先生のお陰なんだからね。」
「何ですか、それ?」
「ほんとに、貴方はおめでたいって言うか何て言うか・・・。」
本気で判らないという顔をして聞いてくるアルラに頭を押さえて苦笑いしながら言う。
「チャオ先生以外は、貴方を辞めさせるって事で既に一致してるの。」
「嘘っ!?」
「私もそう言っている一人なんだから、嘘な訳無いでしょ。」
「げっ!」
力強く言う言う相手に、アルラは苦い顔をする。
「それでも、チャオ先生だけは貴方には才能があるから、お願いだから待ってくれって頭を下げているのよ。まあ、チャオ先生に頭を下げられたら、流石に強く言えないもの。」
「そうだったんだ・・・。」
アルラは茫然自失という感じで呟いていた。
「もっと言ってあげましょうか。貴方の本来の研修期間としての給料はとっくに支払われていないの。」
「えっ!?でも、毎月入って・・・って、あっ!?」
「そう言う事。わかった?まあ、別に期待に応えろとは言わないし、応えられるなんて私も含めて思ってないから良いんだけどね。さっき言ってた、一ヶ月が皆の待つタイムリミット。それまでに、貴方に結果が出なければ終わり。せいぜい、一ヵ月後に今までどうもありがとうございましたって言葉なんかを言えるようにしておく事ね。」
皮肉って言うと、担ぎ込まれて来た看護婦の方へ歩いて行った。
(くっそ〜・・・。)
アルラは今の一言で火が着いた。

(アルラ変わったにゃ。)
それから、一週間やはり吐き続けていたがチャオはその変化に気がついていた。
そして一週間後。
「うっ・・・。」
(我慢我慢・・・。)
「アルラ大丈夫かにゃ?無理しちゃ駄目だにゃ。」
口の開けないアルラはただ、頷いてそのまま何とか手術を成功させて終えた。
「良くやったにゃ、アルラ。」
チャオは終わった後、患者が運ばれていくのを確認してから嬉しくてアルラに飛びついた。
「!?」
(離れろ〜!離れろ〜!!!)
アルラは両手で口を抑えてブンブンと首を横に振るが背の小さいチャオは気が付かずに嬉しくて抱きついたままだった。
「おめでとにゃ!アル・・・ぶにゃっ!?」
チャオが上を向いて嬉しそうに行った瞬間、アルラの口からお昼に食べたものが放出された。両手で必死に抑えていたが残念ながら、その健闘も虚しくチャオの顔面や髪にぶちまけられた。
「・・・。」
「・・・。」
「あ、あの〜。」
黙り込んでいるアルラとドロドロのものが滴って動けなくなっているチャオに、他の医師が恐る恐る声を掛ける。
「す、すいません・・・。」
アルラは恐る恐る謝る。チャオは無言のまま、両手で自分の顔や髪の毛から付いたものを払っていた。
「あ、あの・・・。」
アルラが助けを求めるようにオロオロしながら、声を掛けた医師を見るとあからさまに目をそむけて早歩きで去って行ってしまった。
(ええ〜!そりゃねえだろ〜!)
アルラはガーンという顔になる。
「アルラ・・・。」
「はっ、はいっ!?」
突然下から呼ばれて、恐る恐るチャオの方を見る。
「こいつやったにゃ!」
そう言ってチャオは笑いながら、再びアルラに抱きついた。
「うわっ、ゲロ臭っ!」
「お前のだにゃっ!」
眉をしかめて言うアルラに、いつのまにか手に握っていたものをアルラの顔面に塗りつけた。
「ぐわっ!」
アルラはびっくりして自分で払う。
「にゃははははは。」
「何がおかしいっ!」
笑うチャオにアルラは怒ってツッコミを入れた。

そんな事があって、アルラはどんどんと慣れて吐くことは無くなった。
それからチャオや周りから知識を得、元々持っている才能を生かして、タイムリミットギリギリの所でメディカルセンターに残る事が出来た。

そして、それから一年余りで同期を含め周囲を一気に抜き去り、チャオに並ぶ程の技術を見につけて周囲をアッと言わせた。
その頃から、誰が言い出したのか、チャオとアルラはメディカルセンターの双璧と言われるようになった。