案内


・・・ホテル「シーブルー」・・・
表に海を模した球形のエントランスを構えるパイオニア2では新しいホテル。
「海・水・青」をコンセプトにして作成され、下の階にはレストランやショッピングセンターを配し、中層階には一般人向け宿泊施設。上層階にはVIP対応の宿泊施設と完全予約制の展望レストランを備える。
VIPが泊まったり、訪れる際には大体表に警備のものが居るが、今日はそういう類の姿は表には見当たらなかった。
「は〜、ハミルちゃんここで食事ってもしかして上なのかねえ。」
ミャオにハミルの護衛を頼まれたセプテイルはホテルの表でハミルの様子を伺いながら呟いていた。

「ハミルと申します。あっ、メディカルセンターのハミルです。」
「メディカルセンターのハミル様ですね。少々お待ち下さい。」
ハミルがホテルの受付で名乗ると、向こうは分かっている様子で奥に消えて行くと少しその場で待たされる。
(むぅ、ここに来てるって事は上の展望レストランだな〜。良いなあ。ここの料理美味しいんだよねえ。)
セプテイルはロビーの少し離れた所に座って、羨ましそうにハミルを見ていた。
「あ〜あ、ハミルちゃん誰と食事するんだろ。そうそう、この海鮮系の料理が美味しいんだよねえ。」
ハミルから目を移して、今座っているシーブルーの展望レストランの案内やメニュー紹介を見ていた。
「ん?」
【申し訳ございませんが、本日展望レストランは貸し切りの為、御利用出来ませんのでご注意下さい】
セプテイルは最後に流れてきたアナウンスの文章に表情が硬くなる。
(貸し切り!?ハミルちゃんが貸し切るとは思えないし、どういう事?)
眉をひそめながら再びハミルの方へ目を向けた。

「ハミルさんですね?」
「はい。貴方は?」
横から声を掛けられて見てみると、立派な軍の制服に身を包んだ女性が立っていた。少し警戒しながらハミルは聞き返した。
「大変失礼致しました。私はメリア大佐と申します。ウォレア准将閣下からハミルさんの案内を仰せ付かって参りました。」
メリアは敬礼をしてから、用向きを短く説明した。
「これは、ご丁寧にどうも。それでは案内宜しくお願いします。」
ハミルは少し微笑んでから頭を下げながら言った。

「ぶっ!?」
セプテイルはその様子を見て吹き出していた。
(な、何でここにメリアがいるの!?)
驚いたままの顔で思わずまじまじとメリアを見続けてしまっていた。その間に、二人はエレベーターの方へ移動していっていた。
「ちょ、ちょっと・・・。」
(ハミルちゃん、メリアとどういう関係?)
疑問に思いながらも急いで立ち上がって、セプテイルも二人を追いかけるように移動していった。

