動き出す者達(前編)
・・・一週間後・・・
ヴィーナは集団調査の任から帰って来て、総督府への報告を終えた後、自宅へ戻ってきたばかりだった。
「ん?通信・・・。珍しい・・・。」
ヴィーナは着替え途中で着信相手を確認して少し首を傾げながらビジフォンに出た。
『ヴィーナさん、お帰り。』
「ただいま。フィオ、直接私に通信だなんて珍しいわね。どうしたの?」
『実は・・・。』
話し始めようとしたフィオの動きが止まる。フィオのビジフォンには殆ど全裸に近いヴィーナが映っていた。
「どうかしたの?」
ヴィーナは不思議そうに聞き返す。
『あ、いや、その・・・。ヴィーナさん、服着て貰っても良いですか・・・。』
フィオは何とも言えない顔で言う。
「あら?ごめんなさい。戻って来たばかりで着替え途中だったの。」
慌てる事無くヴィーナはそう言うと、近くにあった大き目の布を綺麗に一枚羽織る。
(この人はいつもこうなのかな・・・。気にしないというか・・・しなさ過ぎと言うか・・・。)
フィオは少し苦笑いしながら待っていた。
「それで、直接私に話しって何かしら?」
そんな、フィオの思いなど関係ないかのようにヴィーナは冷静に聞く。
『このビジフォンは外に情報漏れないようになってますか?』
「残念ながらスクランブルなどは掛からないわね。」
(ここまで気にするというのはかなり極秘にしたい事か、それだけ重要な事・・・。)
ヴィーナはやり取りで、敏感に感じ取っていた。
「出てこられるなら、こちらへ。無理なら私がそちらへ行くわ。それで良いのよね?」
『はい、じゃあ、俺がそっちへ行きます。こっちだと、親父がうるさいから。』
「ふふ。日頃の行いが悪いからじゃないの?」
ヴィーナは少し笑いながら冗談っぽく言う。
『ヴィーナさんの親父さんみたいだったら良かったんですけどね。』
フィオは心底羨ましそうに溜息混じりに言う。
「言わなさ過ぎたり、気持ち悪いくらい理解があるのも考えものよ。」
そのフィオの言葉を聞いて、逆にヴィーナの方は苦笑いしながら言った。
『お互い、無いものねだりかもしれませんね。それじゃあ、少ししたら行きますので、それまでにはきちんと着替えておいて下さいね。』
「分かったわ。来るまでに総督府から依頼が来ない事を祈ってて。案外あそこ人使い荒いから。」
『なるべく急いで行きます。では、後で。』
(何だかんだ言って、ヴィーナさん素直に仕事請けるし、文句言わずにこなすから重宝がられてるんだろうなあ。)
フィオは内心で思っている事は、飲み込んで挨拶だけする。
「はい、待ってるわ。」
ビジフォンを切った後、ヴィーナはそのままの格好で両親に仕事の事などを報告していたが、途中で母親に格好の事を言われて着替えていた。
ハーティーは軍の訓練に励んでいた。
射撃訓練の時に教官以外の視線を感じたが、あえて無視していた。
今は、格闘の訓練メニューに入っていた。その訓練場の外には、ウォレアとメリアが居た。
「閣下。後5分です。」
メリアは静かに時計を見て言った。
「分かった。来るかどうかはお前に任せる。」
ウォレアはそれだけ言うと、訓練場の中へと入って行った。それを見た、訓練をしていない一部の新入隊員や教官達は驚いていた。
「これは閣下、抜き打ち視察ですか?」
責任者の教官が慌てて近付いて来て、敬礼した後聞いた。
「すまんな、いきなりの来訪。」
「いえ、いついらっしゃっても問題は無いと思ってやっておりますのでお気遣い無く。」
「良い心掛けだ。実はな、新入生の一人の実力を見たい。」
「閣下がおっしゃるという事は・・・ハーティーですか?」
「ふふ、そうだ。話が早くて助かる。私が直に相手をしたい。」
