キャネルとナイル


ピピッ、ピピッ
「はいはい、今度のお客さんは誰かなっと。」
キャネルはそう言いながら、呼び出しが掛かってる相手を見る。
(は?仮眠室?)
「はい、遺伝子工学室キャネルですけど。」
相手が誰か分からないのもあって、キャネルは通信を繋いで丁寧に出た。
『キャネル室長。すいませんこんな時間に。』
「あれ?ナイルさん?まだラボに居たのかい?」
申し訳無さそうなナイルが映っているのを見て驚いたキャネルは聞き返していた。
『はい、眠気で帰れなくて、許可を貰って仮眠室で寝ていたんですけど、寝過ぎちゃったみたいでついさっき起きたんです。』
ナイルは苦笑いしながら答える。
「それで、俺にわざわざ連絡してきたのはメールの内容でって事?」
『はい。良かったら話を聞いて貰えればと思って・・・。』
「俺は良いけどさ、帰らなくて大丈夫なの?」
キャネルは心配そうに聞き返す。
『大事な事なんで・・・。』
「分かったよ。じゃあ、悪いけど来て貰えるかな。適当に飯も用意しとくからさ。」
真剣な眼差しで行ってくるナイルを見て、キャネルはあっさり了承してから楽しそうに言った。
『はい、ありがとうございます。では、これから向かいます。』
パッと表情が明るくなると同時に通信が切れた。
「さ〜て、何作ろっかなっと・・・。」
キャネルは慣れた手付きで、研究員のデスクを開けて食事の材料を物色し始めた。それと同時に、ナイルの現在位置を確認する事に気を配っていた。

シュイン
「あの〜、キャネル室長いらっしゃいますか〜?」
ナイルはキョロキョロしながら恐る恐る研究室に入って来ていた。
「あ〜、ナイルさん。こっちこっち。奥、奥。」
キャネルは奥のドアの前から、手招きしながらナイルを呼んだ。ナイルの方は呼ばれるままに奥の方へ異動して部屋に入って行った。
「あ〜、いい匂い・・・。」
部屋に入ると、いい匂いが漂ってきてナイルは思わず目を閉じて匂いを嗅いでいた。
「まあ、そっち座って。腹減ってたら食べて。」
キャネルは席をすすめてから自分が先に座って食べ始めた。
「あ、それでは失礼して。お腹ペコペコだったんです。」
ナイルも言われて座ってから恥ずかしそうに言っていたが、早速料理に手を伸ばしていた。
「うわ、美味しい。でも、こんな材料何処にあるんですか?」
「ん?まあその辺はこの研究室の七不思議の一つって事で。」
ナイルに聞かれたキャネルは少し笑いながら答えていた。
「はあ、でも本当にキャネル室長の自室になってるんですね〜。」
周りを見渡すと、自分の室長の所には無いキッチンなんかがあるのを見て驚いたように言っていた。
「だから、前に行ったでしょ。俺の部屋だってさ。これはこれで俺にとって便利なのは勿論、外部からの介入シャットアウトしてるし話とかが外に漏れることも無いっていう側面もあるのよ。大事な話聞くならここしかないかなと思ってね。」
「確かにラボの監視カメラとか無いですものね。」
「そういう事。とりあえず食べるだけ美味しく食べてから話を聞く事にするよ。お代わりあるけどいる?」
「あ〜、それじゃあお代わり下さい。」
少し恥ずかしそうに言いながらナイルは皿を差し出した。

