チャオ先生の電子カルテNO。1



「にゅっふっふ〜ん。」
チャオは鼻歌交じりでいつもの更衣室に入っていた。
「あれれっ!?」
先に入って着替えていたルーが驚いてキョトンとしていた。
「ルーおはようにゃ。にゃ?どうしたにゃ?」
チャオは不思議そうに、目をぱちくりしているルーに聞いた。
「いえ、あの、チャオ【先生】は更衣室は別じゃないかと思いまして・・・。」
ルーはちょっと自身無さそうに小声で言う。
「ふみゃっ!?そうだったにゃ!いつもの癖でこっちに来てたにゃ!ルーありがとにゃ。」
「は、はい・・・。」
チャオは驚いた後、物凄い早さで更衣室から出て行った。ルーは、返事も中途半端に暫く呆然としていた。
(いけないにゃ。15年も一緒の場所だったからつい癖で無意識の内に行っちゃってたにゃ。)
チャオは頭を掻きながら、恥ずかしそうに顔を赤くして医師の更衣室の方に早歩きしていた。

今度はちゃんと確認してから女性医師の更衣室に入って行った。
(あたし・・・ほんとに先生になったんだにゃ・・・。)
新しい白衣と、ネームプレートを見てチャオは少しジーンとしていた。
ただ、その余韻に浸っている暇も無く忙しい外科医としての生活が始まった。
診察だけであっという間に午前中が終わっていた。
「はにゃぁ・・・。」
(診察だけであっという間に終わっちゃったにゃ。)
チャオは少しぽえ〜っとした感じで、目の前にある弁当にも口をつけずにいた。
「「チャオ先生、チャオ先生。センター長室へお越し下さい。繰り返します。チャオ先生、チャオ先生。センター長室へお越し下さい。」」
「ふみゃみゃっ!?」
突然ネームプレートから呼び出しを受けて、びっくりしてワタワタしていた。
「いっ、今行きますにゃ。」
チャオはお弁当をたたんですぐに控え室を飛び出した。

(んっと、これで良いにゃ・・・。)
「失礼しますにゃ。」
チャオは身なりを整えてから頭を下げてセンター長室へ入った。
「お昼の休み時間に悪いなチャオ。」
「いいえ構いません・・・にゃ!?」
チャオは頭を言いながら上げて、センター長を見た瞬間驚いて止まった。
「ハリス!?」
「そうだぞ。俺もチャオと同じく新任だ。」
ハリスは驚いているチャオを見て、少し笑いながら言った。
「最終的にかなり不利だって言われてたのに、良くセンター長になれたにゃあ。正直あたしは外科部長になったとばっかり思ってたにゃ。でも、外科の先生の一覧に名前が無いからおかしいとは思っていたにゃ。」
「まあ、内助の功さ。」
ハリスは静かに言った。
「にゃ〜る。ミュールが絡んでたんだにゃ。恐るべし、先輩だにゃ。」
チャオの方は腕を組んで頷きながら言っていた。
「ドタバタしてて、就任の挨拶もまともに出来なかったからな。一応チャオには知っておいて貰おうと思ってな。チャオも、外科医としてスタート出来て良かったと思ってる。」
「うんっ、だけど午前中は診察だけであっという間に終わっちゃったにゃ。」
チャオは何とも言えない顔をして言っていた。
「看護婦とは違って決まった事をやる数は少ないからからな。どう上手く時間を使って出来る事をやるかが大事になってくる。最初は慣れなくて大変だろうが、チャオは聡明だからな、直自分の思っているように動けるようになるさ。」
「にゅふふ。それにこれからは直接ここに乗り込んでやりあう相手が変わったからにゃ。覚悟しておくにゃ。」
チャオは不適に笑う。
「残念だが、婦長ならまだしも一外科医ではそれは許されんぞ。ここに直接乗り込んで色々居えるのは外科部長だからな。」
「にゅぐっ・・・。」
「それまでは、外科部長に好きなだけ文句を言えば良いさ。ここに泣きついてくるだろう。さてと、あんまり時間を取らせるのは悪いな。午後の初の手術頑張ってくれ。」
「はいにゃっ!それでは失礼しましたにゃ。」
チャオは元気よく返事をしてから、一礼してセンター長室を出て行った。
「ミュールも言っていたが、先々が恐いかも知れん・・・。」
ハリスはチャオが出て行った後、少し溜息をついて苦笑いしながら呟いていた。

