密談
セプテイルとハミルが部屋に入ると料理が湯気を上げて出迎えてくれていた。
「うわ、美味そう・・・。」
「美味しそうですねえ。」
二人は思わず声に出て、並んでいる料理に目を奪われていた。
「とりあえず座って、好きに食べてくれ。」
そんな二人を見ながら、既に座っているウォレアは静かに言った。
「では、お言葉に甘えまして・・・頂きます。」
ハミルは微笑んで言った後、着席してから食べ始める。
あ〜、じゃあ、あたしも・・・。」
(もうこうなりゃ付き合うしかない!)
先に食べ始めたハミルを見て、セプテイルも意を決して座ってから食べ始めた。
(全く大した度胸だ。セプテイルをも雰囲気に巻き込むとはな。)
ウォレアは楽しそうにビームアイを細めながら食べて嬉しそうにしているハミルを見ていた。
「ご馳走様でした。ふう、とっても美味しかったです。」
デザートまでしっかり食べたハミルは満足そうに言った。
「ごちそうさま・・・でした。」
そんなハミルの横で何となく上目遣いでウォレアの様子を見ながらセプテイルの方は言っていた。
「満足して貰えたようで何よりだ。では、本題に入ろう。」
食器が片付けられていく中、ウォレアは静かに言った。
「しかし、セプテイルさんは・・・。」
ハミルは何ともいえない表情になって、チラッと横目でセプテイルを見ながら呟く。
「ん?あたしはミャオちゃんにハミルちゃんの護衛を頼まれてるからね。ここまで来て一人にさせる訳にはいかないよ。」
セプテイルはウインクしながら言う。
「だ、そうだが?」
「・・・。」
ウォレアに言われて、ハミルは少し俯いて黙る。
「セプテイル、少しは察してやれ。お前を何とかこれ以上巻き込まないようにと気を遣っているのだ。」
「分かっています。あのさハミルちゃん。ここまで来てる時点であたしも覚悟は決めてる。それにここで話を聞いても聞かなくてもあたしに対する教官の対応は何にも変わらないよ。っていうか、あたし一人増えた所でとても教官にゃかなわないし、教官からすればただ一人増えただけって感覚だろうし。さっき、教官が言った通りエレベーターで帰ってれば違ったんだろうけどね。」
「それを分かってて何故?」
苦笑いしながら言うセプテイルに、顔を上げてハミルは聞いた。
「一度は死んだも同じ身。それにここまで騒ぎになる原因を知りたいって思うじゃない。メリア大佐が案内役で、わざわざ教官がウォレア准将として出張ってまで来る理由をさ。例え冥土の土産になっても・・・。」
セプテイルは真剣な表情になって言ってハミルを見た後、ウォレアを見据えた。
「セプテイルさん・・・。」
(この人まで巻き込んでしまって・・・。しかも、死ぬ覚悟は同じなのね・・・。)
「そんな切ない顔しないで。あたし一人だったら教官の前でガクブルで何にも言えなかったと思うよ。でも、今は不思議と恐くないんだよね。ここまで来たら一蓮托生だよ。」
セプテイルは、ハミルの肩をポンポン叩きながら言う。
「分かりました。では、ウォレア准将。お待たせしましたが、これから私の知っている情報を御話致します。」
「うむ、分かった。」
ウォレアは静かに返事をした。
「以上が私の知る全てです。しかし、見たデータは既に消えており証拠はございません。」
ハミルはそう言って、自分が見たものの全てを語り終わって軽く頭を下げた。
「大した記憶力だ。だが、何故だ?きっとセプテイルも同じ疑問を抱いているだろう。黙っていればそれで良かったのではないか?それに、私にではなくハンターズに話した方が良かったのではないか?」
ウォレアの言葉に、セプテイルは無言で頷いていた。
「確かに考えました。でも、実際に襲われるまでは実感がありませんでした。保護をハンターズに頼もうと思いましたが、実際に私とミャオ先生を助けて下さったのはウォレア准将です。誰からかミャオ先生と私の保護を頼まれていたであろうハンターズですが、あれだけ居たのに事実ミャオ先生をセプテイルさんに連れて行かれる所でしたし。」
「あそこでミャオちゃんに交渉されなかったらと、教官が出てこなければ間違いなくあたしは連れて行ってたね。」
ハミルの言葉にセプテイルが続ける。
「つまりハンターズは頼りにならないと?だが、セプテイルの言う通り私が間に合わない可能性もあった訳だ。しかも私の正体を知った。なのに何故私を頼る気になった?」
ウォレアは静かに聞き返す。
「今回の件に関して、ウォレア准将は独断で動かれていると思ったからです。そう思った理由はいくつかあります。まずは同じ軍内の人間を殺した事。ウォレア准将であれば名乗ればどうにでもなったと思います。次にご本人が来られている事。特殊部隊をお持ちのウォレア准将ならば動かせる軍人は山ほど居る筈です。でもあえてご本人が来たというのは他に任せられない何かがあるのではないかと。最後に、ミャオ先生の事をお任せ出来ると思いましたし私にはとても良い方だと思えたので。」
最初の方は真剣に話していたハミルだったが、最後にはにっこりと笑って言った。
(教官を良い方って・・・ハミルちゃん?)