「ふう、食った食った。さってと、それじゃあ話出来る様なら聞かせて。」
「はい。実は昨日の爆発事故の会議をこっそり聞いていて、実際に現場に居合わせた子なんですけれど私と面識があるんです。」
「うん、それで?」
(こりゃあ、結構な情報出そうだぞ。)
ナイルの言葉を聞きながら、キャネルは何となくそう思っていた。
「あの子、あの保管庫の場所知らないんです・・・。それに、前キャネル室長から聞いた通りで、あの子は私と同じ扱いの研究員なんであの保管庫に入るだけの権限無いんです。だから一人で入るのは不可能で・・・。」
(何か・・・上手く言えない。)
爆発事故で亡くなった彼女の顔を思い出して、少しナイルは涙ぐんでいた。
「そっか・・・。ナイルさん、今のは物凄い重要な証言だよ。これで、他に誰かが関わっていた事は間違いない。本当は彼女以外に誰かが居たんだけど位置確認システムを弄って誰も居ない事になってたとか、誰かが彼女を罠にはめて権限を与えて行かせたとか、推測は幾つか立つな。」
キャネルは真面目な顔になって静かに言う。
「あの子私なんかと違ってとっても真面目で、間違っても毒ガスなんて発生させるような事する子じゃないんです・・・。あの子は悪くないんです。きっと何も知らないで爆発に巻き込まれて・・・犠牲者なんですっ!」
俯きながらも力強く言って、ナイルは悔しそうにテーブルを叩いた。
「じゃあ、何とか犯人見つけないとだね。ナイルさんさ、その子が一緒に現場に居る可能性ある相手とか想像付くかな?」
「う〜ん、流石に離れた区画の保管庫にとなると想像付きません。同じ区画ならば室長と一緒に行って荷物を持ってきたりしていたのは知ってますけど。」
「だよなあ。逆にさそっちの室長ってそこに行かせるって事させる人かね?」
「いえ、それは無いですね。」
ナイルはきっぱりと言い切る。
「流石に俺みたいに権限与えて行かせる様な事はしないよな普通。呼ばれたか、誰かと一緒に行ったかっぽいなあ。」
「えっ!?キャネル室長そんな事しちゃうんですか!?」
キャネルの言葉に驚いて思わずナイルは聞き返した。
「ここだけの話だからね。流石に離れた区画の所には行かせないけど、今回の事故のあったとことか同じ区画の保管庫には行って貰う事あるよ。俺一人じゃ行けないでしょ。だから二人でとかになるけど、それはそれで非効率なんだよね。忙しい時とか時間惜しいからそうしてる。いつもって訳じゃないよ。」
「ちょっと安心しました。」
ナイルはキャネルの説明を聞いてホッとしていた。
「ちょっと頼りにならないけど、当日彼女と一緒に行動していた人の位置と保管庫付近に居る人の位置の確認してみるのが最初かな。下手すると、俺とかナイルさんが一緒に居たとか言われないと良いんだけどなあ。」
キャネルは苦笑いしながら言う。
「あの・・・それと・・・。」
ナイルは苦笑いしているキャネルに言い難そうに話しかける。
「ん?他にも凄い情報あるの?」
「えっ?いや凄いっていうか・・・。」
(何か期待されてる感じ・・・。流石に夢の話とか出来ないかな。)
期待を込めた眼差しで聞くキャネルの言葉に、ナイルは言葉途中で黙り込んでしまい俯く。
「あ〜。」
(あれ?俺何かまずったか?)
急に黙り込んでしまったので、キャネルは困ったように頭を掻いていた。
「まあ、言いかけた事だしさ言っちゃおうよ。気になってる事なんだろうし、それを俺に言いに来てくれた訳でしょ?」
「そうですけど・・・。あの馬鹿にしませんか?」
優しく声を掛けるキャネルに、ちょっとだけ顔を上げて上目遣いで聞く。
「しない。約束する。」
「あの、それじゃあ、夢の話なんですけれど・・・。」
ナイルは恐る恐るキャネルの顔色を伺いながら話し始めた。