チャオはお弁当をかき込んで、午後から初めての手術に臨んでいた。
「気を楽に持って欲しいにゃ。簡単な手術で10分あれば終わるからにゃ。」
(うにゅにゅにゅ・・・。も、物凄く、き、緊張だにゃ・・・。)
内心では物凄い緊張に襲われていたチャオだったが、そこは15年の看護婦生活で培ったものでカバーしていた。手術するのは中年の男性だった。
「先生、昔看護婦をしてなかったかな?」
「はいにゃ、外科病棟で看護婦10年、婦長を5年やってましたにゃ。」
「おお、やっぱり、昔お世話になった事があってな。これならば安心だ。宜しく頼むよ。」
「お任せ下さいにゃ。」
昔の患者だった事を言われて、思い出したチャオは安心して手術に入り無事終了した。
「実際には切ったりしてないから、回復は早いですにゃ。明日、また回診でお部屋に行くから無理しないでゆっくり休んでて下さいにゃ。無理に返事をしなくても良いですにゃ。」
チャオはにっこり笑いながら言うと、相手も嬉しそうに笑って運ばれて行った。
「ふみゃ〜、終わったにゃ〜。」
運び出されたのを確認して、チャオは力が抜けてその場にへたり込んでいた。
「大丈夫ですか?チャオ先生!?」
慌てて周りにいた助手などが駆け寄った。
「ありがとうにゃ。大丈夫だにゃ。ちょっと緊張が解けて力が抜けただけだにゃ。」
チャオはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
「皆、初めてで不慣れだったけど本当にサポートありがとうございましたにゃ。」
頭を下げたチャオをみて、周りが少しポカンとしていた。
「にゃ?」
チャオはその状況をみて逆に不思議そうに首を傾げていた。


チャオは日を追う毎にメキメキと腕を上げて行っていた。
一年経過する頃には、診察も手術も名指しで来る患者が増えていた。それが何よりの証拠だった。
そして、今日もチャオを頼って二人の患者が来ていた。
「先生、俺達の体はどうなんでしょうか?俺はまだしも、妻には子供が居るんです。何とかならないでしょうか?」
「前に行っていた所では、ここでは駄目だけどメディカルセンターなら何とかしてくれるだろうって言われて来たんです。」
チャオは焦っている患者夫婦の言葉を聞きながら、紹介状とカルテのデータを見ていた。
女性の方は、チャオの方を真剣な眼差しで手を胸元で合わせながら見ていた。
「うんっ、旦那さんも奥さんも大丈夫ですにゃ。ただ、奥さんは、早期の手術が必要ですにゃ。妊娠してなければ問題ないけれど、妊娠してお子さんがいるから、急いで手術しないとお子さんに障害が出る恐れがありますにゃ。」
「何とか、お願いします。」
「私はどうなっても構いません。子供だけは。初めての男の子なんです。」
「二人共、悲観的にならなくて大丈夫だにゃ。手術は二人共軽いものだし短時間で済みますにゃ。とりあえず今日は奥さんの方を午後から手術をして、旦那さんは少し先でも問題ないですにゃ。とりあえずベッドを二つ確保して手術に入るので安心して下さいにゃ。」
「良かったなお前。」
「うん、ここに来て良かった。」
チャオが微笑みながら言うと、夫婦は泣きながら抱き合っていた。
(想い合う夫婦って良いもんだにゃ・・・。)
チャオは何となくそれを少しだけ羨ましそうに見ていた。

午前中の診察が終わり、チャオはお弁当だったが食堂で看護婦達と一緒に食べていた。
「チャオ先生、今日の入院患者さんはどうなんですか?」
ルーは定食を食べながら聞いた。
「うん、一応奥さんの方を午後に手術して、もぐもぐ・・・旦那さんは予定から考えて急患が多く無ければ・・・むぐむぐ・・・明後日って所かにゃあ。」
大好きな魚のフライを頬張りながら答えた。
「奥さんは何で午後なんて急なんですか?」
「ああ、お腹に赤ちゃんが居るんだにゃ。摘出する病巣が子宮に近いから悪影響が出る前に取り除かないと赤ちゃんに影響出ちゃうだろうし、下手すれば赤ちゃんが危ないにゃ。」
冷静に言うチャオだが、その言葉には回りは驚いていた。
「そういう訳なんだにゃ。奥さんは自分は良いから子供だけでもって言うし、旦那さんも偉く焦ってたからにゃ。安心させる意味も込めて早急に手を打つ事に決めたにゃ。」
「流石チャオ先生。」
ルーは微笑みながら言った。
「後はにゃあ、患者さんもラッキーだったにゃ。急患も居ないし、先生も皆揃ってるからにゃ。その辺が違ったら正直どうなってたかは分からないにゃ。」
チャオはひそひそ声で皆に言っていた。
「それでも、押し通しちゃうんじゃないんですか?」
ルーは目を細めてチャオに言う。
「言うようになったにゃ、ルー。」
チャオも目を細めてにんまり笑いながら言い返す。
その後二人が笑うと、周りの看護婦達も一斉に笑った。

「奥さん、緊張する事は無いにゃ。30分もあれば終わる簡単な摘出手術だにゃ。病巣をとっても体自体に何かある訳じゃないし、心配する事も無いにゃ。麻酔を使うから意識が無くなるかもしれないけど、起きた時には全てが終わってるにゃ。」
チャオは説明しながら、患者の手を何度も握っていた。
「はい、宜しくお願いします。」
患者の女性はチャオの言葉もあってか、大分落ち着いた答えを返してきた。
「それでは、これより悪性腫瘍の摘出手術を始めるにゃ。皆、いつも通り宜しく頼むにゃ。」
チャオの言葉に、周りは無言で頷く。そして、最初に点滴から、麻酔が患者へ投与された。目を開けていた女性は、自然と目を閉じた。
(さ〜て、始めるにゃ。)
チャオは病巣を移しているカメラを見た。そこには一緒にお腹の中で動いている赤ちゃんの姿があった。
(必ず、お前もお母さんも助けてあげるにゃ!)
チャオはキッとした顔になって、助手から機材を受け取った。