それを見て聞いていたセプテイルは呆気に取られていた。
「フフッ、面白い。それに大した推察力だ。私の所へ来たその度胸と人となりに敬意を表して全てではないが話をしてやろう。」
ウォレアはそう言って、小さな端末を取り出す。
「出元の情報はもう半世紀以上昔の話だ。惑星コーラルの軍部ではとある計画が進行していた。それがハミルの見たデータにもあったマザー計画だ。その計画がどうなっているか等は今関係ないので省く。その計画の一端で生み出された実験体の中で戦闘用生物兵器の中の一体に「CHAO」とコードネームが付けられたものが居た。それが、メディカルセンターの前外科部長のチャオだ。そして、ここから先は推測だが、その遺伝子を何らかの形で受け継ぎ存在しているのがミャオだろう。そうでなければ、あそこまで似ている訳がない。」
余りの話の飛び方に、落ち着いていたハミルもセプテイルも驚いていた。
「チャオはきっと優秀だったに違いない。この情報がなければ、こんな事実には辿り着ける痕跡は何処にも残っていなかった。多分チャオ本人がデータを消したのだろう。本人が死んでから約20年。何故こんな情報がいきなり出てきたのかは私には分からない。もしかすると偽造された情報なのかもしれない。」
「でも、チャオ前外科部長の情報だとして何故ミャオ先生が狙われるんですか?」
ハミルは困惑した表情で聞く。
「言ったろう。【遺伝子を何らかの形で受け継ぎ存在しているかもしれない】と。マザー計画の関係者か、戦闘用生物兵器の研究の関係者なら、ミャオを調べたいと思う。これでは答えにならんか?」
「いえ・・・。という事はセプテイルさんを雇ったのもその辺の存在かもしれないと言う事ですね。でも、ウォレア准将の立場では、変な言い方ですが本来であればミャオ先生を連れて行く方へ回ると思うのですが、何故助ける方に?」
納得の行く答えを貰ったハミルだったが、もう一つの疑問をぶつけてみた。
(マザー計画・・・マザー計画・・・。どっかで聞いた覚えがあるんだよなあ・・・。何処だったっけな。っていうか何であたしがこの単語に引っ掛かるんだ?)
ハミルの横では少し首を傾げながらセプテイルの方は考えていた。
「私はある方からミャオの保護を頼まれている。その約束を守る為だ。念の為言っておくが軍の上層部からの命令などではない。この事に関しては二度と言わんし、質問は受け付けん。」
「分かりました。では、改めて言わせて下さい。私はどうなっても構いません。ミャオ先生を守って下さい。お願いします。」
ハミルは納得した後、深々と頭を下げながらお願いした。
「ハミルちゃん、教官はハミルちゃんのお願いがなくても・・・。」
「セプテイルさん。私は命の恩人にお願い事をしているんです。今私の出来る最大限の誠意を見せるのが筋です。違いますか?」
鬼気迫る表情で、セプテイルの胸倉を掴みながらハミルは聞く。
「えっ、あっ、う、うん、そうだね。なんて言うか、その、ごめんなさい。」
セプテイルは今まで見た事もないハミルの姿と迫力にタジタジになりながら謝っていた。
「フッ、ハミル。」
「あっ、はい、すいません。」
少し笑ったウォレアから静かに呼ばれたハミルは、セプテイルを放して恥ずかしそうに答えながらウォレアの方へ向き直った。
「お前は今まで通り、自分に出来る事を精一杯やってミャオの傍に居れば良い。ただ、今日の話はちゃんと墓まで持って行ってくれ。それが、ついでとは言えお前の命の恩人になった私からの願いだ。」
「ウォレア准将・・・。ありがとう・・・ございます・・・。」
(願いって・・・。やっぱりこの人根は良い人だわ。)
ウォレアの言葉を聞いて、ハミルは胸が熱くなって少し涙を流しながらお礼を言って頭を下げた。
「それで、セプテイル。どうした?気になる事があるのか?」
「あ、いえ、実は何故か教官の【マザー計画】っていう単語に何か引っ掛かりを覚えるんです。正直あたし自身何でなのか分からなくて。」
ウォレアに聞かれて、セプテイルは苦笑いしながら困ったように答える。
「私の推測が正しければお前がこの単語を今以外聞く事は無い筈だ。気になるな。もしかすると事故前後の記憶が無い部分なのかもしれん。」
「あっ!」
思わず叫んだセプテイルをハミルとウォレアは見る。
「断片的だけど・・・思い出した・・・。教官すいません。呼べるならメリア呼んで貰えませんか?」
「ここにか?」
「そうです。」
