プロローグ



・・・パイオニア2 軍中枢部一室・・・
「閣下、今年の新入隊員のリストは御覧になりましたか?」
女性秘書はいつもの口調で相手に尋ねた。
「まだ見てはいないが、わざわざ聞くという事は何かあるのか?」
尋ねられた方は将校の制服を着た女性型ロボット、細かく言えばキャストだった。
「いえ、毎年閣下の方から尋ねられるものですから。今年は何もなかったので私の方から聞いてみました。」
「ふふ、そうか。最近面白いことがないのでな、少しぼけたのかも知れんな。」
そう言うと、少しビームアイが細くなる。
「人事異動の方では特に気になる情報はありませんでした。」
「そうだな、左遷も栄転も特にないだろう。会議も静かなものだ・・・。」
「何か面白い事でも無いかと言った所でしょうか?」
女性秘書は意味ありげに少し目を細めながら言う。
「そうなって欲しいのは上の連中だろうな。平穏なだけでは、軍の存在意義というのも問われるだろう。私は平穏な事に不満はないぞ。それとも、お前がそれを望むのか?」
将校のキャストは椅子に寄りかかって、目だけで女性秘書を見ながら問いかける。簡素な造りの外見からは表情は一切読み取れない。音声のアクセントの違いがニュアンスを拾わせてくれる感じだった。
「滅相もない。ただ、閣下とご一緒している内に何もなく暇になるのが嫌なのかもしれません。」
「いつもながら、上手い返答だな。」
そう言って、返答を聞きながら女性将校は、今年の新入隊員の名簿に目を通し始めていた。
(ん?)
少しして一瞬動きが止まる。
「どうかなさいましたか?」
小さな変化に気が付いた女性秘書が聞いた。
「良かったな。暇ではなくなりそうだぞ。こいつの細かいデータを集めてくれ。それと、人事の方にこいつの配属等については待つようにと伝えてくれ。」
「閣下のご意向でと伝えてよろしいのですか?」
「無論だ。」
「かしこまりました。では、人事の方へ行って参ります。」
敬礼してから、女性秘書は部屋を出て行った。
「さて、どうしようか・・・。」
女性将校は、データの映し出されているディスプレイ画面を見ながら顎に手を当てていた。


・・・パイオニア2 一般居住区・・・
「父上、母上行って参ります。」
幼い顔をしているが、背は両親よりも高い女性がまだ卸し立ての軍の制服に身を包んでいた。
「行って来い。まあ、力まず適当にな。」
「はいっ、父上。」
「これ持っていきな。」
「ありがとうございます。母上。」
お礼を言いながら、母親から手渡された小さな入れ物を丁寧に受け取る。
「ったく、折角の妹の晴れの日だってのに、兄貴は何してんのかね。」
「俺が連れてくるか?」
少し困った顔でいう母親に父親の方が聞く。
「いえ、兄上には先程私の方から挨拶はしておきました。兄上はお取り込み中の様でしたから・・・。」
不機嫌な母親に気を遣う様に最初の方は普通に言っていたが、最後の方は、少し残念そうに言う。
(ったく、素直じゃねえな・・・。)
「やっぱ、連れてくるわ。」
父親は娘の反応を見てすぐに踵を返す。
「ハーティー、時間はまだ大丈夫かい?」
「はい、でも兄上は忙しそ・・・。」
家の中へ入っていこうとする父親を止めようとしたが、母親に止められた。

「フィオ!てめえ、妹の見送り位しろっ!」
「ん?親父か。さっき挨拶はすませ・・・。」
バキッ!
「痛えな!何すんだ親父。人の話を聞けっ!」
父親は問答無用で一発殴った後、相手の話も聞かずに、強引に引き摺って行った。
すぐ後玄関にぶーたれた見送りが一人増えた。
「父上・・・。兄上・・・。」
見送られる方が困った顔をしながら、二人を見比べる。
「ほらほら、フィオ。せっかく出てきたんだから、ハーティーに言葉をかけておやりよ。」
「へいへい。」
母親に言われて面倒臭そうに返事をする。
「何も好き好んで軍になんて入隊しないで、親父やお袋みたいにハンターズやりゃあ良かったのによ。」
「兄上・・・。」
相手の言葉に思わず俯く。
「まあ、つっても今更だよな。親父もお袋も止めねえしさ・・・。」
そう言ってから、両親を少し睨む。
「二人とも止めたんだよ・・・。」
「よせ、後で三人で話せば済む事だ。今は見送りが先だ。遅れたら不味いだろ。」
父親が母親の言葉の途中で遮ると、フィオの父親に対する睨みがきつくなる。
「ハーティー。困った事があったら直通で連絡して来い。俺が言ってやれるのはそれだけだ。体に気を付けろよ。」
「ありがとうございます、兄上・・・。」
俯いていた顔を上げて少し微笑みながら言った。
「では、時間になるのでこれにて行って参ります。」
そう言って、三人に敬礼すると荷物の入ったトランクを持って彼女は歩き始めた。