「奥さん、奥さん。どうかにゃ?」
「ぅ・・ん・・・。」
チャオが呼びかけると、女性患者が薄目を開いた。
「ああ、無理に起きなくても良いにゃ。意識が戻ったなら大丈夫にゃ。赤ちゃんも、奥さん自身の身体も無事で手術は成功したにゃ。後はゆっくり休んでにゃ。」
優しく言うチャオの言葉に、意識朦朧としていた女性は少し頷いて再び目を閉じた。
「それじゃあ、指定の病室に運んでにゃ。あたしは旦那さんに説明に行くにゃ。」
チャオはそれだけ言って洗浄を済ませた後、白衣を羽織って旦那である男性患者の居る病室へ向かって歩き出した。

チャオが病室へ着くと男性患者はそわそわしていた。
「お待たせしましたにゃ。」
「あっ!先生!どうでしたか?妻は?子供は?」
チャオの言葉に気がついた男性はチャオにしがみつくようにして聞く。それを見て慌てて看護婦がチャオから男性を引き離そうとする。
「まあまあ、良いにゃ。手術は先程終わって成功ですにゃ。最後に奥さんの意識が戻ったのも確認したので問題無しですにゃ。」
「はぁ・・・良かった・・・。ありがとうございました。ありがとうございました」
白衣を握っていた手から力が抜けて、ベッドに両手をついて安心した後、その場で土下座をするような形で俺を何度も言っていた。
「まだ、良く無いにゃ。」
「えっ!?」
チャオの言葉に驚いた男性は、ピタッと止まってから顔を上げる。
「後は旦那さんも手術して治らないと、奥さんが心配して子供にも影響が出ちゃうにゃ。」
「はは、そうですね。あ〜びっくりした。またあいつとかに何かあるのかと思った。」
チャオの言葉を聞いて納得したように言いながら安心したようにベッドの上にあぐらをかいて座った。
「急患が多く来ない限りは、明後日の手術予定になっていますにゃ。看護婦の言う事を良く聞いて手術に備えて下さいにゃ。奥さんは別の病室で今は寝てますにゃ。明日には目を覚まして普通に話せるだろうから、今日はゆっくりさせて置いてあげて欲しいから病室は内緒だにゃ。明日奥さんが目が覚めたら看護婦に何処にいるか教えさせるって事でどうかにゃ?」
「はい、それで構いません。色々お手数かけます。」
「にゅふふ、明日の回診は他の先生が来て、明後日の手術前にはまた私が来ますから宜しくですにゃ。」
チャオは笑いながら男性に言った。
「分かりました。とりあえずは妻と子をありがとうございました。そして、今度は私の事も宜しくお願いします。」
「言われなくても心得てるにゃ。自分に出来る事を精一杯やってるだけの事で外科医として当然の事だにゃ。それじゃあ、また明後日にゃ。」
チャオは軽く手を上げると病室から出て行った。

その後、夫婦は夫の手術前に再会し一旦喜び合い、夫の手術っも無事に終わりその跡改めて喜び合っていた。二人の患者とも回復は早く一週間ほどで退院の日を迎えた。

「チャオ先生ありがとうございました。」
「本当にお世話になりました。」
二人は並んでチャオに頭を下げた。
「にゃは、二人とも元気で何よりだにゃ。元気な赤ちゃんを産んでにゃ。」
チャオは嬉しそうに微笑んで二人へ言った。
「はい、このご恩は一生忘れません。」
「そんにゃ、大袈裟だにゃ。」
チャオは照れながらも、苦笑いしていた。
「男の子だって聞いたけど、元気な子だと良いにゃ。」
ちょっと照れを誤魔化すようにチャオは言う。
「きっと、元気生まれて育ってくれると思います。」
女性はにっこり笑いながら言った。
(お母さんの顔をしてるにゃ。)
チャオはそう思いながら女性の顔を見ていた。
「ところで名前とかはもう考えてあるのかにゃ?」
「ええ、初めての男の子なんで前々から決めていたんですよ。」
チャオはふと思い出すかのような感じで、聞くと男性の方が答える。二人はお互いに見合ってから、再びチャオの方を向く。
「ハオって言う名前です。」
二人は合わせて嬉しそうに言った。
「そうかにゃ。良い名前だにゃ。それじゃあ、お大事ににゃ。何かあったらあたしでも他の先生の所でも良いから遠慮せずに来るにゃ。」
「はい、ありがとうございました。」
二人は同時に頭を下げてから、チャオに背を向けて歩いていく。
たまに後ろを振り返って、二人で小さく頭を下げていた。チャオはそれに答えるように手を振って最後まで見送っていた。