断罪の時


あれから3日後の夜。約束の日が来てセプテイルはいつに無く真面目な面持ちでメリアの後ろを黙って歩いて着いて行っていた。
通り過ぎる多くの者達は、メリアに対して敬礼していた。メリアの方は敬礼する相手を軽く目で見て確認していた。メリアの後ろに居るセプテイルを不思議そうに見るものも居たが、メリアの手前その場で何かいう事などは出来ていなかった。
段々とセキュリティの厳しい区域へと移動して行く。それと同時に段々とすれ違ったり居る人が減って行き、着ている制服も立派なものになっていっていた。
そして、一つの扉の前でメリアが不意に止まる。それに合わせてセプテイルも足を止めた。
「セプテイル、この先の区画にある突き当りの部屋に閣下が居るわ。」
「メリアは行かないの?」
セプテイルは訝しげにメリアに聞く。
「私は貴方が奥へ行ったらここをロックした後、3時間したら迎えに来ます。」
「行かないって事だね。教官の指示?」
「そうよ。後は閣下に直接聞きなさい。これ以上私に聞いても時間の無駄。早く行きなさい。閣下が痺れを切らしてお待ちよ。」
メリアは冷静に言う。
「了解。案内ありがとう。」
軽くポーズを取ってメリアに言うと、横を通って開いたドアを通過して進んで行った。
シュイン、ガチャッ、ゴゴゴゴ・・・。ガチャンッ!
「3時間後、教官だけがここを出るか、あたしも一緒に出れるか・・・。」
セプテイルはロックされたドアを振り返って呟く。
そして、持って来た銃を抜いて構えながら進んで行った。

・・・メディカルセンター 第2SICU・・・
「先生、私の具合はどうなんでしょうか?」
ヴィーナは計器を見ているミャオに静かに聞いた。
「うん、順調だし物凄く回復早いにゃ。私は20年近く外科医やってるけど、こんなに回復の早い患者さんは初めてだにゃ。」
答えた後、その回復力の強さに驚いたようにミャオは言った。
「多分、父の遺伝だと思います。」
(複雑だけど、感謝するべき事なのよね。)
ヴィーナは少し苦笑いしながら言う。
「実際の肉体的な怪我やダメージは殆ど回復してるにゃ。後は肉体とシンクロしている意識レベルが安定さえすれば退院出来るにゃ。肉体的な面は傷が消えてて分かり難いかも知れにゃいけど、まだ完全ではないにゃ。だけど、明日には一般病棟に移って構わないにゃ。」
「本当ですか?先生!?」
ミャオの言葉に驚いてヴィーナは思わず聞き返す。
「私がここで嘘言ってどうするにゃ。明日正式に一般病棟へ移動したら親御さんにはメディカルセンターから連絡入れるにゃ。流石にクローニングほど早くはにゃいけど、数日でここまで回復したのはお父さんのお陰だから感謝するにゃ。数年前にここで手術と治療した患者さんは一般病棟へ移るだけでも一ヶ月掛かったにゃ。」
最初に苦笑いして答えた後は、説明調で言っていた。
「一ヶ月・・・そんなに。確かにそれに比べたら私は凄まじい早さですよね。驚かれるのも納得です。あの・・・先生・・・。」
ヴィーナは呟いた後、少し気まずそうにミャオの方を向いて言いよどむ。
「ん?何だにゃ?」
既に計器から離れてヴィーナの正面に移動しながら不思議そうに聞き返す。
「聞かないのですか?傷の原因・・・。」
「爆発事故って聞いてるにゃ。」
ヴィーナが呟くように言うと、ミャオの方は冷静に答える。
「先生ほどの方ならそれが本当でない事位分かりますよね・・・。でも、聞きませんよね・・・。」
「私は外科医だにゃ。人の命を救い治療する事が仕事だにゃ。誰でも言いたくない事はあるもんだにゃ。ヴィーナさんが話す気が無いなら、爆発事故で怪我して治療したで良いと思うけどにゃ。私から無理に聞こうとは思わないにゃ。」
「そうですか・・・。」
(感謝・・・なのかな?)
