一つの真実へ


「ねえメリア。もう一つお願いがあるんだけど。」

「何かしら?」
セプテイルの言葉に、その場で静かに聞く。
「この事故前後の隊員の配置図ってある?」
「爆発が起きる前から、爆発後ある程度の時間までは生存者の証言や今セプテイルが見ているデータを元にして動く簡単なシミュレートデータならあるけれどそれで良いかしら?」
「うん。これ全部見たらそれ見せて欲しいな。これのお陰でおぼろげだけど、事故の前後の記憶が蘇ってきてるんだよね。」
返事した後、嬉しそうにセプテイルは言う。
「ごめんなさいね。力不足で貴方を軍に戻せなくて・・・。」
(戻っていればこれを見る機会もあった筈。そうすれば記憶ももっと早く戻っていたに違いないわ。)
作業は確実にこなしながらも申し訳無さそうにメリアは呟く。
「この場面で謝られてもねえ。言いたい事とか聞きたい事が山ほどあるけど今はこれに集中させてよ。」
セプテイルは苦笑いしながら言う
「そうね。悪かったわ。データはダウンロードしてセプテイルが見た後は消去しているから、もう一回見たいのがあったら言って頂戴。」
「うん、オッケー。とりあえずさっき言ったシミュレーションの奴だけは取っといて。多分それが一番重要になるっぽい気がするから。」
「了解。」
そのメリアの返事を最後に二人は黙って作業を継続していた。

(うわ〜、うわ〜。部外者が見ちゃいけないデータが一杯。)
ハミルはデータの逆回転を見ながら内心で動揺していたが、真剣な眼差しで見ていた。
「ストップ!」
「ここか。」
ハミルの言葉で全く誤差なくデータの流れが止まる。
「データの変な時間的な誤差、更新の誤差なんかが重なっているみたいだな・・・。」
ウォレアはデータを見て当たり前のように言う。
(う〜ん、凄い。一目でそこまで分かるんだ。)
「もしかすると、その辺の誤差が連鎖してファイルを出したり隠したりしているのかもしれません。」
ハミルは内心で感心しながらも説明していた。
「なるほどな。それには気付かなかった。良く分かったなハミル。」
「いえ、この感覚はたまたまかもしれません。ただ、メディカルセンターサーバーの夜間バッチ処理でごくまれに起こるのです。ミャオ先生が休まれている時にバッチ処理をした事がありますし、その現象を体験していたもので。もしかしたらと思いまして。」
驚きながら言うウォレアに、ハミルは少し照れ臭そうに答える。
「ふむ、惜しいな。お前程の逸材、ミャオの元に居なければ引き抜いて欲しい位だ。」
「うふふ、閣下冗談が過ぎますよ。でも、ウォレア准将でしたら考えなくは無いかもしれません。」
ウォレアの言葉にハミルは少し笑いながら答えていた。
「全く大した奴だ。すまんな余計な事を言って。それで、もし隠れているならどうすれば引っ張り出せる?」
「一瞬の勝負かもしれませんが、バッチをかけてみてはどうでしょう。私の予想ですが、先程メリア大佐が報告しようとすると消えると仰っていましたよね。緊急性が低いとお考えなら次の日にと考えるかなと。実際に軍のサーバーの大きなバッチがいつかかっているのか分からないので確実ではないですけれど。」
ハミルはウォレアの問いにちょっと自信無さそうに答えた。
「小さなバッチ処理も行っているから、もしかするとそのタイミングでの変化も考えられるな。小さなバッチはそろそろ掛かる。それでも変わらなければ、緊急でバッチをかけさせよう。」
「大丈夫ですか?」
あっさり言うウォレアの言葉に驚いてハミルは思わず聞き返していた。
「私を誰だと思っている?准将といえども私の一言は十分に鶴の一声になる。」
「あ・・・。」
(やっぱり、本物の将校なのよね。)
ハミルは改めて、ウォレアの軍の立派な制服を見ていた。
「こういう時にこそ地位と言うものは行使するのが、正しい使い方だ。」
ウォレアはハミルの反応を見て少し面白そうに言った。

「緊急バッチ!?」
「どうしたのメリア?」
黙っていたメリアが突然驚きの声を上げたので、それにびっくりしてセプテイルは聞いた。
「いきなり軍のサーバーの緊急メンテナンスで、バッチ処理が入るって今急に来たから。少し前の小さいバッチで何かあったのかしら・・・。」
メリアは少し訝しげな表情になりながら、セプテイルに説明していた。
「メリア。それは私の指示だ。」
急に離れた所からウォレアの声がする。
「閣下?」
「すまんが理由は後で説明する。ダウンロードを一旦止めてあるものだけでやってくれ。」
不思議そうな顔をするメリアに短く言うと、ウォレアは再び端末の画面に見入る。
「はい、残りのデータはわずかですからそんなに支障はないと思いますので。」
(いつの間に?)
「あり?何かハミルちゃんと教官がセットで居るよ?」
セプテイルもメリアも不思議そうにハミルを見ていた。
「そうね。何かお考えがあるのね。今のデータでダウンロードは終わりにするわ。見終わったら、シミュレーションの方に移行しましょう。」
「了解。大佐殿。」
二人はそれだけ言うと、再度作業に戻った。

