鋼と鉄と鬼と女

送られてきた5つのファイルをセプテイルが見ている間に、メリアはセプテイルがなぞっていた場所が映っているであろう画像を探してファイルをダウンロードして集めていた。
「メリア!あったよ!これっ!これっ!」
セプテイルは見ていた画像ファイルを途中で止めて興奮しながら指を差す。
「本当に埋もれていたのね。【ゴースト】の正体見たりだわ。」
二人が見ている前には、間違いなくコンテナの一部分を指でなぞっているセプテイルが映っていた。そして、コンテナの端に小さく【遺品】の文字があった。
「どうだ?何か分かったか?」
ウォレアはハミルと一緒に二人の方へ移動してきた。
「はい、セプテイルが言っていたマザー計画は聞いたものではなく、ここでペイントが無い部分をなぞって得たものでした。そして、このコンテナの端には【遺品】の文字が。」
メリアは画像を見せながら説明する。
「あたしはこの【遺品】の文字には気が付かなかったと思います。ただ、マザー計画って何だろう?後で教官に聞こうと思っていました。その後、ドカーンと言う訳です。」
「記憶が戻ったのか?セプテイル?」
「はい、一部ですけれど見ていたら段々と。」
「そのお陰で大体の事が分かりました。私の予測ですが、この爆発事故は原因不明ではなく、マザー計画に反対する軍内の誰かがこちらでのWORKSの力を弱める意味も含めてメンバーと、計画に必要だったか使われていたものを爆破して無きものにしたのではないかと。」
「つまり、WORKSのメンバー以外、セプテイルを含めた軍の人間は単なる巻き沿いだったと言う訳か・・・。」
ウォレアの言葉にはさっきまで無かった怒気が僅かだが含まれていた。
「いえ、お怒りを助長してしまうかもしれませんが、ウォレア様も軍内の一部では厄介な存在。その精鋭部隊の一部を削る思惑もあったかもしれません。当時のセプテイルや他の者が生きていれば今頃そこそこの地位を得て、かなりの戦力になっていたと思います。」
「若い内に芽を刈り取られた訳か・・・。何故そう思うメリア?」
怒気を含んだウォレアの言葉と迫力に、セプテイルとハミルは思わず抱き合って後ずさる。
「この事故の時に私と閣下は何処に居ましたか?事故後、ラグオルに降りる許可を求めて結果はどうでしたか?そして、セプテイルが生きていたのに軍への復帰がなされなかったのは何故でしょう?」
二人とは違い、メリアは冷静に答えが導けるようにゆっくりと質問するように言う。
「・・・そういう事か。セプテイル、自分の恨みを晴らしたい、仲間の仇を取りたいと思うのなら3日後、時間はいつでも良い。私を訪ねて来い。」
「教官、それって犯人が分かっているって事ですか?しかも今も健在って事ですよね?」
ウォレアの言葉にセプテイルは我に返ってハミルを放した後、食い入るように聞く。
「セプテイル。皆まで閣下へ聞いては駄目よ。私から言うわ。証拠固めに2日頂戴。私が3日後きちんと出迎えるわ。来ないのならそれでも良い。次の日には片が付いているから。」
メリアは途中までは普通に言って、最後は思わせぶりに言いながら薄く笑う。
「一つだけ。教官はその時ご一緒して下さるんでしょうか?」
「無論だ。」
セプテイルの問いに、短くウォレアは答える。
「なら、必ず行きます。」
セプテイルは軽く敬礼して言う。
「そろそろ戻らんと、不味いだろう。メリア二人を表まで送っていけ。」
「はい。ではお二人ともこちらへ。」
「では、失礼致します。美味しいお料理、ご馳走様でした。」
最後にハミルは一礼して、三人はウォレアのいる部屋から出て行った。
「ハルト、すまんが三日後に合わせて部隊の招集をかけてくれ。待機場所などは後でメリアから送らせる。以上だ。」
バギャッ!