「なるほどね。あのさ、ナイルさん。夢は良くみるの?」
「はい、良くみますけれど?」
夢の内容を話した後、聞かれたキャネルの質問の意図が分からずにキョトンとした顔でナイルは答えていた。
「例えばなんだけど、何処かに出かける時にそういう夢見て、後々現実に起きたとかあるかな?」
「全てじゃないですけれど・・・友達の怪我とか、親の事故なんかがあったような。」
思い出すように顎に手を当ててナイルは言っていた。
「予知夢みたいなものかも知れないね。そして、やった相手に覚えがあるんだよね?」
「ええ、それが死んだ人なんで自信がなくて・・・。見れば分かるんですけれど、名前も分からないし・・・。」
「ただ、数年前のラグオルで起きた軍の爆発事故の犠牲者って事は軍の人だろうねえ。俺は記憶力無いからなあ。」
自信無さそうに言うナイルに、キャネルの方も苦笑いしながら言う。その後、二人とも無言になって困ったように見合っていた。
(こう言う時は困った時の委員長頼みかなあ・・・。)
「とりあえず、頼りになるお姉さんに連絡入れてみるね。」
「は、はあ?」
キャネルの言葉にナイルは良く分からずに生返事をしていた。

・・・BAR【サンセットレインボー】・・・
「なによ!キャットナイルなんてっ!」
ユーリはラボの帰りに行きつけのバーで荒れていた。
「どうしたんですか今夜は?」
心配して初老のバーテンダーが聞いてくる。
「あのね、ポッと出の小娘が室長と仲良くしてるのよ!しかも、一晩語り明かしてたの。悔しいし羨ましいなコンチクショーって思ってたの!悪い?」
「いえいえ、悪くなんてありませんよ。お客様はその室長さんが好きなのですね。難しいかもしれませんが、素直に気持ちを伝える事も時には必要かと。」
自棄気味に言うユーリに、優しく言葉を掛ける。
「それが出来れば・・・苦労しないもん・・・。」
ユーリは拗ねたように小声で呟く。
「それこそお客様の言う猫にさらわれてしまいますよ。」
「駄目っ!それはやだっ!そんなのやぁだぁ〜。」
バーテンダーの言葉に、ユーリは過敏に反応して子供のように駄々をこねて言う。
「上手く行くようなカクテル作って!」
「かしこまりました。」
静かに答えると、バーテンダーは新しいカクテルを作り始めた。
「んぅ?」
呼び出しが掛かっているのに気が付いて、ユーリは無造作にビジフォンを取り出す。
「はい?」
『ああ、お楽しみの所ごめんね委員長。』
画面には気まずそうなキャネルが映っていた。
「室長!?」
(ええっ!?何で室長から???)
訳が分からずに、ユーリは少しの間目をぱちくりして固まっていた。
『お〜い、委員長!大丈夫か〜?』
「はっ!?はい、どうしました?」
キャネルの呼びかけに我に返って、自分を落ち着かせながら聞いた。
『実はさ、こんな時間なんだけど力借りたいんだ。駄目かな?』
そう言うキャネルの後ろに、ナイルの姿が見える。
「緊急ですか?明日の朝じゃ駄目なんでしょうか?」
(ぬぁ〜んでナイルが室長の傍にいんのよぉ?)
少しつんけんした風に素っ気無く聞き返す。
『分かってて意地悪しないでよ〜。緊急じゃなかったらこんな時間に呼び出さないって。俺ともう付き合い長いでしょうに。』
困ったようにキャネルが言う。
「じゃあ、ちゅ〜してくれるなら考えても良いですよ。」
(へっへ〜。もうちょっと意地悪してやるんだから。)
少し挑発的にユーリは言う。
『分かった。チューでも何でもしてやる。だからお願い助けて。』
真顔で行った後、手を合わせて居るキャネルが映っている。
「はいはい、私の負けです。これから行きますから。全くしょうがないですね。」
最初は一瞬驚いた顔になったが、すぐに呆れたように言って一方的にビジフォンを切った。
「お客様。酔い覚ましのお水で宜しいですか?」
「うん。ありがとうマスター。」
水の入ったグラスを受け取って、ユーリは腰に手を当てて一気に飲み干す。
「よしっ!支払いは次に来た時で宜しくね。」
「かしこまりました。またのお越しをお待ちしております。」
さっそうと言いながら出て行くユーリの背中へ静かなマスターの声が響いた。