一つの別れ


・・・メディカルセンター・・・
少し長めに掛かった午前中の診察が終わり、ミャオはハミルの病室で遅めの昼食を取っていた。
「はい、あ〜んだにゃ。」
「ミャオ先生。私はもう自分で食べれますよ。」
スプーンを差し出されて、浮遊担架に座っているハミルは苦笑いしながら言った。
「聞こえないにゃ〜。患者は先生の言う事聞くんだにゃ。」
「は〜い。うふふ、では頂きます。」
ミャオの態度と言葉におかしくなって少し笑いながら、差し出されたスプーンを口に含んで食べた。
「美味しいかにゃ?」
「はい。」
上目遣いで聞いてくるミャオにハミルはにっこり微笑みながら答えた。
「良かったにゃ。」
「それにしても、一度来てまた来ると言っていたセプテイルさん遅いですね。」
「う〜ん、確かに遅いにゃ。どうしたのかにゃ〜?」
喜んでいたミャオだったが、ハミルに言われてスプーンを咥えたまま首を傾げていた。
シュイン
「しっつれいしま〜っす。遅くなってゴメン、ゴメン。思いの外混んでてねえ。」
少ししてセプテイルがレトロな袋を持ちながら元気良く入って来た。
くんくん・・・
「ふみゃっ!猫八の魚のフライだにゃ!」
「当ったり〜。ほい、お土産。ハミルちゃんは今日顔色良いみたいだね。」
「お陰様で。」
ミャオに袋を渡しながら言うセプテイルの言葉に微笑みながらハミルは答えた。
「た、食べても良いかにゃ?」
「どうぞどうぞ。その為に買ってきたんだしね。」
(やっぱりミャオちゃんは可愛いなあ。)
うずうずしながら聞いてくるミャオに少し笑いながらセプテイルは答えた。
「セプテイルさん、お昼は召し上がったんですか?」
「うん、待ち時間ついでに猫八でランチ食べてきたよ。」
ハミルに聞かれてセプテイルは答える。
「うにゅ〜ん。美味しいにゃ〜。」
ミャオは満面の笑みで幸せ一杯に言っていた。ハミルもセプテイルもそんなミャオを微笑ましそうに見ていた。

少ししてミャオは魚のフライを食べ終わり、その間にミャオの持って来ていた食事をハミルとセプテイルが手分けして食べ終わっていた。
「ふにゅ〜、満足だにゃ〜。」
ミャオは、はにゃ〜んとした顔で呟いていた。
「セプテイルさん。昨日は軍に行って大変だったのではありませんか?」
「えっ!?」
(ハミルちゃん、何で?)
ハミルに突然言われて、セプテイルは驚いていた。
「ハミル、どういう事だにゃ?セプテイル、昨日の大事な用事って軍に行く事だったのかにゃ?」
ミャオは良く分からずに二人に向かって聞いた。
「ハミルちゃん、何で分かったの?あたしは二人に大事な話しなきゃだから、先に教えてくれる?」
「構いませんよ。髪の毛です。髪に薬剤が残っています。その薬剤は回復用の培養液です。それも、その薬液は主に業務用、しかも軍で多く使われているものです。メディカルセンターの薬液は現在別の物を使っていますから。昨日ここに居た時はその薬液はありませんでしたから、イコールその薬液に浸かっていたと言う事でしょう。つまり、軍で怪我をされて回復していたと予想出来る訳です。」
「かぁ〜、参ったねどうも。流石はハミルちゃん。」
冷静な態度での丁寧な説明に、セプテイルは苦笑いしていた。
「ふみゃ〜、全然気が付かなかったにゃ。」
聞いていたミャオは目をぱちくりしながら驚いていた。
「セプテイルさんはまだしも、ミャオ先生が驚かないで下さい。私よりも先に、ミャオ先生が気付いていた筈なんです。」
「えっ?」
「ふみゃっ?」
(どういう事だにゃ?)
ハミルの言葉に、セプテイルもミャオも驚いて声を上げる。
「意図したのかしていないのかは分かりませんが、この事に関しては運悪くセプテイルさんのお土産がそれを阻んだのです。ミャオ先生、今、深呼吸してみて下さい。私の言っている意味が分かると思います。」
「う、うん。すぅ〜・・・はぁ〜・・・。にゃ!」
(薬液のにおいがするにゃ!)
