事件直後
「メリル、私だ。こっちは一旦片付いた。」
ウォレアは現場から少し離れた所でメリルに通信を繋いだ。
『閣下、お疲れ様です。先程中将閣下が来られまして、閣下がお戻りになったら、来て欲しいとおっしゃっていました。』
「そうか。他には?」
『私への警告だと思うのですが、30分以内に帰れと・・・。』
「それから何分経つ?」
『25分程でしょうか。』
「今すぐに、バックアップだけ持って帰るか、避難しろ。端末は遠距離操作で私がどうにでもする。急げ!」
『はっ、はい。』
急に真剣に言われて、メリルは慌てて返事をして、バックアップ装置を外した。
「バックアップは、持って帰れんだろうからハルトに渡してからにしろ。帰るのが不味そうならハルトの所に泊まれ。良いな?」
『かしこまりました。すぐに出ます。では、これにて失礼します。』
「罠を仕掛けて、様子を見るか・・・。やはり、軍の上でもややこしい事になっていそうだな。」
ウォレアはあえて軍の自分の部屋の電源を切らずに、いくつかソフトトラップを仕掛けながら軍へ戻っていった。
・・・次の日の朝・・・
「ふわぁ・・・・ヴィーナさん。昨日奴等来ませんでしたね。」
「流石に、父さんが相手じゃ分が悪いと思ったのもあると思うわ。でも全く来ないっていうのは変よね・・・。」
欠伸をしながら言うフィオの言葉に、腕組みしながら少し訝しげにヴィーナは言った。
「俺ちょっとネットで情報拾ってみますね。」
「お願い。私は知り合いのハンターに連絡してみるわ。」
言い合った後、お互いに部屋の中で動き始めた。
(ん?ショッピングモールの近くで騒ぎ?)
フィオはニュースを見て気になって知り合いにその詳細を確かめ始めた。
「おはよう、ヴィーナだけれど何か気になる動きはあった?」
ヴィーナの方は、定期連絡を取り合っているハンターズの一人へ連絡を入れて聞いてみた。
『おはようございます。昨夜ショッピングモールの近くで銃撃戦を含んだ結構な騒ぎがありまして。今、その関係で借り出されています。』
「え?ショッピングモール近くで騒ぎ?そこで銃撃戦とかがあったの!?それで、負傷者とかは?」
流石に驚いて、ヴィーナは聞き返す。
『ハンターズ側にも負傷者は出ましたが、身元不明の死体や、確認困難な死体が複数出ています。』
「分かったわ。それで、タイレル総督は何て仰っているの?」
『現状の調査を徹底的にしろとのご命令です。途中で通り掛った腕の良いハンターズの一人によると、メディカルセンターの外科医と看護婦を狙っていたとの事でその二人から事情を聞く予定なんですが・・・。』
「ん?予定なんですが、どうしたの?」
最後の方で言いよどむ相手に、ヴィーナは突っ込んで聞く。
『外科医の方が精神的ショック状態で、看護婦は三発の銃弾を受けて現在意識不明状態なんです。』
「なるほど。それでは、話の聞きようも無いと言う事ね。ちなみに通り掛ったというハンターズの情報をくれるかしら。知り合いだったらちょっと聞いてみるわ。そこに手掛かりがあるかもしれないから。」
『分かりました。これからデータを送りますのでお願いします。』
「宜しくね。タイレル総督にはまだ暫く総督府の方へは行けない旨を伝えてくれるかしら。」
『はい、では失礼します。』
連絡を終えてヴィーナはビジフォンを切る。
「ヴィーナさん。今話してたショッピングモールの騒ぎの件はかなり大きくなってるみたいですよ。ネットやテレビ中継とかも入ってるみたいです。今知り合いに聞きまわってますけれど、かなりの人数でのやりあいになったみたいですね。」
「こちらの話だと、狙いは一般人のメディカルセンターの外科医と看護婦だったみたい。」
「えっ?何ですかそれ?」
(一般人の医者に看護婦?何でそんなのが狙われるんだ?)
