新たな動き
用意された会議室は、既に原形を留めていなかった。
「ハーティー、大分成長したな。」
(接近戦もそうだが、射撃は天性のものを持っているな・・・。)
「はあっ・・・はあっ・・・あ、ありがとう・・・はあっ・・・ございます。」
感心したウォレアの言葉に、ハーティーは息を切らして返事をしていた。
「メリアも流石だな。ただの秘書とは思えん動きだ。」
「ふふっ、閣下とご一緒しているとスリリングな日常には事欠きませんので。」
メリアの方は少し笑いながら答える。
「これなら、お前に任せられる。メリア、ここの後始末を頼む。」
「かしこまりました。」
「立てるかハーティー?」
「はいっ。」
ウォレアの言葉に返事をしてヨロヨロと立ち上がる。
「細かい話は部屋に戻ってからする。行くぞ。」
ウォレアはそれだけ言うと、先に会議室を出て行く。
「あ、えーと。メリア大佐、自分は行っても宜しいのでしょうか?」
ハーティーは少し困った顔で、メリアに聞く。
「閣下からのご命令よ。私はこの部屋の事をお願いしたらすぐに後を追うから。さあ、早く行きなさい。」
「はっ。」
ハーティーは敬礼してから、急いでウォレアの後を追った。
部屋に戻ってきたウォレアは先にハーティーに席を勧めて座らせた後、ミネラルウォーターを出した。
「とりあえず、それを飲んで少し落ち着け。」
「はっ、恐れ入ります。」
ハーティーは恐縮しながら、飲み始めた。
「飲みながらで良い。素直な意見を聞きたい。あの場のメリアの事どう思った?」
「ウォレア准将閣下の仰ったとおり、その、失礼な言い方かもしれませんが内勤の秘書の方とは思えない動きで驚きました。」
(しかも、私と閣下のもみ合いの時にも躊躇無くこちらへ引き金を引いた・・・。)
「その油断にやられたものが過去に少なからず居る。最初はへっぴり腰でまともに狙いも付けられない位だったのだがな。たくましくなったものだ。」
ウォレアは少し嬉しそうに言う。その話を、ハーティーはミネラルウォーターを飲みながら聞いていた。
「それと、先程の事だ。格闘についてはおおよその予想範囲内だったが、あそこまで射撃の腕があるとは思わなかった。天性のものといって良い位の腕だ。だが、実際の射撃訓練では普通の成績なのが解せん。」
「実は・・・その・・・射撃用の静止した的や、動いていても的ではいまいち本気が出ないと言うか・・・。」
ハーティーは言い難そうに俯きながら呟くように言う。
「ふむ、実際に射撃を習ったのは実戦なり、実物の動くものを的にしていたと言う事か。」
「はい、ご推察の通りです。両親と母の知り合いに習いました。」
(流石は鋼の鬼と言われた、教官だった御方。)
一瞬で見抜かれたハーティーは尊敬の眼差しで見ながら答えていた。
(両親・・・。ハオにフェリアーテ。フェリアーテの知り合い・・・メビウスか。通りで・・・。)
「射撃に一番芽があるという事で、そこに特化して訓練を受けたか。」
「はいっ。あの、ウォレア准将閣下はその場面を見ていらっしゃったのですか?」
流石にそこまで細かく言われて、ハーティーは驚きを隠せずに思わず聞き返していた。
「ふふっ、そんな訳なかろう。私は元教官だ。一番の部分を伸ばす育て方をした者も言うまでも無く数多く居る。だから分かる事だ。」
「ああ、なるほど。失礼致しました。」
(うわぁ、私、何馬鹿で失礼な事聞いてるんだ〜。)
ハーティーは物凄く恥ずかしそうに俯きながら謝った。
ヒュイン
「失礼致します。会議室の方は片付けてきました。」
そこで、メリアが部屋に入ってきた。
「ご苦労。よし、揃った所で本題に入るか。ハーティー、お前は今日から私を頂点とする特殊部隊に配属となる。そして、所属は私の直属になる。」
「えっ!?ウォレア准将閣下の直属ですか!?」
流石に驚いてハーティーは思わず聞きながら固まる。
「実際に私やメリアの直属で動いているものは他にも居る。ただ、表向きには内部の組織へ特殊部隊の一員としてデータ照会されるだけの事だ。お前には既に任務を用意してある。基本的に私かメリアの指示のみ聞けば良い。後は無視して構わん。」
「は、はい。」
(別に特別と言う訳では無いんだ。ホッとした。)
ハーティーはウォレアの説明に胸を撫で下ろしていた。
「メリア任務の説明を頼む。」
「はい、閣下。ハーティー、貴方の任務は・・・。」
メリアが口を開き始めると、ハーティーは緊張しながらそれを聞いていた。
ウォレアの方は自分の席に座って静かに話を聞きながら、軍内部のデータを二人から見えない所で左手を端末と同一化させて閲覧していた。
「お待たせしましたにゃ。」
ミャオは控室に入ってからぺこりとお辞儀した。
「どもども〜。」
セプテイルはお気楽な感じで手を振って挨拶する。
「では、私はこれで。」
それを見て、案内した事務員が一礼すると控室から出て行った。
