予兆
「ヴィーナ、ヴィーナ。」
「あっ?はい?」
ヴィクスンに呼ばれてヴィーナは我に返った。
「そんなに恐い顔してどうしたんだい?」
「ううん、何でもない。」
心配そうに聞いてくるヴィクスンにヴィーナは笑顔になって答えた。
「そうかい?なら良いけど。それじゃあ、あたい達は帰るよ。」
「無理すんじゃねえぞ。それと先生の言う事はちゃんと聞くようにな。」
「分かってる。来てくれてありがとう。」
ヴィクスンとメビウスの言葉に返事をしてから、ヴィーナはお礼を言った。
「何言ってんだい。親子なんだから当たり前だろ。」
「そうそう、んじゃ、また来っからな。」
そう言って二人は手を繋いで仲良く出て行った。
「恐い顔・・・してたかあ。」
笑顔で見送って二人が居なくなった後、ヴィーナは頬に手を当てて苦笑いしながら呟いた。
「ありゃあ、ちとやべえかもしれねえなあ。」
「あんたもそう思うかい?」
メディカルセンターを出た後の帰り道、メビウスとヴィクスンは相変わらず手を繋いだまま心配そうに言い合っていた。
「俺は難しい事は分からねえが、間違いなくヴィーナはあの軍服着たキャスト見てたな。」
「あたいもそう思う。あれは、ウォレアとか言う特殊部隊の総司令官だね。」
「ヴィク、お前良く知ってんな。」
感心したようにメビウスは言った。
「まあ、昔少し軍の連中と絡んだ時にね。司会やってたのはメリアって言ってあのウォレアの懐刀。」
「ヴィーナが一人で相手をするにゃ、色々な意味で分が悪過ぎるな。」
説明を聞いて、メビウスは苦笑いしながら言う。
「それでも、あの子は立ち向かうよ・・・。」
「確かにヴィーナの奴、さっきそんな目してたな。あのウォレアっていうキャストはただのお飾りじゃねえ。推測だけどな、今回の怪我の原因は奴かもしれねえって思ってる。」
「そうなのかい?」
「ああ、軍服着てるが歩き方とか、カメラが映ってる間も隙がねえ。あの会場でお偉いさんに誰かが馬鹿やってたら、奴に切り刻まれたと思うぜ。只者じゃねえのは間違いねえ。」
「流石はあんた。良く分かるねえ。あんまり嬉しくない情報だけどさ。」
真面目な顔をしたメビウスの説明に、ヴィクスンは感心しながらも渋い顔をしていた。
「確かにな。良くなった後に、上手い事任務入ってくれりゃあ良いんだがな。」
「そうだね。そうすればあの子真面目だからそっちに集中するだろうし。」
「あんまりやばそうだったら、俺等で釘刺してやらねえとな。親馬鹿かもしれねえが、無駄に可愛い娘に命散らされても困るからな。」
「全くだよ。今回だって、最初は生きた心地しなかったよ。」
「だな。真面目で優秀なのも考えもんだな。どうだヴィク、弟か妹でも作るか?」
「なっ!?馬鹿っ!公衆の面前で何いってんだいっ!」
突然笑いながら言うメビウスに、軽く肘打ちを入れながらヴィクスンは恥ずかしそうに真っ赤になりながら怒鳴っていた。
「むにゃむにゃ・・・。」
記者会見の中継が終わると、動力が切れたかのようにナイルはユーリの膝の上に倒れ込んで眠っていた。
「緊張の糸が切れたのかねえ?」
「そうだと思いますよ。セプテイルばっかり見ていて、ガタガタ震えっ放しでしたからね。」
のんびり聞くキャネルにユーリは苦笑いしながら答えていた。
「恐いから逆に目が逸らせなかったのかな。そこの所行くと、委員長はたいしたもんだねえ。」
「はい?」
キャネルが何を褒めているのか分からずに首を傾げた。
「だってさ今朝まともに殺意持ってるセプテイルをカメラ越しとはいえ見てる訳でしょ?それでも、それだけ落ち着いてるんだからさ。」
「私だって・・・。恐いですよ・・・。」
(駄目・・・我慢出来ない。)
キャネルの言葉を聞いた途端、ユーリは一気に内に秘めていた感情が爆発して泣き始めてしまった。
「あ、委員長・・・。ごめん・・・。」
(俺どうもこういうとこ気が利かないなあ。)
謝った後、キャネルは優しくユーリを抱き締めた。
「ずっとこうしていてくれないと、許しません・・・。」
「お安い御用だ。許してくれるまでこうしてる・・・。」
そんな良い雰囲気の中、キャネルはふと複数の視線に気が付いてそちらを見ると、研究員達がニヤニヤしながら見ている。
「お前等なあ・・・。見せもんじゃねえよ。外で好き勝手やってろ。」
照れ隠しで、キャネルが近くにある空のコーヒーカップを投げると、全員が首を引っ込めた。
記者会見の会場は片付けが殆ど終わろうとしていた。
残っているのはメリアを含めた軍関係者だけだった。
「メリア大佐。軍以外の関係者全員の退出確認完了しました。」
「片付けの方はどう?」
「5分もあれば終わります。」
「では、遅くなったけれど1800に会場から全員退出、私はウォレア准将閣下を迎えに参ります。私の護衛を除いては速やかに軍へ撤収。ここに居ない者へも早期通達しなさい。」
「はっ。」
時計を見ながら言ったメリアの言葉に、回りはきびきびと動き始めた。
(後数日はセプテイルへのマスコミ等の取材が殺到するかしら。それが落ち着いたら、セプテイルとはゆっくり話しでもしたいわね。)
会場内を見渡しながら、メリアは先の事を考えていた。
ゾクッ
「えっ!?」
(何!?)