フィオは訝しげな顔をして聞き返す。
「その辺を聞きたいけれど、二人とも状態が良くなくて話を聞くのは無理みたい。だから、その情報をくれたハンターズのメンバーのデータを送って貰っているから届き次第話をしてみようと思って。」
「それが今出来る最善って感じですね。こっちの方の情報だと、一部に殺し屋や傭兵なんかも混じってたみたいですね。何でそんな連中がゴチャゴチャしてたんだかはさっぱりみたいです。とりあえず、その辺の細かいデータ取り寄せてますんで。」
「ありがとう。うん、こっちは来たわ。ウォレア。ヒューキャシール・・・。」
ヴィーナは自分の記憶を辿りながら該当者を探していた。
「俺も見せて貰って良いですか?」
「ええ、どうぞ。このキャストみたいね。おかしいな、私結構記憶力良いと思うんだけど、会った記憶も見た記憶も無いのよねえ・・・。」
困った顔をしてヴィーナは首を傾げる。
「どっかで見たような?」
「腕の良いハンターなら知ってそうなんだけど。って見覚えあるの?」
「うわぁ、ちょっ、ちょっと待って下さいね。だけど、ハンターズだったかなあ・・・。」
突然ズイッと顔を物凄く近付けられたフィオは驚いて座っていた椅子から転びそうになる。慌てて体勢を立て直しながら、再び考え始める。
「でも、ほらこの通り立派なハンターズよ?」
ヴィーナはビジフォンを見せながら言う。きちんとした正式登録されているのが分かる。
「外見が似てるタイプのキャストだったのかなあ。この白いタイプ・・・どっかで・・・。」
「とりあえず、連絡先はあるからかけてみるわね・・・。う〜ん、電源切れてるみたい。切っているのかしら・・・。」
(ハンターズなのに電源切ってるって珍しいわね。)
ヴィーナは案内のアナウンスを聞いて内心ではそう思いながらも、残念そうに言ってからビジフォンをしまった。
「あっ!思い出した。確か・・・ハーティーからのメールで。」
フィオは急いでハーティーからの着信メールを開いて調べた。
「あった。ヴィーナさん。これです。軍服着たらそっくりじゃありませんか?」
「えっ?ウォレア・・・准将!?」
思わずフィオと驚いた顔のヴィーナは無言になって顔をあわせる。
「どうします?」
「タイレル総督に頼んで知らん振りして会ってみるしか無いわ。本物だとして、正体を隠していてもハンターズとしては総督の意向には逆らえない筈。」
「軍のサーバー潜って、このウォレア准将って言う奴の昨日の足取り追ってみますか?」
「いえ、それは危険だわ。まずは引っ張り出して私が確かめてみる。フィオはこの件でメディカルセンターでの動きを追って貰えないかしら。多分、狙われた二人に何かある気がする。」
ヴィーナは真剣な眼差しになって言う。
「分かりました。ヴィーナさんも気を付けて。」
「大丈夫よ。これでも幾つも窮地は凌いできたから。」
軽くウインクして、ヴィーナは部屋から出て行った。
「さてと、じゃあメディカルセンターのサーバーへアクセスさせて貰いますか。」
フィオはそう言いながら、指を鳴らした。
目の前には白いヒューキャシールが立っている。
「にゃ・・・殺さにゃいで・・・。」
ミャオはガタガタ震えながら言うものの、その場から動けない。
その瞬間、目の前に光の軌跡が走る。
「ふみゃぁああーーーー!?」
ガバッ
「はあっ・・・はあっ・・・。」
自分の叫び声で目が覚める。その後の結果が何故か分かる。自分がバラバラにされて終わるのだ。
汗だくになって荒い息をしながらミャオは自分の汗を拭う。
「私・・・。」
「ミャオ先生。大丈夫ですか?」
「にゃ?ここは?あ、そういえばハミルは?」
「ここは精神科のベッドですよ。ハミルさんは今、集中治療室です。意識は戻っていませんが、命に別状は無いとの事で回復待ちだそうです。」
「はぁ、そりは良かったにゃ〜。」
ミャオはホッとしてその場でベッドにぐったりと突っ伏す。
「う〜ん、だけどその分だとミャオ先生は昨日から今朝にかけて何度か目が覚めた時の事は覚えてなさそうですね。」
「うにゃ〜。正直覚えて無いんだにゃ。」
ミャオは困った顔になって答える。
「結論から言いますと、ショック状態です。かなり大きなショックを受けたせいか混乱してしまって暴れたり叫んだりして、結構酷かったんですよ。」
「今の状態じゃ、外科医の方は暫く休んだ方が良いかにゃ?」
