ラボ内始動
生物生態学室長は20分後男性トイレで発見された。
本人は気絶して倒れていて、顔色が悪い事からメディカルセンターへ搬送されて行った。
ナイルはそのまま研究室に泊まる事になり、朝までキャネルと雑談をしていた。ただ、胸に秘めていた事は一切話題には出さなかった。
「おはようございます、室長。って何してるんですか!?」
キャネルの机の上にある山積みになったコーヒーカップと食い散らかされて散乱している食べ物を見て、朝一番で来た、研究員の女性が挨拶した後びっくりして声を上げる。
「あ〜、おはようさんってそんな時間か。じゃあ、とりあえずそろそろそっちも誰か来るだろうから通信切るね。それじゃ。」
『お付き合いありがとうございました。あの、ロックは解除されるんでしょうか?』
お礼を言いながらも、ナイルの方は心配そうに聞く。
「ああ、それなら大丈夫。チーフがかけたとしても誰かが来た時点で外れるから。それを証拠に今こっちの研究員が来た所で自動解除されたから入って来れる訳。OK?」
『はい。それでは失礼します。』
ホッとした顔になってナイルの方から通信が切れた。
「やれやれ、全く困ったもんだ。」
「もしかして、一晩中話してたんですか?」
「うん、そのもしかして。チーフまで巻き込んじゃってさ大変だったのよ。」
「あ〜あ。」
女性は苦笑いしながら声を上げる。
「そんでさ、他の研究員とかに教えなきゃなんだけど、俺疲れた。データ渡すから皆に説明お願い出来る?」
「構いませんよ。質問などは起きた後で良いんですよね?」
「うん、ありがと。じゃあ、これでお願い。」
キャネルはそう言うと女性研究員にデータチップを渡す。
「確かに。おやすみなさい。」
「後はよろしく〜。」
手をひらひら振ってキャネルは自分の部屋に入って行った。
「何があったのかしらねえ。」
女性研究員は早速データチップを端末に入れて、情報を見始めた。
(随分とまあ、色々と・・・。)
箇条書きでずらずらと書かれている事項に目を通して行く毎に、女性の表情が苦くなっていっていた。
「俺は案外考え過ぎじゃないかなって思うけど。ナイルって問題児抱えっ放しで、今回は更に違うのが大問題を起こしちまった。気苦労で倒れたとしか思えないけどなあ。」
「私もその意見には賛成かな。ただ、チーフの所とそれ以外の二ヶ所で居る場所が違ってたってのは気になるわよね。しかも、長時間の上に本人の居場所確認出来なかったのはねえ。」
「何処に居ても、本当にそこに居たかっていうデータの整合性が狂うって考えると大問題だよね。今だって、僕はここに居ないかもしれないってなってるかもしれないんだもんね。」
研究員達は説明を受けて、色々な論議をしていた。
ピピッ、ピピッ
「しっ、皆静かに。」
女性研究員の一言が発せられると、今までガヤガヤしていた室内が静かになる。
「はい、遺伝子工学室です。どうなされましたかチーフ?」
『キャネル室長は起きましたか?』
「いえ、まだおやすみかと思います。私が朝来た時にまだ起きていらっしゃいましたので、暫くは起きないのではないかと。」
画面の向こうのポーカーフェイスで聞いてくるナターシャに困ったような顔をして女性研究員は答える。
『分かりました。起きたら私に直接連絡を入れるようにと伝えて下さい。』
「はい、承りました。」
『では、失礼。』
通信が切れると女性が手でOKのサインを上げる。それと同時に、シーンとして緊張していた空気が消える。
「何でチーフから直接呼出しなんて来たんだ?」