軍の方へ一報入れてから、ウォレアは無言で目の前のテーブルを破壊した。

三人は一階への直通エレベーターに乗っていた。
「メリア、教官不味いんじゃないの?」
「確かに、かなりお怒りのようですね。」
苦笑いしながら心配そうに聞くセプテイルにメリアは涼しい顔をして答える。
「怒られると恐いですね。」
ハミルの方も苦い顔をして言う。
「あれでも、ハミルさんが居ますから抑えていらっしゃると思いますよ。でも、今頃テーブルや椅子が跡形も無くなっていそうですがね。」
「あっちゃ〜。」
メリアの言葉にセプテイルは頭を抑える。
「今日はありがとうございました。セプテイルもありがとう。」
「いえいえ、私は何もしていませんから。あの、頭を上げて下さい。」
「そ、そうだよ。お礼の言葉は良いけど、頭下げないでよ。そんな安いもんじゃないでしょうに。」
いきなり頭を下げたメリアに、ハミルもセプテイルも慌ててワタワタしながら言っていた。
「鉄の女でも、下げる頭はあるって事かしらね。下げる場面は心得ているつもり。それだけの価値がある時間だったという事。貴方たちもそれは分かるでしょう?」
「ええ、まあそれは分かりますけれど・・・。」
「メリアに頭下げられると流石に焦るよ。」
二人の様子を見て少し笑いながら言うメリアに、ハミルとセプテイルはお互いに顔を見合わせながら言っていた。
シュイン
1階についてエレベーターのドアが開く。三人はそのまま出てきて、ホテルの表まで一緒に歩いて行く。
「では、私はこれにて失礼します。」
「んじゃ、あたしも。」
ハミルは一礼しながら、セプテイルは軽く手を上げて言ってから、一緒にホテルから出て行った。
(さて、私は閣下のご機嫌を治さねば。)
メリアの方は二人を見送った後、再び展望レストラン直通のエレベーターに乗り込んだ。

シュイン
「メリア大佐戻りました。」
メリアがウォレアの居る部屋に戻ってくると、さっきまでとは違い部屋は滅茶苦茶になっていた。
「ご苦労・・・。」
何事も無いように、ウォレアは無事な椅子に座っていて静かに言った。
「ハミル看護婦とセプテイルの両名は無事ホテルを出ました。閣下、あの二人帰しても宜しかったのですか?」
メリアは報告した後、冷静に聞く。
「ハミルに関しては構わん。今夜ここで死んだとなってはミャオの精神面に大きなダメージを与えるだろうからな。それに、あいつは大丈夫だ。本当に墓まで持っていける。」
「随分と買っていらっしゃるんですね。」
ウォレアの太鼓判に少し皮肉を込めた感じでメリアが言う。
「ジェラシーか?」
ウォレアの方はからかうように聞く。
「無いと言えば嘘になりますが、それよりもあまり信用され過ぎるのはどうかと申し上げたいのです。」
メリアは否定せずにハッキリと言った。
「分かっている。その時には消えて貰うまでだ。メリア、金や権力に執着する連中と、心に執着する連中の違い位は分かるだろう?そして、ハミルがどちらなのかも。」
「心得ているつもりです。部下としての進言と取って頂ければ。」
「うむ。長い付き合いだが変に馴れ合いにならず、お前はしっかりしていて本当に助かる。それで、だ。さっき自分で大風呂敷を広げたが、2日で証拠を固められるか?」
「閣下は犯人をご存知だと思います。その関係者の洗い出しを含めて、閣下から情報を頂ければ間違いなく間に合わせます。」
「良かろう。この端末を見ていろ。」
そうウォレアはいうと小型端末をメリアに渡す。メリアは渡された端末をじっと見つめた。少しすると人の名前が何人も羅列され始める。
「閣下・・・これは・・・。」
「黙って最後まで見ていろ。全て【ゴースト】が語る事実だ。きっとあの事故で死んで行った者達の怨念が残したものなのかも知れんな。」
口を開きそうになるメリアを制して、ウォレアは静かに言いながらデータを転送していた。

「メリア、お前なら分かるな。この連中の繋がりを。」
「はい・・・。」
(こんなに根深いものだったなんて・・・。しかも、閣下や私の部下の中にもスパイが居たのね。)
メリアは悔しそうに唇を少し噛みながら返事をした。
「上の連中は私に任せろ。下の連中をどうするかはお前に任せる。」
「閣下はどうなさるおつもりですか。」
「出世したがっている将校も居る事だし、後釜を狙っているのも居るからな。そいつ等に貸しを作った上で昇進させてやるさ。私はこれ以上の出世は望まないと公言してあるからな。」
ウォレアはビームアイを細めながら静かに答える。
「私は・・・。1日考えさせて下さい。」
「上にいる連中が確信犯なのは間違いない。考えも変わりはしないだろう。ただ、下の連中にここ数年で変化があるかも知れん。手を下せぬようなら、もしくは迷うなら私に預けろ。既にハルトには部隊の招集をかけさせてある。」