・・・メディカルセンター 外科外来・・・
「む〜・・・。」
外科医と呼ぶには幼い外見の女医がちょこんといすに座ってモニターを見ながら唸っていた。
「どうされましたか先生?」
「それがだにゃ、どうも、この患者さんの電子カルテがおかしいんだにゃ。」
看護婦に聞かれた女医は困った顔をしながら答えた。
「途中でデータが飛んだか、入れ替えた時のバグかもしれませんよ。」
「ふにゃっ!?そんな事があるんだにゃ?」
看護婦に言われて、女医は目をぱちくりしながら聞いた。
「すいみません、カルテ自体のデータはいじらないので、ちょっと見せて頂いても宜しいですか?」
「うん、構わないにゃ。」
あっさりと申し出に答えて女医は席を譲った。その後に、座った看護婦がコンソールを叩くと色々なデータが別に羅列表示される。
「継ぎ接ぎの時期がここなんです。どうやら、データを結合する際に何かミスかエラーでもあったんだと思いますよ。」
「時間差が5秒だにゃ。」
女医は時系列のデータを見ながら言う。
「ええ、ですから、途中のデータが抜けているという事は無いですね。この時間は夜中ですし入院もされていませんから、患者さんはご自宅にいたと思われます。ですので問題ないと思いますよ。多分、メディカルセンターのサーバーの夜間バッチでちょっとおかしくなっただけだと思いますよ。先生が心配しなくても大丈夫です。」
「そうなんだにゃ。それなら良かったにゃ。」
看護婦から細かい説明を受けて納得した女医はホッとしたように言った。
「でも、良く見た目だけでわかりましたね?普通はデータ解析しないとわからないものだと思うんですけれど・・・。」
電子カルテのデータを元に戻しながら、看護婦は不思議そうに呟く。
「電子カルテを山ほど見てるからかにゃ〜?それで何か違和感覚えたんだと思うにゃ。あたしたま〜にこういうのわかるんだにゃ。多分勘って奴なんだにゃ?」
女医はちょっと首を傾げながらもにっこり笑いながら答えた。
「ミャオ先生!居ますか!?」
「ん?どうしたんだにゃ?」
慌てて駆け込んで来た別の看護婦に落ち着いた表情になって聞く。
「急患です。部長の話では緊急手術が必要な患者さんで、ミャオ先生にお願いしたいとおっしゃっていて・・・。」
「わかったにゃ。すぐに行くから、チームだけ揃えるように部長には伝えて欲しいにゃ。それで、患者さんはどこだにゃ?」
言いながら女医の顔がキッと引き締まる。
「第6ICUです。」
「第6了解したにゃ。あたしもすぐに向かうから、部長の所へ行くにゃ。」
「はいっ!」
駆け込んで来た看護婦は返事をして再び慌てて走って行った。
「こっちの外来の患者さんは、全員他の先生に割り振ってにゃ。どうしてもっていう患者さんには手術終わるまで駄目な事伝えて出来るだけ断ってにゃ。それでも駄目ならどの位掛かるか分からないけど待ってて貰ってにゃ。」
「はい、分かりました。こちらは任せて下さい。先生は急いでICUへ。」
「それじゃあ、後は頼んだにゃ。」
女医はそう言うなり、急いで部屋を飛び出した。


・・・パイオニア2 一般居住区・・・
「父さん、母さん。行ってきます。」
神官服に身を包んだ女性は丁寧に言うと、目の前に居る二人に頭を下げた。
「気を付けて行って来るんだよ。」
母親は微笑みながら言う。
「まあ、今回は長丁場になるかもしれないからな、周りと協力してしっかりやってこいよ。」
父親はニカッと笑いながら豪快に言う。
「はい、父上の読み通り少し長く留守にする事になると思います。不在の際に私宛に何か連絡が入ったらハンターズの方へ回して下さい。」
「ああ、分かってるよ。この人が出てくと騒ぎが大きくなるからねえ。」
母親は隣にいる山のように大きな父親を困ったように見上げながら言った。
「父さんは現役で今でも十分通用するけど、余りに力が大きいので本当にいざという時以外は大人しくしていてくれると助かります。」
母親の言葉に、娘も少し困ったように続けて言う。
「ああ、あちこちから苦情貰ってっから、暫くヴィクといちゃついて大人しくしてるわ。」
「あっ、あんた、大声で、な、何言ってんだいっ!?」
さらっと言う父親とは反対に母親は顔を真っ赤にして、父親の腕を照れ隠しでバンバン叩きながら言った。
「んっんぅ。」
(もう、この二人は本当に呆れるくらい仲が良いんだから。)
女性は少し苦笑いして二人を見た後、咳払いをする。
「では、改めて行ってきます。」
「あいよ。ヴィーナ、忘れ物は無いかい?」
少し落ち着いた母親が確かめるように聞く。
「はい、大丈夫です。殆どの物は向こうで用意されていますし、私自身はこの基本装備だけで十分です。」
にっこり笑って答える。
「いい奴居たら。作戦終わった後にでも連れて来いよ。」
「あんた、またそんな事。」
「良いだろ。俺とヴィクの娘なんだし、その辺の奴じゃ物足りないだろうしな。」
「あ、はは。とりあえず、行きますね。」
(本当に、父さんには適わないな・・・。)
父親の言葉に少しひくついた女性だったが、笑顔に戻って二人に手を振ると、その場を後にした。