ラボ騒動終息へ
・・・ラボ 遺伝子工学室・・・
まだ朝早く研究室内にはキャネルとユーリしか居なかった。
「どうやら、今日生物生態学室長がメディカルセンターから戻ってくるみたいだね。」
「どうなさいます?入れ替わりでナイルがこちらに異動という事になりますけれど。」
「どうするって何を?」
キャネルはユーリの言っている意味が分からずに聞き返した。
「もし、生物生態学室長室に入るなら今がラストチャンスだと思います。」
「おいおい、委員長から出る台詞とは思えないぞ。」
意外な言葉にキャネルは慌てて言った。
「はい?私ではありませんよ。今頃自分の荷物を整理しているナイルがそういう考えを起こして変な行動に出なければ良いなという心配をしているだけです。」
「あ〜、ありそうだなあ・・・。」
コーヒーをいれながら冷静な口調でいうユーリの台詞に、キャネルは苦笑いしながら呟く。
そんな二人の嫌な予感は的中しようとしていた。
(今日室長来ちゃうから、今しかない・・・。)
ナイルは誰も居ない生物性体室の中で、端末を弄っていた。しかし、幸か不幸かナイルの実力では室長の部屋にも端末にも侵入する事は出来なかった。
「あ〜も〜!」
上手く行かなくて、ナイルは頭をかきむしっていた。
(むむぅ、ユーリさんとかなら何とか出来るんだろうなあ・・・。)
ピピッ、ピピッ
「うひゃぁぅあ!?」
突然呼び出し音が鳴って、驚いたナイルは変な悲鳴を上げながら飛び上がる。
「は、はひっ!生態生物室ですっ!」
それでも反射的に急いでナイルは出た。
『ナイルさん、早めに来てたんだね。用意済ませてこっちおいで。』
「はぁ、キャネル室長ですか。脅かさないで下さいよ〜。」
映ったキャネルを見て安心したナイルはホッとして溜息をつきながら言っていた。
「本当に居るし・・・。」
後ろで見ていたユーリは苦笑いしながら二人のやり取りを見ていた。
「室長、話していたらこっちには来れませんよ。」
「あ、そっか。流石委員長。」
ユーリの言葉にキャネルは振り向いて納得したように言う。
「それに、こっちにくればいくらでも話は出来ま・・・。あ・・・。室長・・・。あれ・・・。」
いつものように諭すように言っている途中で、ユーリの視界にモニターに映る向こう側のナイル以外のものが入って、目を見開きながら指を差す。
「ん?どうした委員長?」
キャネルは突然態度の変わったユーリの行動が分からずに、指を差している画面を見る。
「室長、ナイルの映っている左下!」
「左下?」
言われて、キャネルは画像をズームする。
『どうしたんですか?キャネル室長?』
画面の向こうから不思議そうにナイルが聞いてくる。
「うん、ちょっと待ってね。ナイルさん。俺も良く分からないんだけど、委員長が何か気が付いたみたいだから。」
キャネルは答えながら、画面を良く見てみる。
「薬品のビン?N−35・・・って、おいっ!」
『は、はいっ!?』
呟いた後、いきなり叫んだキャネルに呼ばれたと勘違いしたナイルは訳も分からずに返事をしていた。
「ナイルさん、その後ろの席は誰の席?」
『席ですか?室長のですけど?それがどうかしたんですか?』
キャネルに聞かれて、不思議そうに答えた後聞き返した。
「そこにある薬品のビン、昨日あった?」
『薬品のビンですか?あれ?本当だ。基本的に室長は綺麗好きですし、机の上に物を置かない人ですから無かったと思いますよ。誰かが置いたのかなあ?』
キャネルに聞かれて後ろを向いて、確認した後不思議そうに首を傾げながら呟いていた。
「ナイルさん、急いでこっちに来るんだ。」
『えっ?でもまだ荷物整理終わってませんし。データもチップに写してないですからそれが終わってからでも良いですか?』
慌てて言うキャネルだったが、ナイルはマイペースで答える。
「駄目ですよ室長そんなんじゃ。どいて下さい。」
「すまん委員長、真面目に何とかしてくれ。ナイルさん現時点でヤバイかもしれん。」
「分かってます。ナイル、おはよう。」
『ユーリさん!?お、おはようございますっ!』
画面の前に入れ替わりでユーリが映ると、ナイルが緊張した面持ちになって頭を下げて挨拶してくる。
「ナイル、何も聞かないで、通信を切ってすぐにこっちに来なさい。」
『え・・・でも・・・。』
困った顔でナイルは呟く。
「良・い・で・す・ね?」
ユーリはにっこりと笑って、一言一言に念を押してゆっくりと言う。
『は、はひっ。わ、わっかりましたっ!すぐに行きます。一旦失礼します。』
ナイルは引きつった顔になって即答した後、慌てて一礼すると通信が切れた。