「ええ、白い何かと光る複数のもの、それと血に反応してしまっていますから、手術は絶対辞めた方が良いですね。ミャオ先生だけでなく患者さんの為にも。」
「うん、先生の言葉に従うにゃ。治療の方宜しくお願いしますにゃ。」
ミャオは精神科医の言葉を素直に受け止めて、ぺこりと頭を下げながらお願いした。
軍内では昨夜の事件と、ウォレアの自室での出来事が将校の会議で物議を醸し出していた。
「ウォレア准将。この映像に間違いは無いかね?」
「はい、私が暫くの時間席を外している間にあった事に間違いありません。」
聞かれたウォレアは、はっきりと言い切った。
「これは、忌々しき事態だ。将校の部屋での不正行為。厳しく罰せられると共に、入室には開錠のアクセスだけで高レベルのアクセス権が必要になる。少なくとも、准将以上の者のアクセス権が必要になる。今ここで、全将校の昨夜の行動やIDカードを調べる。これは下の者への示しをつけると共に、昨日の事件との関連を調べるものである。」
その言葉と共に調査が開始された。
ウォレアには誰が犯人なのか既に分かっていたが、あえてそれを黙っていた。
程なくして、軍のデータベースを元に『他の者』が犯人として連行されて行った。
(これでいい。真犯人は上手く行ったと思っているだろう。泳がせて、用が無くなったら消えて貰う。)
ウォレアはチラッと真犯人を見た後、会議が解散になって自室へと戻って行った。
「お帰りなさいませ閣下。昨夜はハルト中佐の所へ泊まりました。」
戻ってきたウォレアにメリアが声を掛ける。
「そうか。特に何も無かったか?」
「はい。中将と閣下のお言葉のお陰です。ありがとうございました。」
メリアはそう言って、ウォレアに頭を下げた。
「礼は私よりも中将に良く言っておくんだな。それで、バックアップはどうした?」
「昨晩の内に、調査結果もプラスしてこのデータチップに移しておきました。どうぞ。」
頭を上げた後、メリアはウォレアにデータチップを渡した。ウォレアは受け取った後、手から直接体内に入れて、データを読み込んだ。
「ふむ・・・。」
(ミャオにハミル。メディカルセンターのこの二人は何とか抑えねばならんな。セプテイルまで居るとは思わんかったが・・・。)
メリアの方は、ウォレアからの意見を待つように静かに待っていた。
「メリア、セプテイルの足取りを追ってくれ。」
「はっ。それだけで宜しいのですか?」
「ん?他に何かあるか?」
メリアが意味ありげに聞き返してきたので、ウォレアの方が聞いた。
「今回の混乱や、閣下が被害者と言う立場を利用して、ハーティーを引き抜いてみては如何でしょうか?」
「なるほどな。そう言う事か。しかし、勝算はあるか?」
メリアの言葉に納得しながらも、ウォレアは冷静に聞き返す。
「今の閣下になら十分にあります。それに私も居ります。」
「ほう、大きく出たな。」
自信たっぷりに言うメリアに、面白そうにウォレアは言う。
「その件は任せても良いのか?」
「閣下のお言葉も拝借出来ればと思うのですが、それを頂ければ必ずやハーティーを閣下の前に、いえ、ここに立たせて見せます。」
「分かった。任せよう。私の言葉が欲しい時には言えば良い。その代わり、必ずハーティーを引き抜け。」
ウォレアは命令口調で強く言った。
「はい、お任せ下さいませ。」
最後にメリアは微笑みながら答えた。
「う〜ん、しっかし危なかったなあ。教官が直接出てくるとは思わなかった。あの人にまともに歯が立つ相手なんてまず居ないだろうからなあ。あの子の言葉がなかったら、あたしもああなってたんだろうからなあ。今度命助けて貰ったお礼言いにいかないと。」
セプテイルはホテルでワインを飲んで、昨日のニュースを横目で見ながらぼやいていた。
「もう、あれから何年経つのかなあ・・・。教官出世したなあ。将校だもんなあ。あたしも軍に居たら少しは出世出来てたのかなあ・・・。」
一気にワインを飲み干してグラスを置く。
「ま、いっか。事故で記憶無かった期間があった訳だからしょうがないよね。教官から戻って来いって言われたらちょっと考えても良いかなあ。な〜んて。おっと、お仕事、お仕事。」
鳴っているビジフォンを取って出る。
「はい、傭兵セプテイル。いくら出す?話はそこからだよ。」
さっきまでの少しふざけた表情から真面目な顔になって相手と話し出した。