「お気遣いありがとうございます。これでも鉄の女といわれ、ウォレア様の懐刀です。私情を挟む気は一切ありません。」
「では、わざわざ時間が欲しいと何故望む?」
ウォレアはハッキリと言い切るメリアに聞いた。
「これだけのメンバー・人数となると、処分の仕方によっては軍内の勢力図を変えるばかりか現行業務に支障をきたしかねません。内部は勿論、対外的にもそれはどうかと思いまして・・・。」
「流石はメリアだな。視点が違う。そうか、該当者の一人が今のお前の相談者的存在。実際に居なくなれば内側にはかなりのダメージになるのは私でも想像出来る。上のクズ共はどうでも良いが、下は考えねばならんか。ところで、久しぶりに会ったセプテイルはどうだった?」
「はい?セプテイルですか?そうですね。昔よりは丸くなりましたが相変わらずかなと。」
急にセプテイルの話を振られて、メリアは不思議そうな顔をしたが思ったままに答えた。
「相変わらずとは?」
「そうですね。私はともかく、閣下に敬意を表さない所や馴れ馴れしい所。閣下がいらっしゃる時点で私を人質にとっても無駄なのに、無謀に交渉する所。変な所で鋭い所。上げたら切りがありませんがそんな所でしょうか。」
面白そうに聞くウォレアにメリアは淡々と答える。
「嫌いか?」
「いえ。私は好きでもなく嫌いでもありません。セプテイルが私を嫌っている感じは受けましたが。閣下、今は二人なのですから回りくどい事をお聞きにならずに本音をお聞かせ下さい。」
メリアは答えた後、ウォレアに突っ込んで聞く。
「私はなメリア。今迷っている。今回の一件を使ってセプテイルを軍に戻すか、処分するかを。どちらにしても今のまま野放しには出来ん。あいつはハミルと違って墓まで持っていける奴ではない。今日の事をばら撒かれては困るからな。メリア、お前ならどうする?」
「シンプルにお答えします。三日後ここに来て事が済んだ後、軍への復帰を打診して断られたら処分すれば宜しいかと。」
「そうか、そうだな。」
メリアの答えに納得したようにウォレアは腕を組んで頷く。
「閣下は今【鬼】になられているのだと思います。鬼とはいえ心のあるもの。いつもの【鋼】とは違う。逆に今私は【鉄】です。いつもならば【鋼】の前に【鉄】の出番はありませんが、今ならばお役に立てるのかなと。閣下が【鬼】になられる事は少ないので、私は【女】で居させて頂ける事が増えました。私と閣下は相性やバランスが絶妙に良いと思っております。」
「フッ、上手い事を言う。確かにな、プログラムなのかも知れんが興奮して冷静さ、いや冷静な判断が出来ない事と言えば良いか。それは確かだと私自身思うし否定はせん。たまにお前が生身の人間ではなく私と同じ機械なのかと思う事がある。私はメリアよりも存在し続けている時間は短いが、お前の様に不思議な存在には未だに会った事が無い。」
「お褒めの言葉として受け取らせて頂きます。少しは機嫌が直られたのなら良いのですが、ご褒美にもう一つ言う事をお許し下さい。」
「構わんぞ。言ってみろ。」
「では、お言葉に甘えまして。私はただの【鋼】ではない閣下をお慕いしております。【鬼】の部分は初めこそ恐いと思いましたが、今では可愛さ、愛おしさを感じます。」
メリアは少し微笑みながらウォレアをしっかり見て言う。
「お前に好かれるのに嫌な気はせん。お前と出会ってから色々な事があったが、生き残り今もこうして目の前に居る。人で言う情が移ったのかも知れんな。」
「閣下は意図して仰っているのかもしれませんが、それでも、私にはそういう一言一言が、人であり心であり【鉄】ではない【女】の部分を引き付けて止まないのです。私からしても不思議なお方です。キャスト、機械、【鋼】である事を忘れている時があります。ハミルが言っていましたね、良い方だと。」
「自分ではそう言う部分は良く分からん。逆にそう言う部分は相手に判断を委ねる部分だと私は思っている。少なくとも今一番の部下であり、盟友のお前からそう言って貰えるのなら冗談でも嬉しいぞ。これからも嫌われんように、頑張るさ。」
ウォレアはビームアイを細めながら言う。
「閣下、お戯れを。」
そう言いながらも、メリアの方も少し嬉しそうに笑う。
「さて、すまんが鬼のしでかした後の事は頼む。」
「かしこまりました。ここには閣下は居ない事になっておりますので、退屈かもしれませんが私と一緒に車でご同行下さい。」
「分かった、終わったら声をかけろ。私はエレベーター近くで、今日の情報のまとめをする。」
ウォレアはそう言いながら席を立って部屋を出て行く。
「はい。それでは後程参ります。」
メリアの方は、去って行く背中に静かに言った。