「あっはっは、流石は委員長。お見事。」
(ぷっ、ナイルさん凄い顔になってたな。)
「茶化さないで下さい。それと室長、はい。」
笑い混じりのキャネルの言葉に苦笑いしながら文句を言った後、手を差し出す。
「ほい。」
ユーリの手の上にキャネルはコーヒーカップを置く。
「そうじゃなくて・・・。ナイルのデータ引っ張るのと、向こうの室長の端末にアクセスしてないか調べるのに権限のデータチップが必要なんです。」
「ああ、そういう事ね。改めて、ほいっと。」
ユーリはデータチップを受け取ると、すぐに端末を弄り始める。
「しかし、委員長良く気が付いたね。あの薬ビン。」
「うわ、やっぱりアクセスしようとしてた・・・。ってそりゃ気付きますよ。あんなレトロなビンなんて今時滅多に見ないじゃないですか。だからつい目が行ったんです。それで、ラベルも目に入りましたから驚いたんです。」
「確かに、あんな薬ビンもう使ってないよな。あからさまに誰かが置いたって感じだもんなあ。委員長、ナイルさんの悪戯の後消せそう?」
「消せそうじゃなくて、消さないと不味いでしょうから何とかします。ナイルが来たら作業終わるまで適当に相手お願いしますね。」
「はいは〜い。全力疾走してきてそうだからお水でも用意しておいてあげようかね。」
キャネルはそう言って、自分の部屋へ入っていく。ユーリの方は真剣な眼差しで端末に向かって作業をしていた。
シュイン
「はあっ・・・はあっ・・・ナイル・・・はぁ・・・来ましたぁ・・・はぁっ・・・。」
扉が開いてナイルが入ってくると、その場でへたり込んで四つん這いになって肩から息をしていた。
「お疲れ様。はい、お水。ゆっくり飲んでね。」
キャネルはナイルに水の入ったボトルを渡しながら、優しく言う。
「んぐっ・・・ゴクッ、ゴクッ・・・。ぷはぁっ!」
受け取った後、ナイルは物凄い勢いで一気に水を飲み干した。そして、その後大の字になって寝転んだ。
「ホントにお疲れさん。寝たままで良いんだけどさ、いつも生物生態学室長ってどのくらいの時間に来るのか知ってる?」
「はい〜。多分そろそろ来ると思います〜。」
気が抜けたのと水を飲んで落ち着いたのもあって、ナイルは気が抜けた感じで答えていた。
「室長、こっち終わりましたよ〜。」
ビクッ!
ユーリの声がすると、ナイルはあからさまに反応して正座になる。
「くっくっく。はいよ〜、ナイルさん来たから今そっち行くわ〜。」
ナイルの態度におかしくなって笑いながら、キャネルは答えるとナイルを連れてユーリの居る方へと移動していった。
「お、おはようございます。ユーリさん。」
ユーリの前に来ると、ナイルは緊張してぎこちなく頭を下げて挨拶した。
「おはよう、ナイル。さっきは強く言っちゃってごめんなさいね。でも、貴方の為だったのよ。」
「え?私の・・・為?」
ユーリの言葉の意味が分からずに、ナイルは目をぱちくりしていた。
「生物生態学室長の机の上にあった薬品のビンあったでしょ。あれね、この前の爆発事故の時の毒ガスの発生源になった薬品なんだよね。」
「ふええっ!?じゃ、じゃあ室長が犯人なんですか???」
キャネルの言葉に驚きながらも、ナイルは聞いた。
「いや、さっきのナイルさんの話から言って関わりはあるかもしれないけど、わざと誰かが置いたと俺は思うね。委員長はどう思う?」
「見立ては同じです。ナイルの見た夢の一部通りで、責任を背負わされて生物生態学室長は口封じされてしまうのかなと・・・。」
キャネルに聞かれて、少し言い難そうにユーリは言った。
「とりあえず完全な正夢にはならずに済んだってとこかな。俺さ〜、見えちゃったんだよね・・・。」
「?」
キャネルの言葉にナイルもユーリも不思議そうな顔をしていた。
「いやさ、さっきのドタバタしてる最中にさ、後ろに光るものがあってね。」
「まさか・・・銃口ですか?」
「多分ね・・・。」
「ひぃいっ!?」
真剣な表情で言い合うキャネルとユーリの言葉に、ナイルはその場で悲鳴を上げて自分を抱え込むようにしてガタガタ震える。
「つまり、既に誰かが居てあの薬品のビンを置いた。そして、室長が来るのを待っていた。」
「ナイルさんがあそこに残ってたら、多分正夢になったのかもしれない。きっと隠れてるのはセプテイルって人だよ。」
「はわわわ。で、でも、私何も気が付かなかった。これでも、結構敏感なんですよ?」
恐がりながらもナイルは二人に助けを求めるように聞く。
「う〜ん、まあ相手はプロだろうからねえ・・・。」
キャネルの方は良く分からずに、それっぽい理由を言う。