「あの、傭兵さん。何の御用かにゃ?」
ミャオは正面にちょこんと座ると見上げながら聞いた。
「うん、お礼を言いにね。あの後、更に50万入れて貰ったからさ。これお土産だけど食べる?」
「約束だからにゃ。お礼とか言われるものじゃないと思うけどにゃ〜?」
(この人良く分からないにゃ・・・。)
緊張感の無いセプテイルの態度に、ミャオは困惑して首を傾げながら答える。
「あの時の仕事の依頼人から新しい仕事貰ったんだけど、報酬貰う前に殺されちゃうし、あの時の事件に関わっていたのあたしの収入源になる人達多かったんだけど雲隠れしちゃってさ。何でも良いからお仕事で雇ってくれないかなあっていうのもあって、ちょっと期待して来てみたんだ。」
「うにゃ〜、ぶっちゃけ過ぎだにゃ・・・。」
余りにもあっけらかんと言うセプテイルの言葉に、ミャオは何とも言えない顔になって呟く。
「あれっ?不味かった?」
「ここ、監視カメラとかで24時間ばっちり撮られてるにゃ・・・。」
驚きながら聞く相手に、思わず呆れながら言うミャオ。
「ああ、そっか〜。じゃあ、どっか他でお話なんてどう?」
「ちょっと待っててにゃ。早退して良いか聞いてみるにゃ。」
ミャオはそう言って、胸のプレート越しに外科部長に早退の旨を申し入れた。まだ病み上がりなのもありあっさり了承された。
「良いって事だ・・・にゃ。」
ミャオがセプテイルの方を見て言おうとすると、セプテイルはお土産を開けて食べていた。呆気に取られたミャオは思わず途中で言葉が止まってしまっていた。
「んぅ?ほう?」
セプテイルは気にせず、食べながら答える。そして、出されたお茶で流し込むと手を合わせる。
「ごちそうさまっと。んじゃ、お勧めのお店にでも案内して貰えるのかな?」
「う、うん。近くで良いかにゃ?」
目をキラキラさせた期待の眼差しで聞いてくるセプテイルに気圧されたミャオだったが何とか答えていた。
「ではでは、先生、よろしくおねがいしま〜っす。」
そう言ってセプテイルはミャオの手を取って立ち上がると、入口の方へと歩いて行く。
ミャオの方は、ただ、呆気に取られてそのまま一緒にメディカルセンターを後にしていた。
・・・総督府会議室・・・
「納得出来ません。そんなハンターの存在が許されるのですかっ!」
「まあ、落ち着いてくれ。ヴィーナ君。」
「これが落ち着いていられる様な状況ですかっ?」
タイレル総督の目の前でも、ヴィーナは容赦なく食って掛かる。他にも幹部が数人居たが苦笑いしか出来なかった。
「ヴィーナ君の言いたい事は良く分かる。だが、連絡が取れない上に所在が分からないのでは、手の打ち様が無いのが現実だ。」
タイレルはヴィーナを気遣いながらも、はっきりと言う。
「それは、そうですが・・・。」
ヴィーナは悔しそうに呟く。
「もし、連絡が取れたら君と最初に話が出来るように手配しよう。それでもまだ不満かね?」
「いえ、そうして頂けると助かります。興奮してしまって申し訳ございませんでした。」
タイレルの言葉にすっかり落ち着いたヴィーナはタイレルにだけでなく周りにいる幹部達にも頭を下げて謝った。
「私としても、今回の件は大事として捉えている。少し前の幹部の自殺とも関わりがあるかもしれない事や、メディカルセンターからの報告で死亡者の中に軍人などが居る事を危惧している。被害者の二人についてはどうかな?」
タイレルは幹部の一人に話を振る。
「被害者の一人の外科医は大分具合が良くなったようですが、事件の件を聞く事はまだ早いと、担当の医師から言われており、もう一人の看護婦も意識は取り戻したもののまだ寝たきり状態で面会も勘弁して欲しいと言われています。出来れば、本人達に聞ければ良いのですがそうもいきません。だから、このハンターに話を聞きたいのはヴィーナだけでなく私も同じ気持ちです。」
「そして、もう一つ根本的に不可解なのは二人の護衛を頼んできた雇い主が行方不明になったままで、安くない依頼料は事件が起こる前に入金されている。この雇い主の探索も同時に行っている状況。」
もう一人の幹部が付け加えて言う。
(雇い主が居たのね。でも、その人も行方不明。ますます怪しいわ。)
ヴィーナは話を聞きながら、訝しげな顔をしていた。
「今回は情報共有の意味も有り忙しい中、皆に集まって貰った。ラグオルは関係無さそうではあるが、パイオニア2で起きた重大事件として私は捉えている。軍やメディカルセンターを巻き込んだややこしい事件だが、皆の力で何としても解決に導いて欲しい。この件に関しては、軍も動いているようなのでその辺を考慮に入れて注意してくれ給え。私からは以上だ。何か質問は?」
タイレルの言葉に対して誰からも意見は出なかった。
「では、健闘を祈る。解散!」
タイレルはそれだけ言うと、会議室から出て行った。それを確認したヴィーナを含む幹部達はそれぞれ情報の共有をしていた。