ヴィーナは複雑な顔をして呟いていた。
「ただ、進言はしておくにゃ。怪我の原因には二度と近付かない方が良いにゃ。」
「えっ!?先生・・・それって・・・。」
「あんな傷、静止状態でもつけるのは難しいにゃ・・・。」
驚くヴィーナに対して真剣な眼差しになってミャオは言う。
「そうなんですか?」
「レーザーメスを使っても、運動神経節までだけを綺麗に切ってそれ以上切らないなんてコンピュータ設定なら出来るけど、それをコンピュータの力を借りずに出来るとしたら、メディカルセンターでは外科医で部長だけだと思うにゃ。正直、私でもそんな神業出来ないにゃ。それを動く相手、しかもハンターズであるヴィーナさんになんて部長でも不可能だにゃ。」
「そんなに凄い技術なんですか・・・。」
(それを出来るウォレア准将って一体何者なの・・・。)
ミャオの説明を聞いて、ヴィーナは背筋が寒くなっていた。
「悪い事は言わないにゃ。あった本当の事は胸の中に秘めて、首を突っ込まない事だにゃ。きっと相手は手加減してくれたんだにゃ。私の思い違いかもしれにゃいけど、恐ろしい事に着ていた服を先に破って、その合間から傷をつけているにゃ。しかも、倒れた時に傷口が開かないようにと出血を止めるのを計算に入れたかのような服の破き方だったんだにゃ。
多分私とかにこういう警告の言葉を言わせる意味も含めての事かもしれないにゃ。ヴィーナさんが次メディカルセンターに来る時にはこの場所じゃなくてきっと霊安室だにゃ・・・。」
「・・・・・・。」
ヴィーナは余りの驚きに、言葉が出ずに目を見開いたままミャオの顔を見るしかなかった。
「私もこんな話したくにゃいけど、ヴィーナさんの親御さんや心配して来ている多くのハンターズの人達の事を思うと言わずにはおれなかったにゃ。」
ミャオは困った表情に変わって言った。
「先生・・・。ご心配ありがとうございます。でも、私は必要ならばこの命を懸けても無謀かもしれない賭けに出ます。それが、ハンターズとして、私としての考えです。」
「分かったにゃ。それならこれ以上は何も言わないにゃ。ハンターズが私やハミルに話を聞きたがっているのは知っているから、その役をヴィーナさんにお願いしても良いかにゃ?」
「私に・・・ですか?」
急なミャオの申し出に、不思議そうにヴィーナは聞き返した。
「そうだにゃ。ヴィーナさんみたいな人にならちゃんと話すにゃ。私だって話す相手選ぶにゃ。ヴィーナさんはとても誠実で真面目なのが良く分かったにゃ。ヴィーナさんも分かると思うけど、世の中には裏の顔持っていたり、権威を振りかざすのが居たり、人を不愉快にしてくれる存在は沢山居るからにゃ。そういう相手には言いたい事もいえないし、話したいとも思わないにゃ。」
「そう・・・ですね。」
ミャオの言葉に否定せずに、ヴィーナは思わず苦笑いしながら相槌を打つ。
「私は役職無いけど、20年近く外科医やってると色々な人と関わりを持つにゃ。多くは患者さんだけどメディカルセンターの関係者として外部の人とも多く関わりを持つからにゃ。ヴィーナさんはハンターズの幹部だから、私よりももっと外部の色々な人と多く接して大変なんだと思うにゃ。」
「確かに先生の仰る通り、色々な外部の方と接します。でも、逆にハンターズの幹部という肩書きのお陰で楽をさせて貰っていると思います。若さや経験の無さをとやかく言われずに済むので肩書きはあっても損はしないのかなと。先生の方が大変そうですよ。」
少し溜息混じりにいうミャオを見て、ヴィーナは少し笑いながら答えていた。
「そういう所は流石だと思うにゃ。私にはとても真似できないにゃ〜。」