「ハミル、そっちの端末使えるか?」
「え、ええ使えますが、不味いのでは?」
ウォレアの言葉に、恐る恐る聞き返す。
「大丈夫だ。誰が触ったかまではばれん。それに、チャンスは一瞬だ。万が一私が逃せばまた先送りになる。確立は少しでも高い方が良い。頼めるな?」
「・・・分かりました。ファイルだけ捕まえれば良いですね?」
「そうだ、と言いたい所だがプラスアルファ出来る事があればやってくれ。」
「出来る限りの事をやります。」
「頼んだぞ。」
ウォレアはその後無言になって、バッチが来る瞬間を待ち構えていた。ハミルの方は、与えられた端末で作業を始めていた。
「「WOLA聞こえてるな。」」
それと同時進行で、ウォレアは上級管理プログラムの【WOLA(ウォーラ)】に指示をしていた。
「「はい、中での事はお任せ下さい。ウォレア様のお役に立って見せます。」」
「「最悪サーバーダウンの時は、ばれないように復旧までミラーでお前が仕切れ。」」
「「了解しました。全てのプログラムは配置完了しました。いつでも行けます。」」
「「多少の被害は気にするな。バッチと同時に埋もれているファイルの全てを引っ張り出せ!」」
「「各プログラム全力を尽くします。ウォレア様の方も上手く行く事をお祈りしております。それでは一旦失礼致します。」」
内部通信が終わると、WOLAは沈黙した。
(フッ、久しぶりに未知の事でワクワクする。)
ウォレアは内心で少し嬉しそうに興奮していた。

一方のメリアとセプテイルの方は、シミュレーションの画像を表に出して二人で話し合いながら見ていた。
「あたしの動きは間違いないかなあ。だけど、一ヶ所だけ引っ掛かるんだよなあ。」
何とも言えない顔でセプテイルは呟く。
「何処かしら?」
「ここ。」
そう言うとセプテイルは巻き戻して、その場面にする。爆発する2分前だった。
「この何処が引っ掛かるのかしら?」
メリアはさっぱり分からずに不思議そうに聞く。
「あのね。あたしってさ基本的に野外に出た時物陰に隠れない限り止まらない様に心掛けていたんだ。まあ、教官の教えなんだけどさ。だけど、ここからさ・・・。」
そこまで言ってから時間を進めると30秒ほどだがセプテイルは動いていない事になっていた。
「動いてない・・・。」
厳しい表情になってメリアは呟く。
「そう。だからここで何かあったんだと思う。残り1分半何もしなかったのも気にはなるんだけどね。映像見てもどこかに通信送ったりとかしてないしさ。何でかなあ・・・。聞きなれない単語だし【○○計画】とか聞いたら過敏に反応すると思うんだよなあ・・・。」
セプテイルは返事をしながらも、困ったように呟いていた。
「周りとの位置関係も注意して見てみましょう。マザー計画の単語がもしかしたら周りの誰かから出たか、または誰かと通信している相手との会話から聞いたか・・・。」
その時間帯にセプテイルの付近に居たのは5人だった。それぞれのデータを引っ張ると・・・。
全員【爆発事故で死亡】の文字が出てくる。
「生き証人は無し、か。」
メリアはデータを見て渋い顔になる。
「この5人じゃないなあ。映像見てたけど、外には連絡とってないしマザー計画なんてどうやっても口から出てこない連中だよ。良い奴等だったけどね・・・。」
「そうなると・・・。あっ、ねえセプテイル。」
「ん?何か思いついたねメリア?」
セプテイルは興味津々の顔になって聞き返す。
「私の考えでは二つよ。」
「えっ!?一つじゃなくて二つあるんだ!?」
メリアの言葉に驚いてセプテイルは目をぱちくりする。
「何て顔してるのよ。一つは文字を見た。つまり視覚的なもの。もう一つは文字の後か何かを手とか指でなぞった。こっちは触覚的なものね。」
少し苦笑いしながらも、真面目な顔になってメリアは言った。
「はっ!それだ!思い出した!このコンテナに触れた時に違和感感じてなぞったんだ!」
「本当に?」
「うん、だからここで止まってたんだ。うん、完璧に思い出した。一回なぞって分からなくて、二度目にゆっくりなぞって分かったんだ。そう【MOTHER PROJECT】って。ペイント剥げてたけど間違いないよ!何だろうって思ったけど、終わってから教官に聞こうって思ってたんだ。そしたら・・・。」
「爆発した・・・。」
「うん・・・。」
そこで二人は顔を見合わせて少しの間沈黙する。
「もしかすると、その前後にも文字があったかもしれないわね。」
「どういう事?」
メリアの言葉にセプテイルは聞き返す。
「例えばよ、マザープロジェクト【反対】とか書いてあって、すでに爆破予告されてたなんて考えられない?」
「あっ!そういう事か。」
「画像が加工されていなければ、他の文字が拾えるかもしれない。数年前だと、コーラルからパイオニア2に島流しにされたレオ=グラハート外しがあった頃かしら。その辺とも関係があるのかもしれないわ。」
「それって、もしかして教官の所にいたあたしとかあそこに居た皆もろともWORKSの部隊に所属していた奴を片付けようって魂胆に巻き込まれたって事!?」
「セプテイル、貴方の読みは正しいかもしれないわ。作戦前に言ったわよね。嫌な予感がするって・・・。」
「茶化したけど、メリアむっちゃマジで怒りもしないでさ。思い出したよ・・・。くっそ〜、だとしたら、この5人とか無駄死にじゃないか!」
冷静に言うメリアと対照的に、セプテイルは怒りで握り拳を作っていた。