急に背中に悪寒がして、メリアは思わず周りをキョロキョロしてみていた。
「大佐、どうかなさいましたか?」
すぐ傍に居た護衛の一人が声を掛けてきた。
「いえ、ちょっと寒気がしてね。大丈夫、何でもないと思うわ。」
ゾクゾクッ
「っ!?」
さっきの背中への悪寒ではなく、全身に寒気が走ったメリアは声が出ずに思わず自分を抱え込んだ格好でしゃがみ込んでしまう。
「メリア大佐!?」
傍に居た護衛は驚いて、すぐにメリアの隣にしゃがみ込んで呼び掛ける。
「お願い・・・。閣下に伝えて。嫌な予感がする・・って・・・。」
メリアはそれだけ途切れ途切れに言うと、気を失った。回りは騒ぎになりすぐにウォレアへ通信が行った。
「ウォレアだ。どうした?」
『メリア大佐が倒れられました。』
「何っ!?様子はどうだ?」
『念の為連れて来た軍医によると、今は安定しているようですが、心肺の動きがたまに不安定になるようなので、出来れば医療施設にすぐにでも運びたいと言っています。』
「近くはメディカルセンターか・・・。そこへ運びたいと言っているのか?」
『はい。それと、メリア大佐が気を失う前に准将へ【嫌な予感がする】と伝えてくれと仰っていました。』
「そうか・・・。」
(何かが怒るという事か・・・。こんな時に・・・。どうする・・・。)
ウォレアは談笑している周りの将校達の声に少しイライラしながら考えていた。
「止むを得ん。人命優先だ。メリアをメディカルセンターへ運んでくれ。軍医の方には説明だけさせて処置は向こうの医師に任せろ。私も後で向かう。急げっ!」
『はっ!』
通信を切って、ウォレアは人込みから離れて行っていた。
ポタッ・・・ポタッ・・・
「雨?」
ナイルは夢を見ていた・・・
見た事も無い砂漠の見える荒野に立っていた。そこは、ナイルの見た事も無く知らない場所だったが、何故かそこがラグオルの地表だと少しして分かった。
雨が降り始める中、ナイルは灰色の空を見上げた。その視点は、一気に空を突き抜け天気が良くなる。更に視点は宇宙へと飛び出し、一つの隕石をナイルは見つける。
(確か、少し前にニュースでやってた接近するけど逸れるとか言ってた隕石かな〜?)
そう思っていると、確かに隕石は少し離れていく様に見える。
しかし、急に動きが止まり、ラグオルを目指して落ちて行く。
(えっ!?隕石が止まった?ラグオルに落ちる!?)
ありえない動きをした隕石に、ナイルは訳が分からなくなるが、隕石は一直線にラグオルに落下して雲で見えない筈なのに小爆発を起こすのが見えていた。さらに、そこには光の柱が立っていた。
ぱちっ!
(ん?柔らかい?)
そこで、ナイルは目を覚ました。自分が置かれている状況を確認する為に目だけで周りを見た。
(あれ?これってもしかしてユーリさんの膝枕?)