「うふふ。でも、先生には命を救って頂きました。お互いに出来る事が違うだけですよ。」
今度は感心しながら言ったミャオに、ヴィーナはにっこり微笑みながら言う。
「にゃは、確かにそうだにゃ。それじゃあ、また明日だにゃ。」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみだにゃ〜。」
ヴィーナは言うと目を閉じる。それを見ながら静かに言ってミャオは部屋を後にした。


「着いちゃったか・・・。」
チャキッ
セプテイルは奥のドアの前で壁に張り付きながら銃を構え直す。
(奥で色々な事が起こってる・・・。)
直感的に思って、ドアの開閉スイッチに手を伸ばす。
シュイン
「・・・。」
(血の臭い・・・。)
中からかなり強い臭いが漂ってくる。
「セプテイルか。入って来い。」
中からウォレアの声がする。セプテイルは警戒しながら中を伺う。
(教官の声が罠って事もありえるよね。)
用心しながら中の気配を伺う。
「早く来なければ私がとどめを刺すぞ。それでも良いなら構わん。」
ウォレアの言葉に圧倒的な殺意と存在感をセプテイルは感じる。
(間違いなく教官が中に居る!)
そう思った瞬間、セプテイルは部屋の中へ転がりながら入った。
「待っていたぞ、セプテイル。」
部屋をパッと見ると飛び散った血で壁が赤くなっていて、何人もの原形を留めない肉片が転がっている。セプテイルが顔を上げると目の前には仁王立ちしたウォレアの背中が見えた。
「教・・官・・・。」
今まで見た事の無い、威圧感にセプテイルの呼ぶ声も途切れ途切れになる。
「ちゃんと最後の黒幕は取ってある。ここに居るのは事件の首謀者だ。仲間の仇を取れ。」
そう言うと、ウォレアはスッとセプテイルの視界から消えるように移動する。そして、セプテイルの目の前には一人の男が立っていた。
「そ、そんな・・・だって・・・。」
(な、何でハルト中佐が!?現場の責任者だったよね?)
セプテイルは混乱して頭が真っ白になった。
「私もメリアもまさかと思った。だが、これが真実だ。セプテイル。」
「な、何で・・・ハルト中佐が・・・。それじゃあメリアは・・・。」
静かに言うウォレアにセプテイルは途切れ途切れに聞く。
「私も含めて見事に騙されていたという事だ。」
言いながらセプテイルを見ているウォレアのビームアイが細くなる。
「もう、ハルトは動けん。私がそうした。後はお前が止めを刺せばいい。メリアも承知の上だ。ここまで来たほかの部屋に本当の黒幕が居る。ここはまだ通過点だ。早く済ませて着いて来い。」
ウォレアはそう言うと部屋から出ていく。
「何で・・・何で・・・。うわぁぁああああーーーー!!!」
セプテイルは叫んで泣きながら銃を乱射した。途中でハルトが絶命して倒れた後も暫く打ちっ放しだった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・。くぅう・・・。」
荒い息をして銃を構えたまま、セプテイルは歯を食いしばって暫く泣いていた。

その後、セプテイルはウォレアと一緒に部屋を回り事件の関係者を次々と処分して行った。

「終わり・・・ましたね・・・。」
最後の部屋で自分とウォレアだけが立っている中で、セプテイルは静かに呟いた。
「片付けは終わったが、全てが終わった訳ではない。」
「どういう事ですか?」
ウォレアの言葉の意味が分からずに、セプテイルは思わず聞き返した。
「セプテイル、私の元へ戻って来い。」
「え?」
(それって・・・。)
突然の言葉に、セプテイルは固まってしまう。