「その前に、ナイルは証拠探しとかに気が向いていたから分からなかったと思う。普段だったら気が付いたんじゃないかな。でも、逆に気が付かなくて良かったのよ。だって、気が付いてたら、正夢とは違うだろうけど・・・。」
ユーリの方は的確に言って、最後の方は濁すように言う。
ガチガチガチガチ・・・
(私、私もしかしたらあそこで・・・。)
ナイルは恐怖で顔が真っ青になって、歯を鳴らす位ガタガタ震えて何も言えなかった。
「そろそろ、来るって言ってたなあ。」
「室長、駄目です。」
通信モニターに手を伸ばすキャネルをユーリが止める。
「え〜、でも証拠になるだろうし・・・。」
「駄・目・で・す。」
「だって、俺等が色々やってるのばれてるんだよ?せめて証拠残さないとさ。俺等死んだの無駄にならない?」
恐い顔をしていうユーリにさらっとキャネルは聞く。
「い、嫌ですぅ。死にたくないですぅ。」
ナイルはキャネルの言葉に反応して泣きながら言う。
「大丈夫だから泣かないの。それと、室長!不吉な事言わないで下さい!」
ユーリはナイルを抱き締めた後、キャネルに向かって怒りながら言う。
「だってさ〜、言いたくないけど向こうが終わったら俺等の番じゃないの?ナイルさんの夢の続きから考えて、ここに来るって考えるのが妥当でしょ?俺等が敵う訳無いじゃん。」
「確かにここに来るかもしれませんが、ナイルはここの事は良く知りません。無論、室長が部屋の一部を私物化している事とか、私がこの研究室に仕掛けをしているとか、ね。」
最もな意見を言うキャネルにユーリは軽くウインクしながら答える。
「委員長、そんな事してたんだ?」
「ええ、いざと言う時の為です。実際は起こっている爆発事故が気になっていたのもあって完成を急いだんですけれどね。こちらから向こうには何も出来ませんが、逆も同じです。特殊なフィールドを研究室内に発生させて、場所分けで被害が広がらないようにと考えました。」
そう言うと、ユーリは端末を叩いて立体画像を出す。研究室を包むフィールドと、研究室内を区切るフィールドが展開される映像が流れる。
「へ〜。」
「うわ〜。凄いです・・・。」
キャネルだけでなく、思わずナイルもそれを見て感嘆の声を上げていた。
「と、いう訳なのでセプテイルさん、大人しくお帰り下さい。使命は果たした筈ですよ。私達は何も知りません。これ以上長居すると人目に付きますよ。」
「えっ!?」
「えっ?えっ!?」
その場で言うユーリの言葉にまた驚いて二人は声を上げる。その後少しの間三人は黙って部屋の中に沈黙の時間が流れる。
「動体反応、熱源離れて行きます。ふぅ、どうやら助かりましたね。」
ユーリは冷や汗を拭って安堵の溜息をつきながら言った。
「助かったんですか?ありがとうございます〜。」
ナイルは嬉しさも混じった半泣き状態でユーリに抱きついていた。
「時間差で、爆発事故になるっぽいな。やれやれ、だけどホントに助かったよ委員長。あんな凄い装置つけてたなんて全然知らなかったし、気が付かなかったよ。」
キャネルの方もホッとしてコーヒーを飲みながら言っていた。
「何言ってるんですか、あんなものある訳無いじゃないですか。」
「ぶっ!?」
「へっ!?」
サラッと言うユーリの台詞にキャネルもナイルもその場で固まる。
「ハッタリですよハッタリ。すぐ近くまで来ているの分かっていたんで、わざと中の音とか画像を流していたんです。それを見て、向こうに判断させたんです。」
「か〜、違う意味でホントにすげえや。俺とナイルさんには安心させといて、如何にもあるって思わせてやっこさん騙したのか。勝負師だねえ。」
(心底参ったねこりゃ。委員長には敵わないや。)
頭に手を当てて、キャネルは脱帽していた。
「ユーリさん。ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
ユーリの方は抱きついたまま、何度もお礼を言っていた。
「一か八かですよ。私だって死にたくないですし、何とか二人を守りたかったですから。あ〜もう、今頃震えが来ちゃってる。」
ユーリは少し照れ臭そうに言った後、震える手を押さえようとしていた。
「じゃあ、震えが収まるおまじない。お礼の意味も込めてな。」
チュッ
「えっ!?」
いきなりキャネルにキスされて驚いたユーリは目をぱちくりしていた。
「ほら、ナイルさんもお礼お礼。ほっぺにチューって。」
「は〜い。」
「ちょ、ちょっとナイル。って、室長まで〜。」
その後、ユーリはキャネルとナイルから両頬にキスの嵐を浴びていた。
それから暫くして、爆発事故の警報が部屋に鳴り響いた。