「か、閣下がですか!?」
教官は驚いてその場で固まる。
「現場を離れて久しい私では不味いか?」
ウォレアは少し皮肉交じりに聞く。
「い、いえ。むしろ逆です。閣下の相手になどならないと思うので・・・。」
(ふむ・・。やはり現場にいるものは腑抜けでは無いな。)
冷や汗を垂らしながら答える教官を見て、ウォレアは内心では少し満足げに喜んでいた。
「時間も無いし、ちゃんと加減もする。命令ではない。頼めるな?」
「はっ!」
ウォレアの言葉に、すぐに敬礼して教官は少し離れた所で訓練しているハーティーの所へと走って行った。
「閣下、少しお話が長過ぎかと。後2分を切っています。」
「すぐにけりをつけて行く。制服の代えはあるな?」
「はい、きちんとご用意しております。」
「なら、時間は十分だ。ただ、久しぶりなのでな。少し熱くなるかも知れん。止め役は頼んだぞ。」
「はい。かしこまりました。わずかでしょうが、お楽しみ下さい。」
「ふふ、楽しめれば良いのだがな。」
教官が離れて行った後、ウォレアとメリアは小声で言い合っていた。
最後に言った後、ウォレアのビームアイが少し細くなった。
「ウォレア准将閣下。お会い出来て光栄です。不詳新入隊員のハーティーお相手として参らせて頂きます。」
ハーティーは緊張した面持ちで、敬礼した後すぐに構えた。
「手加減無用。全力で掛かって来い。」
ウォレアは将校の制服を来たまま不敵に言う。
「では、お言葉に甘えて。てやぁっ!」
ハーティーの攻撃は、面白いようにウォレアにかわされる。
(あ、当らない!?)
さっきまでの教官の動きなど問題にならないくらい素早く無駄の無い動きに、ハーティーは驚いていた。
(筋はかなり良い。後は・・・。)
ウォレアはハーティーの攻撃をかわしながら品定めをしていたが、一気に反撃に転じる。
「えっ!?」
ズムッ!
一気に間合いに入られて、驚いた瞬間にみぞおちに痛みを感じて前のめりになる。
(速い・・・足が上に・・・避けれない・・・。)
ハーティーは分かって居たが、そのまま蹴りを首に貰って床に叩き付けられる。人の体ではないんじゃないかと思う感じで、その後反動で少しバウンドする。
周りがその瞬間を見てざわつく。
(殺されるっ!!!)
ハーティーは直感的にそう感じて、無理矢理体位を入れ替えるようにうつ伏せ状態から、仰向けになる。目の前にはウォレアの足が迫っていた。
(受け切れないかもしれない!)
そう思いながらも、自分を守るために自然と両腕、両足で頭を守るようにする。
「閣下、時間です。」
ピタッ・・・ドスン
メリアの声で、ウォレアの足がぴたっと止まり。少し宙に浮いていたハーティーの体が頭から床に落ちた。
「すまんが、後の事は頼んだ。」
「はっ!」
ウォレアは殆どの人間が呆気に取られている中、冷静に見ていた教官の責任者にそれだけ言うと、メリアと共に訓練場を後にした。
「ほ・・・本気・・・だった・・・。」
(あの凄まじい殺気・・・。私は・・・。)
ハーティーは痛みなど感じる余裕も無く、恐怖で自分を膝ごと抱え込む格好で細かく震えていた。
「ハーティー。大丈夫か。」
「す、すいません・・・教官殿・・・。自分は・・・。」
(怖い・・・。)
「分かった、何も言うな。あの方は生ける伝説みたいな方だ。ここで、数年前まで鋼の鬼と言われた教官だった。俺も似たような目にあった事があるから分かる。」
体だけでなく声も震えて、涙ぐみながら言うハーティーを静止して教官は言った。そして、ハーティーは教官に抱えられて、訓練場を後にした。
数分前まであった活気は消えて、暫く訓練場は静かだった。