ハミルの言葉に、ミャオは不思議に思いながらも深呼吸する。そうすると嗅ぎ慣れたにおいがした。
「猫八の魚のフライに気を取られててさっぱり分からなかったにゃ。」
ミャオは感心しながら言っていた。
「ミャオ先生はかなり嗅覚強いですからね。視覚も良いですから患者さんを診る癖で相手を良く観察するので、普段なら私よりも早く気が付いたと思います。私が気付けたのは、逆の不可抗力でセプテイルさんとミャオ先生の持ってこられた食事を近くで一緒に食べていたからです。」
「な〜るほど。遅かれ早かれ、どっちかにはばれてたって訳だね。」
ハミルの説明に納得してから苦笑いしてセプテイルは頭を掻いていた。
「でも、私はこのタイプで薬液が固まって残っていると言う例は聞いた事はありますが、見たのは初めてです。」
「えっ!?そうなの?」
不思議そうに言うハミルにセプテイルも怪訝そうな顔をする。
「そりはね、回復を急いで薬液の濃度を濃くしたからと、最後の洗浄の時間が短かったからだにゃ。どっちにしても、かなり急いだって事だにゃ。メディカルセンターで主に使われていたのが15年以上前だから、ハミルが分からないのも無理ないにゃ。昔せっかちな患者さんの時に良くあった現象だにゃ。そうなっちゃうと、普通のシャワーとかじゃ暫くにおい取れないにゃ。」
「ええっ!?うっそ〜。くんくん。におい・・・しないんだけどなあ・・・。」
ミャオの説明に驚いて急いで自分の髪の毛のにおいを嗅ぐセプテイルだったが、全然においはしない。
「にゃはは。そのにおいとか分かるのは私とか嗅覚の鋭い人だけだにゃ。普通の人には全くわからないにゃ。処置をやった人も鼻が良くないと分からないと思うにゃ。だから薬液が残ったの気が付かなかったんだと思うにゃ。」
「うむむむ〜。」
「流石はミャオ先生ですね。私もそこそこ鼻は良いと思うのですが、洗浄が入ってしまった後の薬液の残り香までは分からないですね。」
唸るセプテイルの横でハミルは感心した後、少し苦笑いして言う。
「私だと色々なにおいが分かるけど、あんまり人には言わないにゃ。今のセプテイルみたいに気になっちゃうだろうしにゃ。」
「ねえ、ミャオちゃん。ちなみに他にはどういうにおいがするの?」
「いくつかの薬液のにおい・・・。ボディソープ、誰かの香水かにゃ〜?その残り香。複数の血液のにおいも混じってるにゃ・・・。」
最後の所は難しい顔をして小さい声で言う。
「はぁ、ミャオちゃん・・・そんなのの分かっちゃうんだ・・・。」
(培養液出た後のシャワーで使ったボディソープに、メリアのかな・・・香水。それに血液まで・・・。)
溜息混じりにセプテイルは感心して呟くように言う。
「にゃはは、困ったものなんだにゃ。外科医やってて、薬液と混じったにおいから元が想像出来ちゃうんだにゃ。外科医やってなかったら、混じってて何のにおいだか分からなかったと思うんだけどにゃ。今までの経験が生きちゃってるんだにゃ。だから、結構ここに来る患者さんとかも、私生活が見えちゃって嘘ついてるの分かったりとかしてにゃ。だから、なるべく言わない様にしてるんだにゃ。」
ミャオは苦笑いしながら困った表情になって言った。
「そっか〜。分かり過ぎちゃうのも困り者だね。まあ、そんな訳で昨日の夜は色々あったの。だけどその中身は話せないっていうか、話しちゃうと不味い話だから勘弁ね。」
二人はセプテイルの言葉に無言で頷く。
「ミャオちゃんは時間あるかな?」
「うん、今日は手術予定もないし、緊急手術で呼ばれない限りは大丈夫だにゃ。」
「ハミルちゃんは体調大丈夫?」
「ええ、安定していますからお気遣い無く。」
セプテイルはミャオとハミルにお伺いを立てて答えを貰った。
「それじゃあ、単刀直入に言うね・・・。」
セプテイルの表情が真面目になって、二人は緊張の面持ちでセプテイルを見つめていた。
「あたし、軍に戻る。」
「にゃんですとっ!?」
「ええっ!?」
ミャオもハミルもセプテイルの言葉に驚きの声を上げて固まった。
「ゴメンッ!訳は聞かないで。」
固まっている二人にセプテイルは頭を下げる。
「え、あ、だ、だって。そりじゃあ、私を守ってくれないのかにゃ?」
ミャオは動揺してオロオロしながら聞く。
「あたしはもうミャオちゃんもハミルちゃんも守ってあげられない。下手するともう二度と会えなくなるかもしれない・・・。」
セプテイルは苦しそうに答える。
「セプテイルさん、私は構いません。ミャオ先生を誰が守ってくれるのですか?誰に守って貰えば良いのですか?」
ハミルは少し怒気を含むように感情的になって、セプテイルに問う。
「今のあたしに言える事は、ハンターズに頼んでとしか・・・。」
「そんなっ!ハンターズは頼りになりませんっ!」
言い難そうに答えるセプテイルに、間髪居れずハミルが突っ込む。
「ハミル、ちょっと落ち着くにゃ。あんまり興奮すると体に良くないにゃ。」
