動き出す者達(後編)



・・・パイオニア2 軍訓練場・・・

ハーティーがウォレアと初めて対峙してから10日が経っていた。
2日間は恐怖やショックで何も出来なかったが、そこから立ち直り訓練の時に目の前にいる教官の姿はウォレアにしか見えていなかった。
吹っ切れたハーティーは何かの殻を打ち破ったかのように、1日1日恐ろしい程に強さを増して行っていた。
今や、教官の責任者しかまともに相手が出来ないほどだった。
「来い、ハーティー。」
「はいっ!」
二人の一騎打ちは、周りの注目の的だった。
(こんなものじゃない・・・。もっと速く・・・的確に・・・。)
ハーティーは動きを見ながら真剣にやり合っていた。目の前に居るのは、教官ではなくウォレアの姿だった。
しかし、一つのフェイントで大きくバランスを崩されてあっけなく勝負は決まってしまった。
「ありがとうございました。」
「ハーティー。あの方の残像を追うのは構わんが、加減をされていたという事を忘れるな。俺のフェイントごときでこんな様ではいかんぞ。自分をしっかり持て、地に足つけてから考えてみろ。お前はもうかなり強くなった。後は、しっかりする事だ。」
「はっ、ご指摘痛み入ります。」
ハーティーは敬礼した後、何度か教官に頭を下げて礼をした。そして、訓練場を後にしてシャワールームに移動して行った。

(教官のお言葉通り、私は残像を追い掛け過ぎているのかもしれない・・・。)
ハーティーはシャワーを浴びながら考えていた。束ねていた髪を解くと綺麗なエメラルドグリーンの長髪が広がる。一部がお湯に濡れて、母親譲りの見事なプロポーションを隠していく。
「もう一度・・・。叶うのなら、准将閣下と手合わせをしてみたい・・・。」
呟いた後握った拳は、細かく震えていた。好奇心とまだ残っている恐怖心が入り混じったものだった。


「閣下、例のハーティーですが、ここ数日大分話題になっていますね。」
「ん?まあ元々素質はあるだろうからな、次の教官候補にしても良いのかも知れんな。」
少し意味ありげに言ったメリアだったが、ウォレアの方は興味無さそうにあっさりと言う。
「最初に目を付けられておりましたのに興味が薄れられましたか?」
「いや、ここまで有名になってしまっては上のおもちゃに成り下がる可能性が高いからな。私が勝手に引き抜くわけにも行くまい。まだまだひよっ子でおもちゃにしかならん奴にいつまでも固執していても仕方ない。それよりも、今の騒動を治めるのが先だ。思ったよりも根深いからな・・・。」
ウォレアはそう言いながらモニターを見て思案していた。
「軍内はどうにでもなるとして、ラボ、メディカルセンター。そして、一番の問題は総督府ですか・・・。」
「それ以上は言うなよ。」
「心得ております。それと閣下。今回の件とは関係ありませんが隕石の接近をご存知ですか?」
メリアはデータを転送しながら聞く。
「一応情報としては聞いているが、何か気になる事でもあるのか?」
モニターを見ていたウォレアは顔を上げて、メリアの方を見ながら聞き返した。
「いい加減なものかもしれませんが、勘というものでして・・・。」
「案ずるな。私はお前の意見を笑うつもりは無い。何度かその勘で救われた部隊も居た事実もあるからな。」
(メリアの勘はあなどれん・・・。)
ウォレアは【勘】と聞いて逆に真面目な感じになって言った。
「はい。どうも嫌な予感がするのです。この隕石はデータの計算通り通過していくものだとは思うのですが、私にはそうは思えなくて・・・。」
メリアは少し自信無さそうに言う。
「ふむ、軌道から言えばこの辺に近付くのは後数日。何か他にも同じような事を感じたりする者もいるかもしれんな。メリアが気になるのなら、そちらの情報も追っておくと良い。私は今夜、ミャオと対面する事になるかも知れん。留守は頼んだぞ。」
「はい、あまり事を大きくなさらないように。」
「相手にそれをしないように祈っておけ。情報は常に把握出来るようにな。」
「かしこまりました。今夜はこちらのお部屋をお借りします。」
「私のアクセス権も全て預ける。中将へ軍内の事は報告して指示を仰いでおけ。準備があるから私はこれで出る。」
そう言って、メリアへデータチップを放ってから立ち上がると、部屋を出て行った。
「ふふ、ウォレア様。楽しみなのがにじみ出てらっしゃいますわ。」
メリアはウォレアが出て行った後、少し笑いながら言った。そして、その後ウォレアの席に座ってデータチップを使いながら作業に入った。