『バッチ5秒前・・・4,3,2,1、0』
その瞬間、さっきの場所にファイルが複数現れる。それを取り囲むように擬似データが入って一つの区画になる。
「んっ!?」
ウォレアは想定していなかった出来事に思わず声を上げた。
「すいません。私が少し細工しました。」
ハミルはそう言いながら、データを引っ張り出してバックアップを取ると、擬似データを消した。一秒掛からない処理は見事に終わった。
「「ウォレア様。中に入っていたファイルとデータは全て出しました。擬似データの中にも一部のデータが紛れ込んでいると思われます。ハミルさんの作戦は見事なものでした。」」
WOLAは報告しながらハミルの手際に感心していた。
「「お前達が居るのを分かっていたようなタイミングだったな。」」
「「はい。恐らくは気付かれているかと。その上で最良の策を取られたのだと思います。お陰で我々の被害も最小限で済みました。待ち構えていたので、軍内部からの干渉はシャットアウト出来ていますのでこの擬似データやファイルの存在を知るものは他に居ませんのでご安心下さい。ついでにアクセスしてきたものには警告を送っておきましたので。後々処分をお考えでしたらアクセスデータをご参照下さい。」」
「「ご苦労。後はこちらでやる。」」
そこでWOLAとの内部通信を終える。
「随分と中で多くのプログラムが動きましたね。」
「そうだな。だが、見事な腕前だ。ダミーを入れて囲い込むとはな。」
「アカデミーに通っていてプログラムを専攻していれば誰でも出来ると思いますよ。」
褒められて照れ臭くなったハミルは照れ隠しで言っていた。
「ファイル数は54か。中には悪戯もありそうだな。」
「まずは日付がその事件の日に近いものを選択するのが良いと思います。他にもウイルスの可能性もありますし。ちょっと時間が欲しい所ですね。」
「そうも言ってられん。お前が帰らなければいけない時間が近い。止むを得ん。」
そう言って、ウォレアは自分の腕をハミルの端末と同一化させる。
「へっ!?」
目の前で起こっている事が理解出来ずに、ハミルは素っ頓狂な声を上げていた。
次の瞬間ファイルが同時に開く。
(えっ!?同時に開いた?ウイルスが瞬時に消えた!?)
瞬間的に起こっている事が分かっても、どうしてそうなるのかなどハミルの理解の域を完全に越えていた。
「当りは5個か。音声データ3ファイルに映像データ2ファイル。メリアそっちへ転送するから見てくれ。」
「はい、閣下。」
メリアは返事をして自分の端末に転送されてきたファイルを開く。
「どうした、呆けた顔をして?」
「いえ、その余りにも凄いものを見たもので・・・。」
(多分さっきのファイルを引っ張り出していたプログラムとかの持ち主は・・・。そして、多分メディカルセンターのあの情報を消したのも・・・。)
ハミルはそう答えながらもマジマジとウォレアを見ていた。
「墓まで頼むぞ。」
「はい。きっと言っても信じて貰えないと思いますけれど。お約束ですから。」
「物分かりの良い奴は好きだぞ。」
ウォレアは少し楽しそうにハミルへ言った。