シュイン
ハミルとメリアが乗った後、閉じそうになるギリギリでセプテイルがエレベーターに滑り込んだ。
「このエレベーターは展望レストラン直通よ。セプテイル・・・。」
メリアはハミルをエレベーターの奥へ移動させ庇うように立って、後から来たセプテイルと向き合った。
「メリア・・・。何でここに・・・。」
複雑な表情になって、もっと色々言いたかったセプテイルだが、それしか言葉に出来なかった。
「それはこちらの台詞よ。今日、展望レストランは軍の貸し切り。貴方を呼んだ覚えは無いわ。」
メリアは涼しい顔で言い切る。
ドンッ、カチャッ
「答えになってない。」
セプテイルはメリアを壁に押し付けて、銃を突きつけながら言った。
「ぐっ・・・。着けば・・・嫌でも分かるわ。大人しく下で待っていれば良かったのに。」
「どういう意味だ?」
(メリア・・・お前は昔からそうだ・・・。いつもそういう言い方で・・・。)
メリアの思わせぶりな言葉を聞いて頭に来たセプテイルは、更に腕を喉に押し当てて冷たく聞く。
(どうしよう・・・。)
ハミルは二人のやり取りを見て止めようか迷っていた。
「答えろメリア。」
シュイン
銃をメリアの額に突きつけながらセプテイルが言った瞬間、エレベーターが展望レストランのある階に到着して開いた。
出口の前には、将校の軍服を着て腕を組んでいるウォレアと他に数人の軍人が銃を構えて立っていた。
「教官!?」
(何で?・・・しかも制服で?)
セプテイルはウォレアがここに居る事の意味が分からずに呆気に取られながら言う。
「セプテイル、メリアを放して貰おうか?」
「あえて言いますよ。メリアは人質です。何でここに居るのかとか説明して貰えますよね?」
ウォレアに言われて我に返ったセプテイルは、メリアを盾にして後ろに回りながら聞く。
「メリアを人質に取らんでも、ここまで来たという事は隠し玉位用意しているという事だろう。私はその後ろに居るハミル看護婦からたっての願いで話す場を設けただけの事だ。」
「ハミルちゃん、それ本当なのっ!?」
ウォレアの言葉に再び驚いて、セプテイルはハミルに聞く。
「はい・・・。」
「ええぇぇっ!?」
(ど、どういう事!?)
「その驚き様は、やはり知らなかったようだな。私もまんまと騙された。」
少し面白そうにウォレアは驚いているセプテイルを見ながら言う。
「メリアを解放してそのまま真っ直ぐ帰れば見逃してやる。どうだセプテイル?」
「・・・。」
(教官は本当に見逃してくれるつもりだ・・・。でも、ミャオちゃんとの約束もあるし、ハミルちゃんの真意も知らないといけないし・・・。)
続けて出たウォレアの言葉に、セプテイルは悩んで黙り込んだ。
「答えは後でも良い。ハミル、話を聞こうか。」
「えっ、あ、でも・・・。」
エレベーターの一番奥に居るハミルは傍に居るセプテイルとメリアの状況を見て困ったような顔になっていた。
「セプテイル、ミャオへの顔立てはしてやる。それと、話を聞いても構わんが聞いたらそれなりの覚悟が居る事になる。それだけに、ハミルはお前とミャオに気を遣って話をせずに何とか解決を模索しようとして私とのこの場を望んだのだ。」
「本当なのハミルちゃん?」
半信半疑のセプテイルはハミルの方を見て聞く。ハミルの方は、気不味そうだったが黙って頷いた。
(うわぁ、参ったねこりゃ。教官ミャオちゃんの事とか全部知ってるっぽいし・・・。)
ハミルに頷かれてセプテイルは苦笑いしながら困っていた。
「さあ、セプテイル。選択しろ。ここでハミルと一緒に死ぬか、一緒に生きて帰るか。」
ウォレアの言葉にセプテイルの背筋は寒くなった。ハミルの方を見ると、何故か自分を微笑んで見ていた。
「はぁ・・・。」
(ハミルちゃん・・・死ぬの覚悟の上だったのか・・・。)
ハミルの意思を察したセプテイルは溜息混じりに銃を降ろして、メリアを解放してエレベーターから押し出した。
「メリア、今日の客は二人だ。丁重にもてなせ。」
「ごほっ、こほっ・・・。はっ。」
咳込んでいるメリアに向かってそう言うと、ウォレアは背中を向けて奥へと歩いて行く。それを聞いて、メリアは体勢を立て直してから敬礼して返事をした。更に周りに居たエレベーターの方へ一斉に銃を向けて構えていた軍人達は銃を構え直して周りを警戒し始めた。
「どうぞこちらへ。」
メリアはそう言って、ハミルとセプテイルを促して奥へと歩き出す。
二人は招かれるままに歩き出した。
「すいません。セプテイルさん・・・。」
ハミルは申し訳無さそうに謝る。
「いや、あたしがここに来ちゃったのがいけなかったんだよ。謝る事なんて無い。あたしも勘が鈍ったかな。メリアが居る時点で教官も居るって考えに行き着いてなかったからさ。」
「そうなんですか?」
不思議そうにハミルが聞く。
「うん。さっき軍の広報役としてメリアが生で会見やってたの見たからさ。まさかこんな所にメリア本人が居ると思わなかったし、何で居るの?ってのが大きくて教官と一緒とは思わなかったんだよ。」
苦笑いしながらセプテイルは答える。
「軍の謝罪会見で今日私を出させたのは、閣下の御考案です。勿論、今夜ここでの事を穏便にする為にね。」
二人の会話に、前を歩いているメリアが説明する。
「これだけ目立つ所で、仲の悪い軍の広報官とメディカルセンターの看護婦の組み合わせだもんね。あの会見で、一部闇に葬られていた事件の真相に関して軍は報道規制をしていない事とメディカルセンターや総督府と協力していきたいって言ってたもんね。軍とメディカルセンターは協力していますよ〜っていう良い宣伝にもなってる訳だ。」
「ここから、二人が生きて帰れば、ね。」
セプテイルの言葉を聞いて、メリアは静かに付け加えるように言う。
「・・・。」
ハミルとセプテイルは思わず無言で見合っていた。
「言わなくても分かっていると思うけれど、セプテイル。」
「何?」
メリアの言葉に不機嫌そうに聞き返す。
「さっきの答え、必ず閣下に言いなさい。今はまだ宙ぶらりんな状態だから。」
「分かってる。メリアがあたしに忠告してくれるなんてどういう魂胆?」
答えた後、皮肉交じりに聞き返す。
(セプテイルさんはメリアさんの事が嫌いみたい・・・。関係を話してくれなかったけれど、きっと昔に何か因縁があるのね。)
二人のやり取りを黙って聞いていたハミルはセプテイルの横顔を見ながら、少し苦笑いしていた。
「私一人ならともかく、閣下がいらっしゃる前で魂胆など無いわ。」
「どうだか・・・。」
「信じようが信じまいが構わないわ。貴方や閣下さえも欺いたこのハミルさんの今夜の命運は貴方に掛かっているという事よ。」
「興味はハミルちゃんって訳か。あたしはどうでも良いんだ?」
「その事は閣下にお聞きなさい。私が答えるべき事ではないわ。」
「ちっ、相変わらず煙に巻くのが上手いな。流石は【鉄の女】だよね。」
舌打ちした後、セプテイルなりに最も皮肉を込めた言葉を発した。
「私の事は何とでも好きに言いなさい。さあ、この奥に閣下がお待ちだから。失礼の無い様に。」
一番奥の部屋の前について、二人の方へ振り向くとそう言って中へ促す。
「メリアは同席しないの?」
「また貴方に人質に取られると不味いから遠慮するわ。」
「で、本音は?」
メリアの答えに間髪居れずセプテイルが突っ込む。
「元より、閣下はメリアさんと一対一でのお話を望んでいらしたから。閣下からのお呼びが掛からない限り私は中には入らないわ。別室で食事をしながら待機よ。」
「了解。さ、ハミルちゃん。【鋼の鬼】に会いに行こう。」
「えっ?は、はい。案内ありがとうございました。」
セプテイルに手を引かれるままにハミルは体を預けて、最後に少し微笑みながらメリアにお礼を言った。
(セプテイルは昔と違って堅さが取れたわね。そして、やはりあのハミルという看護婦良い度胸だわ。)
「扱いに困る二人ね。全く。」
言葉ではそう言いながらも、少し笑ってメリアは部屋から離れ、自分の待機する部屋へと歩き出した。