【総督府高官・謎の自殺】
【メディカルセンター外科医・謎の変死】
二つの大きな見出しの記事を見て、ヴィーナは難しい顔をしていた。
「ヴィーナさん。間違いなく口封じですよ・・・。」
フィオは苦い顔をして言う。
「ええ、分かってるわ。高官の方はあと一歩だったのだけれど遅かった・・・。」
「俺もメディカルセンターの外科医に情報貰うまで後一歩だったんですけど・・・。」
二人はその後暫く無言のまま俯いていた。
「総督府の方はこれを機に内部調査が入る事になったから、内部で何かが発覚すれば私の耳にも入る事になるわ。今回の件はタイレル総督もかなり重大に捕らえていらっしゃるみたいだから、早めに色々な事が明らかになると思う。」
「ただ、メディカルセンターの方はまだ危ないかもしれませんね。」
「ええ。だから、私の独断でハンターズの何人かにメディカルセンターの方を監視するようにお願いしたの。」
「相手が何者かまだ分からないだけに、厳しいですね。そのハンター達にも注意して貰った方が良いですよ。変死って出てますけど、俺等の仲間を殺した連中かもしれません。そうすると、いかにエネミーを相手しているハンターとはいえ危ないと思います。」
「そうね。単独行動だけはしないように伝えておくわ。」
そう言って、ヴィーナは何人かのハンターへ連絡を入れ始めた。
(これから少しずつ動いている連中が見えてくる気がするけど、もうここには来て居ない事を含めて全容解明は難しそうだな・・・。くそっ、仇取れねえか・・・。)
フィオは、連絡を入れているヴィーナを見ながら唇をかんだ。


「・・・。」
ミャオは無言で誰も居ない外来外科病棟の待ち合わせ用の椅子に座っていた。
(にゃんで・・・。)
俯いたままミャオは泣いていた。ポタポタと手の甲に涙が止め処なく落ちていた。
(昨日、私と笑いながら会話してたにゃ・・・。どうしてにゃ・・・。)
今朝急に呼び出され来てみると、同期の外科医が変わり果てた姿で手術台に乗っていた。ミャオは検死解剖に立ち会っていたが、夢を見ているようで現実味が無かった。
そして、それが終わってから食事をする事も忘れて、フラフラと今の場所にやって来ていた。

「ミャオ先生―!ミャオ先生――!!!」
呼び出しにも全く答えず、ネームプレートを置きっぱなしで姿の見えないミャオを心配して、ハミルはメディカルセンター内を探して走り回っていた。
「ハミルさんっ!」
「はいっ!?」
急に呼び止められて、ハミルはブレーキをかけて止まる。
「チャオ先生を外科外来で見たとついさっき患者さんが教えてくれました。行ってみては如何でしょう?」
「ありがとう。」
看護婦にお礼を言ってハミルは再び走り出した。
『ハミル、ミャオ先生は見付かったか?』
「今、発見の情報を得て向かっている最中です。」
『緊急で患者が来て、今手が空いている外科医が居ない。何とか説得して第4ICUでお願いしたい。』
「分かりました。見つけ次第何とか説得してみます。」
『宜しく頼む。』
「はい、では、これで失礼します。」
センター長との会話が終わると、ハミルは先にミャオの姿を見つけた。

「ふにゅぅ・・・。」
ミャオは同期との思い出に浸りながら、涙は止まっていたものの落ち込んでいた。
「ミャオ先生・・・。」
「ふみゃっ?」
声を掛けられて、顔を上げるとそこにはハミルが立っていた。
「どうしたんにゃ?」
「・・・こんな時ですが、急患だそうで・・・。」
不思議そうに聞くミャオに、ハミルは言い難そうに呟やいた。
「そうかにゃ、行くにゃ!彼の開いた穴埋めなきゃだにゃ。」
「ミャオ先生・・・。」
涙をゴシゴシ拭いてから言うミャオを見て、ハミルは何とも言えない顔になる。
「場所は何処だにゃ?」
「第4ICUです。先生無理だったら・・・。」
「無理でも行くにゃ。私しかいないんだにゃ?」
「はい・・・。」
「患者さんを助けられるのは、私とチームしか居ないにゃ。泣くのも落ち込むのも後で出来るにゃ。今は救える命を救うにゃ。チームが足りないならハミルも来るにゃ。私はすぐに準備して行くから患者さんのデータ転送だけしておいてにゃ。」
ミャオはそれだけ言うと、椅子からぴょんと下りて外来の医師の部屋による。そして、ネームプレートをつけながら準備をする為に更衣室へ向かった。
「ふぅ、よしっ、私の方がしっかりしないと!」
ハミルは自分の頬を軽く叩いて、走りながら第4ICUに居るチームと連絡を取り始めた。

「はにゃぁ・・・疲れたにゃ〜。」
ミャオはぐったりしながらメディカルセンターを後にして歩いていた。
「お疲れ様でした。どうですか?猫八にでも寄っていきませんか?今日は私がおごっちゃいますよ。」
隣にいるハミルは労わる様に言う。
「にゃっ!?本当かにゃ?」
「うふふ、ええ。」
急に元気になって、聞いてくるミャオを見て少し笑いながらハミルは答える。
「だったら、飲むにゃ〜!」
「は〜い。お付き合いしますよ。」
二人が楽しそうに話しているのを、何ヶ所から見ている者達が居た。

〔ターゲット確認・消去します。〕
【目標確認・確保に入ります。】
『目標と他一名確認。指示を。』
{保護対象確認。各チーム警戒を。}

「色々な連中が居るようだな。メリア、全員の照会を頼む。」
『はっ、御武運を。』
メリアの返事を聞いた後、暗闇に光るウォレアのビームアイが細くなった。