「でも、あたしにはミャオちゃんという雇い主が居るし・・・。今更軍にっていうのも・・・。」
「別に軍に戻って来いとは言っていない。私の元へと言ったのだ。傭兵のままでも構わん。」
「教官・・・。」
「出来れば軍に戻って来て欲しいというのが本音なのだがな。ミャオに関しては前も言った通り私に任せて欲しい。お前はミャオから離れて欲しいのだ。」
「何故あたしがミャオちゃんから?」
ウォレアの言葉を聞いて、セプテイルは不思議そうに聞く。
「お前では口を滑らしかねん。それに、ミャオの護衛だけではお前の実力を生かしきれん。はっきりいうなら勿体無い。」
セプテイルの問いに、ウォレアの方は本音で答える。
「嫌だと言ったら?」
少し恐る恐る聞く。
「ここで、もう一度爆破事故に巻き込まれて貰う。今度は生き残る可能性はゼロだ。万が一生き残っても私が止めを刺してやる。」
「ぅ・・・。」
(教官・・・本気だ・・・。)
セプテイルは思わず後ずさる。
「別にミャオに会うなとは言わんし、逆に別れを告げる事はして来た方が良いだろう。私はな問答無用で口封じをしても構わんのだが。メリアが最後の選択肢を勧めて駄目ならというのでな。」
「メリアが・・・。」
(普通は逆じゃあ・・・。)
「意外か?フフフ、この事に関してだけは譲れんのだ。分からんかセプテイル?私自身がこうやって動いている事が何よりの証拠だ。さあ、選べ。もう時間は無い。もうすぐメリアが迎えに来る。その直後この区画は爆発する。」
「ズルイですよ教官。仇は取らせてくれたけど、本当はこっちの方が大事だったんでしょ?答える前に一つだけ質問させて下さい。」
「構わんぞ。」
苦い顔をしながら聞くセプテイルに、静かに言うウォレア。
「もし、事実をミャオちゃんが知ったらどうするんですか?」
「お前がばらしたのなら、お前を殺す。そして、ミャオは死んだ事にして軍内に幽閉し、私の管理下に置く。一生外には出さん。それを邪魔するものが居れば容赦はせん。本音としては要らぬ事実を知らずに、外科医として一生を終えて貰いたのだがな。」
「それもミャオちゃんを守る為だっていうんですか?」
少し怒りを含んだ感じで聞く。
「当たり前だ。お前はこの前の騒ぎの中に居ただろう。メディカルセンターの外科医という肩書きを持っていても、問答無用で襲われる。私はなセプテイル。今回の問題は全てもみ消せるとは正直思っていない。何処かに抜け道があって情報が漏れたまま、暫くは何事も無いだろう。しかし、少ししたらまたミャオを狙う連中が何処からとも無く現れると思っている。ミャオが生きている限りそれが続く。」
「そんな事まで・・・。」
ウォレアの説明にセプテイルは驚きながら呟いた。
「時間が無いな。お前と一緒にここで爆死しても構わんが、私にはバックアップがあるからな。答えは後で聞く。メリアの手前すまんが無傷という訳にはいかん。少しの間我慢しろ。」
「えっ!?ぅぐっ!?」
訳の分からない間に、体の何ヶ所かに痛みが走ってセプテイルは気を失って崩れるように倒れ込む。それを、ウォレアは抱えて入口へ歩いて行った。

入口ではメリアが待っていた。
「閣下、宜しいのですね。」
メリアは念を押すように、セプテイルを抱えているウォレアに聞く。
「時間が無かった。後で確認する。そこでどうするか決める。」
「かしこまりました。」
「ハルトの事は残念だった。」
「致し方ありません。では、お急ぎ下さい。」
「分かった。」
二人は、隔壁が再び閉じられた扉から離れて行った。
それから1分もしない内に隔壁の向こうで爆発が起こり、軍内は大騒ぎになった。