そのまま寝返りを打つと、ユーリとキャネルが抱き合っている姿が分かる。
(はわわっ!これは寝たふりしないとですぅ。)
そう思いながらも、ナイルは思わずまじまじと下から二人を見ていた。
「委員長も落ち着いて寝てくれたか・・・。やれやれ、どうしたもんだか・・・。」
困った顔をして、キャネルはその格好のまま呟いた。
「ありがとうね、ユーリ・・・。」
チュッ
静かに言って、少し照れ臭そうに名前を呼んでおでこにキスをする。その瞬間、下からの視線に気が付いた。
「ナイルさん覗きはご法度だよ。」
「ふえぇっ!?私寝てますよ?」
ジト目のキャネルと目が合って慌てたナイルは目を閉じてバレバレの嘘をついた。
「今のは内緒だからね?」
「私何も見てませんし、寝てますから。」
キャネルの言葉に、目を閉じたナイルは丁寧に答えていた。
「じゃあ、狸寝入りしていたのを委員長に注意して貰おうかなあ・・・。」
「ああっ!ごめんなさい。それは勘弁して下さい!」
いきなり目を開けて、慌ててキャネルに懇願する。
「しっ、委員長が起きちゃう。」
「むぐっ!?」
キャネルに言われて、自分の口を慌てて塞いでコクコクと頷く。
「そう言えばキャネル室長。今、変な夢見てたんです。」
「ん?また夢みたのかい?」
「はい、実はこんな夢なんです・・・。」
ナイルはさっきまで見ていた夢をキャネルに話した。
「ああ、あの隕石かあ。俺も軌道逸れるって聞いてからは何の情報も取ってないなあ。ただ、それが正夢だとすると偉い事になるかもしれない。ラグオルに降りてる人は結構居るし、軌道上にパイオニア2も含まれるかもしれないからねえ。今寝たばっかりだけど、しょうがない、か。」
そう言って、ユーリの肩を軽く揺さぶる。
「んっ・・・ぅ・・・。」
ユーリが薄目を開けると目の前にキャネルの顔がある。
「キャネル・・・。」
「あ〜・・・。」
寝ぼけている感じのユーリを見てその色っぽさに少し照れつつも、ちょっと困ったようにキャネルは言いよどんでいた。
(私は黙っていた方が良いよね?)
自分に言い聞かせながら、ナイルは黙って二人の様子を見ていた。
「悪い委員長、今のラグオルの天気調べてくれないかな?」
「先にお礼くれないと、い・や・で・す。」
少し焦りながらも何とかお願いしたキャネルに、寝ぼけ眼でユーリは更に追い打ちをかける。
(うわ〜!うわ〜!)
ナイルは恐いと言うイメージしかなかったユーリの色っぽさといつもは動じないのキャネルがうろたえているのを見てドキドキして目が釘付けになっていた。
「今度まとめてでじゃ・・・駄目?」
(や、やばいぞ俺。ナイルさん居るのにこのままキスとかしちまいそう。)
必死に自分の内部と戦いながら、キャネルはお伺いを立てた。
「ここじゃなくて、外で二人きりの時にして下さいね。今回はおでこの分で引き受けましょう。」
「ああっ!?」
「あっ!」
一気にいつもの感じになって、少し舌をペロッと出しながら言うユーリにキャネルもナイルも思わず声を上げた。
「委員長、人が悪いよ〜。」
キャネルは苦笑いしながら言う。
「いつもハッキリしてくれないお返しです。ナイル、ここでの事は内緒よ。良いわね?」
「は、はいっ。」
「それでは、端末お借りしますね。」
ユーリはそう言うと、慣れた手つきで端末を弄り始めた。
「キャネル室長。やられちゃいましたね〜。」
「あ・・・はは、まあ、いっか。」
ナイルに小声で言われてひくつきながら笑った後、キャネルは微笑んだ。
「今ラグオルは広い地域で曇っているみたいですね。後は何か調べる事ありますか?」
ユーリの言葉に思わずキャネルとナイルは顔を見合わせる。
「そしたらさ、少し前に隕石のニュースやってたの覚えてる?」
「ええ、久しぶりにラグオルへ接近はするけれど逸れていくっていうのですよね?」
「そうそう、それそれ。その隕石の動き調べてくれる?」
「それだったら、確か研究員の一人が未知の生物でも居ないかなあとか言って動きをずっと追っていたと思うんで、ちょっとデータ見てみますね。」
ユーリは言われるままに調べ始めたが、再びキャネルとナイルは顔を見合わせていた。
「まさか、ねえ?」
「まさか、ですよ〜?」
二人はひくついた笑いを浮かべながら言い合っていた。
その様子を、データロードを待っていたユーリは不思議そうに見ていた。