「今日の事故調査委員会の会議まで後少しだから、出来たら出て欲しいって所じゃなかったのかしら?」
「室長、断りのメール出してないのかな?」
「私がちゃんと代理で欠席って出しておいたわよ。多分別件じゃないかしらね。」
通信していた女性研究員が不思議がっている研究員達の方へ説明する。
「室長、チーフに気に入られたとか?」
「え〜、それは困るなあ。室長の自由度が好きなのにチーフ絡むとややこしくなりそう。」
「室長が異動とかなって、新しい知らない人とか来たらどうする?」
「私がすんなり昇格して室長になれれば室長ほどじゃないけれど、それなりに自由にはさせてあげられるとは思うけど、誰が私の代わりしてくれるのかしら?」
最後に女性研究員がサラッと言うと、全員が彼女を見て思わず黙り込む。
「あからさまに嫌な顔するのは勝手だけど、そうなったら誰か一人人身御供になって貰うからね。昔室長がここに来た時私を人身御供にしたこと忘れないでね。まあ、今はこれで良かったって思ってるけどね。」
女性研究員の言葉に全員が無言で苦笑いする。
「そんなに静まり返らなくても良いと思うけれど?色々話したり出来るのは、室長が起きるまでよ。今の内に言える事は言っといた方が良いわよ。チーフの用事によってはどうなるか分からない訳だしね。」
「それもそっか。」
「自由時間を楽しもう!」
「お〜!」
あっけなく態度が変わって皆は再び話し合い出した。
(本当にここは自由よねえ。私も今の委員長みたいな立場嫌いじゃないし、室長にはまだここに居て貰いたいわ。)
女性研究員は皆の様子を微笑んで見ながら研究データを整理していた。
ナイルは徹夜でずっと話していたのと気が抜けたのもあって、あまりの眠気で自宅へ帰れず許可を取って仮眠室で眠っていた。
熟睡していたナイルは夢を見ていた・・・
いつもの研究室で研究をしているナイル。見ている画面の研究データに今まで見た事も無い情報が映し出される。
『・・・マザー計画・・・生体兵器・・・実験体・・・D因子・・・』
「何?これ???」
訳の分からない単語や映像の羅列にキョトンとしてしまう。
「ナイル君。それは・・・。」
聞きなれた声が背中から聞こえて振り向くと室長が立っていた。
「室長。これは何ですか?って、っ!?」
聞いた途端室長は物凄い形相になって力無く崩れるように倒れる。
「駄目だよ、子猫ちゃん。それは見ちゃいけないものだったんだ。」
その倒れた室長の後ろで、銃を構えた何処かで見た覚えのある女性がにっこりしながら言う。
やっている事とその笑顔とのギャップが恐くて、ナイルはその場で声が出なくて震えていた。
「恐がらなくても大丈夫。すぐ楽になれるからさ。」
パシュッ!パシュッ!パシュ
静かな音がして、その後眉間や胸等に痛みを感じたが、少しすると何も感じない。ただ、視覚や聴覚はなぜかそのまま残っている。
(この顔何処かで・・・。何処でだっけ・・・。)
ナイルは一生懸命思い出そうとしていた。
「さて、後は・・・。キャネルとかいう室長ね。」
(キャネル室長!?伝えないと。って体が・・・動かない。)
背中を見せて言う相手の女性の言葉に何とか動いて連絡を取ろうとするが、体が全く動かない。
「それじゃ、後はラボ特有の爆発事故でお終いっと。」
部屋の入口まで行くと、そこで女性は薬品のビンを投げる。爆発が起きて、部屋が燃え始めて警報が鳴り隔壁が閉じ始めてスプリンクラーが回る。
(あっ!爆発事故!確か巻き込まれた軍人・・・死んだはずじゃ?)