・・・ヴィーナの部屋・・・
「情報屋やハッカーが何人も殺されていると言うのね?」
ヴィーナは真剣な顔でフィオに聞いた
「はい。俺の知り合いの情報屋も含めてかなりびびってます。奴等プロなのに、いや、表でプロなんて言ってる奴等よりもっと腕あるのに、居場所まで突き止められてるんですよ。普通の殺人事件としてニュースにもならない。更に、持ってるデータなんかに足跡すら残ってないなんて・・・。」
フィオは悔しそうに言う。
「ありえない・・・か。それで、貴方は大丈夫なの?」
難しい顔をしながら呟いた後、心配そうに聞く。
「それが・・・。実は俺、一人の情報屋から一つの情報貰って、そいつそれのせいで殺されたっぽいんです・・・。」
「つまりは裏で起こっている連続殺人の情報を、知らずに掴んでしまった訳ね。中身は見たの?」
「見ましたよ。軍の秘密情報でした。それも、惑星コーラルから送られて来たものです。パイオニア2が出所じゃありません。しかも、やった奴等の事が一切分からないんです。」
「コーラルから?それで、こちらの軍がその情報をもみ消すために動いてると言う風に考えるのが妥当だけれど、そんな情報は私の方も全く入って来ていないし・・・。」
フィオとヴィーナはお互い無言になって、難しい顔をしていた。
「その情報は、今持っているの?」
少ししてから沈黙を破ってヴィーナは聞いた。
「何かあった時と思って持って来ました。」
「・・・。父さんにも見て貰って良い?」
「え?いや、まあヴィーナさんの親父さんなら構わないかと。」
「じゃあ、ちょっと呼んで来るわね。」
「はい。」
(ヴィーナさんでも慌てる時があるんだ・・・。)
フィオは、初めて見たつんのめってから離れていくヴィーナの背中を見送っていた。
「こりゃあ、やべえな。」
見終わってメビウスが一言あっさりと言う。
「えっ!?」
フィオとヴィーナはその言葉に驚く。
「色々な意味合いがあってのやべえなんだが・・・。フェリーとハオもうちに来て貰った方が良いな。フィオ、今すぐ呼んでくれ。」
「え、えっと何て言えば?」
「俺が緊急で来いって言ってるって言えば察してくると思う。」
「わ、分かりました。」
フィオは慌てて、その場でビジフォンを取り出して自宅へ連絡を取った。
「父さん。これって、チャオおばさんが?」
「ヴィーナ、良いか。その単語暫く口に出すな。分かったな?」
「はい・・・。」
(父さん真剣な顔・・・。やっぱり、チャオおばさんの事なんだ・・・。)
ヴィーナは素直に返事をして黙った。
「すぐ来るとの事です。」
「OK。フィオにヴィーナ。知り合いの情報屋とかに命が惜しかったら身を隠せって言っておけ。急がねえと、今もそいつ等に危機が迫ってるかもしれねえからな。」
「分かりました。」
「あの・・・。」
ヴィーナは素直に返事をして、ビジフォンを取り出すが、フィオはメビウスに問い掛けた。
「ん?何だ?」
「親父とお袋をここに呼ぶって事は、ここに犯人なり関係者をここにおびき寄せるとか引き付けるって事ですよね?」
「ああ。そのつもりだ。」
「だったら、逆にここが発信源だって分かった方が良いと思うんで、名前や端末を借りても良いですか?」
「俺はそういうの良くわからねえから、頼むわ。好きにしてくれ。ヴィーナ、とりあえず連絡先だけフィオに教えて全部任せろ。」
「はい。」
そこから、フィオの手によってメビウスからの緊急速報があちこちに流れた。
・・・パイオニア2 ラボ 一室・・・
「くっくっく、見つけたぞ。後は素体を手に入れれば良い。今度は軍の連中のおもちゃにはさせない。」
モニターを見て、一人の男がほくそえみながら呟いた。