見かねたミャオがハミルの浮遊担架を遠隔操作して、セプテイルから距離を置くように自分の方へ寄せながら言う。
「あっ、す、すいません。ミャオ先生。」
言われて、少し落ち着いたハミルは誤った後深呼吸する。
「ゴメン。本当はあたしずっと二人と居たかったんだ。だけど、無理なんだ。それに、あたし軍に戻りたい。」
「セプテイルさ・・・。」
「ハミル止めるにゃ。」
複雑な表情になって言うセプテイルに言葉をかけようとするハミルをミャオが止める。
「でも、先生・・・。」
「ハミル、セプテイルにだって事情があるにゃ。聞かないでくれって言ってるんだにゃ。それに、セプテイルは元々軍人だにゃ。元居た場所に戻れるなら喜んであげにゃいと。」
納得が行かない顔でまだ言おうとするハミルに対してミャオは諭すように言う。
「ミャオちゃん・・・。」
(ゴメン、ゴメンよ・・・。)
セプテイルは俯いたまま心の中で何度も謝っていた。
「分かったにゃ。軍で体に気を付けて頑張ってにゃ。今まで色々とありがとうだにゃ。」
ミャオは改めてセプテイルの方を向いてにっこり笑いながら言った。
「ミャオちゃんは優し過ぎるよ・・・。これ、最後のお土産。」
セプテイルは苦笑いしながら言ってから、ミャオの手を取ってそこにデータチップを乗せて握らせた。
「ありがとうにゃ。」
「あたしが帰った後で、ハミルちゃんと二人で見て。」
「うん、分かったにゃ。軍に戻ったら、まず洗浄して薬液を落として貰うと良いにゃ。元気でにゃ。」
ミャオは返事しながら、手を差し出す。
「わかった。そうする。ミャオちゃんもね。」セプテイルは手を取って握手する。
「セプテイルさん、怒鳴ってしまいすいませんでした。お元気で。」
「ううん、ハミルちゃんも元気でね。」
続けてハミルとも挨拶して握手する。
「きっとまた会えるにゃ。だから、さようならは言わないにゃ。まただにゃ、セプテイル。」
「うん、またね。それじゃ、二人とも元気でね・・・。」
軽く手を振りながら言うミャオと黙って頭を下げるハミルに、少し泣きそうな顔になりながらセプテイルは言って部屋の入口の方へ歩いていく。
「本当に、ゴメンッ!」
最後に二人へ思いっきり頭を下げて言うとセプテイルは走って部屋を出て行った。
「ミャオ先生・・・。」
「仕方ないにゃ。セプテイルだって命は惜しいにゃ・・・。」
見送って呟くハミルにミャオは静かに言う。
「先・・生?」
いきなりの発言に驚いて、ハミルは入口からミャオに視線を移す。
「さっき言った、複数の血のにおいと香水の匂い・・・。私、踏み込んじゃ駄目だって分かっちゃったんだにゃ・・・。セプテイルが言ったみたいに、正式にハンターズに依頼をお願いしないといけなくなるかもしれないにゃ・・・。」
「・・・。」
(先生は何が分かってしまったんだろう・・・。)
ミャオの言葉に、ハミルは黙って聞こうかどうか悩んでいた。
「ハミル・・・。私はハミルを信じてるにゃ。」
「えっ!?それは、どういう・・・。」
いきなり真面目な顔でじっと見つめられて言われたハミルは思わず動揺して言葉に詰まった。
「香水の匂い・・・前にもセプテイルからしていたにゃ。ハミルからも・・・。」
「?」
(香水?)
ハミルは良く分からずに、首を傾げた。
「血のにおいの方は、昔私がメディカルセンターで治療した人だにゃ。忘れもしないにゃ、セプテイルが巻き込まれた爆発事故の時の軍人のものだにゃ。」
「ええっ!?」
流石にその言葉にはハミルは驚く。
「そして、香水の匂い・・・体臭と混じって個人のにおいになるにゃ。私はその本人を知ってるにゃ。」
ゾクッ
(まさか・・・。)
静かに言うミャオの言葉に、ハミルは嫌な予感がして背筋に悪寒が走った。
「メリア大佐だにゃ・・・。」
「っ!?」
(な、何で・・・ミャオ先生がメリア大佐を知っているの!?)
ハミルは余りの驚きに目を見開いていた。
「私が血のにおいの本人を治療している時に、何とか助けてくれって泣きついてきたのがメリア大佐だにゃ・・・。」
ハミルの心の中を見透かしてそれに答えるかのように静かに言う。
「ミャオ・・・先・・生・・・。」
(知ってた・・・。分かってた・・・。)
どうして良いか分からず、ハミルは今までにない程狼狽していた。
「話せる時が来たら、話してくれれば良いにゃ。もし、それが話せない事なら黙っててにゃ。ハミルは今までと一緒で私の事を思って色々やってるんだにゃ。だから、私は深くは聞かないにゃ。」
ミャオはにっこり笑いながら言う。
「ミャオ先生の為を思ってやっているつもりです。自分勝手で・・・すいません・・・。」
ハミルは頭を下げて言う。
「ううん、だから言ったんだにゃ。私はハミルを信じてるって。誰でも秘密は持ってるものだにゃ。早く完治して、一緒に患者さんのお役に立つにゃ。」
「はい、はいっ!」
ミャオの言葉に涙混じりで答えながら、ハミルはミャオに抱きついた。