ウォレアの問いに、セプテイルは間髪居れず答える。
「構わん。聞こえているなメリア。すぐ来い。」
返事を聞いたウォレアの対応も素早かった。
「あの、私はまだ居ても良いのでしょうか?」
ハミルは少し困惑した表情で、二人を交互に見ながら聞いた。
「どうするセプテイル?何ならハンターズライセンスを持つ私の部下に送らせても構わんぞ。腕は保障する。」
「いえ、あたしが連れて帰らないとミャオちゃんが不審に思うでしょうから。ごめんハミルちゃんお墓に持って行くお話増えるかもしれないけど、もう暫く居て一緒に帰って貰えるかな?」
「分かりました。では、私は黙って静かにしていますね。」
ハミルは答えた後、静かに座った。
「お待たせ致しました。メリア大佐参りました。」
少ししてドアが開くと、敬礼して挨拶をしてからメリアが部屋に入って来た。
「ご苦労。さあ、セプテイル、メリアが来たぞ。」
「メリア。あたしが事故にあった時、離れた場所から情報収集してた?」
「ええ、大騒ぎだったし。流石に私や閣下はラグオルには降りれなかったけれど集められるだけの情報は集めて閣下にご報告申し上げたわ。」
(凄く自然で慣れたやり取りね。言ったらセプテイルさんが怒りそうだけど。)
見ていたハミルは三人を見比べて感心していた。
「その時のデータって保存とか保管とかってしてある?」
「無論よ。」
「今ここでそのデータ引っ張り出せる?」
「一部を除いてなら出来るわ。」
「ん?一部を除いて?メリア、大佐のお前でも制限掛けられている部分があるのか?」
メリアの言葉にウォレアは訝しげに聞く。
「いえ、制限レベルではなく、プロテクトが掛かっているというか・・・掴みきれない情報が幾つかあるのです。」
「そんな報告は受けていないぞ。」
「それが、その情報で欠けた情報もなく、そのデータのファイルが消えたり現れたりとウイルスやバグではないかと言われていまして・・・。ご報告しようとする時に限って姿を消すような感じなので【ゴースト】と呼ばれています。」
少し冷たく言うウォレアの言葉に、申し訳無さそうにメリアが答える。
「何か変な事があるんだね?えっと、まあ欠けてないなら画像と音声のデータ引っ張って見せて貰える?」
「閣下宜しいのですか?」
「構わん。私が責任を持つ。【ゴースト】の方は名前だけ私も聞いた事がある。私はそちらを探してみる。メリア、セプテイルに全面的に協力しろ。」
「かしこまりました。」
ウォレアとメリアの慣れたやり取りが終わると、二人は別々に座って端末を操作し始める。
少しすると、メリアの操作する端末から悲惨な事故の起こったシーンや、その後の現場などが映し出されて行く。セプテイルはそれを真剣な表情で見ながら、片耳にはインカムをつけて音声データも一緒に聞いていた。
(【ゴースト】か。そんな不確定ファイルを見た試しが無い。だが、実際にファイルとして見た者が居ると言うメリアの言葉は無視出来ん。)
ウォレアの方は端末を弄りながら、軍内のサーバーデータを見渡していた。しかし、メリアの言う【ゴースト】は見当たらなかった。
(あれ?)
黙って様子を見ていたハミルはウォレアの端末から流れているデータを見て違和感を覚えた。
(気のせいかしら?でも、ウォレア准将は私よりも精通してそう。言った方が良いのかしら?)
ハミルは迷いながら、チラチラとウォレアの方を見ていた。
「どうしたハミル?」
「えっ?あ、あの・・・。」
端末を見たままのウォレアに突然聞かれて驚いたハミルは作業をしているメリアとセプテイルを見ながら言いよどむ。それを見たウォレアは察して黙って手招きをしてハミルを呼んだ。ハミルの方はそれに応えてソロソロと寄って行った。
「構わんぞ言ってくれ。」
近くまで来たハミルに小声で言う。
「では、失礼して・・・。そのデータの流れの途中で変な違和感があったんです。」
「違和感?」
ハミルの言葉に、ウォレアは不思議そうに聞き返す。
「あの、見てはならない情報だと思うんですが・・・。」
「気にするな。今の見ていたデータを巻き戻す。何処で感じたか言ってくれ。そこで止める。」
(こういう感覚はやはり機械ではない者に与えられた特権なのかも知れんな。)
ウォレアは一瞬だけメリアを見て、ハミルの方へ視線を戻した。
「はい。」
(多分ミャオ先生のあの時の感覚なんだわ・・・・。)
返事をしながら、ハミルはミャオとのやり取りを思い出していた。