女性の顔を思い出したナイルだったが、そこで周りの景色が歪んで夢が途切れた。
シュイン
「あれ?まだ残ってたの?」
起きたキャネルはシャワーを浴びた後、研究室に入って驚いて声を掛けた。
「おはようございます、室長。私はもう帰る所でしたよ。一点だけご伝言を。チーフが連絡欲しいそうです。今頃焦れてお待ちかねですよ。」
「え〜、嫌だなあ。」
女性研究員の言葉にあからさまに嫌そうな顔をして言う。
「私に言われても困ります。」
あからさまなのが顔に出ているのにおかしくなって少し笑いながら女性は言う。
「そう言えば、連中の反応どうだった?」
「研究なんてそっちのけで最後までずっと話していましたよ。室長の予想通りだったのでは?」
「そっかそっか。いや、そこまで食いつくとは思わなかった。ほら、優秀な委員長さんもいるしさ。」
キャネルはそう言いながら女性を見る。
「私は止めませんよ。チーフを含めて外部とのやり取り以外は。とりあえず、ここに皆の会話の記録ありますから聞きたければどうぞ。
そう言って女性はデータチップをテーブルの上に置く。
「流石だね〜。勿論聞くよ。起きてて一緒に話したかったんだよね。そこが残念。」
「明日になれば、出来ますよ。」
「ああ、それもそうか。話し合わせる為にもちゃんと聞いておかないと。」
キャネルは納得したように頷いて、楽しそうにデータチップを取る。
「あの、室長・・・。」
「ん?どうしたの深刻な顔して?」
いつにない雰囲気で聞いてくる女性へ不思議そうにキャネルは聞き返す。
「異動とかないですよね?」
「そんな切なそうな顔して言わないでよ。」
キャネルは女性の言葉に苦笑いしながら言う。
「俺はそんなの望まないし、君も含めて皆の面倒誰が見るのさ?まあ、しばら〜く先になったら分からないけど急な異動なんて無いと思うよ。チーフから言われても断るつもりだし、納得行かなかったら最悪ラボ辞める。」
「ええっ!?辞めるってそんな・・・。」
あっさり言うキャネルに女性は驚く。
「まあ、余計な心配はしなくて良いよ。ほら、早く帰りな。」
「はい、それではお先に失礼します。」
女性は手早く支度を済ませて、研究室から出て行った。
「やれやれ、なんだかなあ。」
頭を掻きながら呟いた後、キャネルは通信をナターシャの所の直通回線に繋ぐ。
『お目覚め如何ですか?キャネル室長。』
「お陰様で、ぐっすりと良く寝れました。それで、俺に何かご用ですか?」
『実は今日の会議で過去にあったずさんな事故の報告の手直しをしている内に、外部もしくは内部の第三者が絡んでいるのではないかという結論に達しました。』
ナターシャは厳しい表情になって説明する。
「ってことは、あの保管庫の爆発事故も生物生態学室長が倒れたのもですか?」
『恐らく・・・。そこで、私独自でラボ内の調査チームを別途発足させます。』
(嫌な予感・・・。)
ナターシャの言葉を聞いていて、キャネルは直感的にそう思った。
『キャネル室長。貴方にもメンバーに加わって貰います。』
(やっぱり、そういう事か・・・。)
予想が当たって思わず苦笑いしていた。
『そう嫌な顔をしない。実際にキャネル室長の所の研究員にも被害が行くとも限りません。それを防ぐ為と思って協力して欲しいのです。』
「分かりました。チーフ、うちの優秀なのを一人メンバーに入れても良いですか?俺あいつ居ないと機能しないと思うんで。」
『ユーリですか?』
「はい。」
『分かりました。許可しましょう。ただ、この事に関しては他の研究員には他言無用です。良いですね?』
「分かってます。何をしたら良いのかとか、資料なんかを俺の部屋の端末へ送って貰えますか。勿論暗号化してお願いします。うちの特殊なのあるんでそれを使って下さい。こちらから送りますんで。」
『では、それが届き次第資料を送ります。では宜しくお願いします。』
通信が切れて、頭を掻きながらキャネルは暗号ソフトをナターシャへ送っていた。
(何か物騒でややこしい事になりそうだなあ。嫌だなあ・・・。)
送り終わったのを確認した後、椅子に寄り掛かってボーっと天井を眺めていた。