世代を越えた出会い


・・・二日後 メディカルセンターSICU・・・

「先生。ここはモニターされていますか?」
ヴィーナは目を閉じながら、静かに聞いた。
「勿論だにゃ。まだ意識レベルが低いから無理に話したりしない方が良いにゃ。」
(だけど他の肉体的な部分は殆ど回復しているにゃ。驚異的といっても良いかも知れない回復スピードだにゃ。)
ミャオはデータを横目で見ながら答える。
「今も半分意識朦朧としているのですが、教えて下さい。私の手術をして下さったのは何というお名前の先生なんでしょう。」
「ん?それを教えたら黙ってくれるかにゃ?」
(まあ、黙ってくれにゃくても本人の為に薬剤追加投入して寝かせちゃうけどにゃ。)
ヴィーナの言葉にミャオは答えながら、念の為睡眠薬の薬液の準備をしていた。
「後で改めてお礼を言いたいのと、ハンターズとしてお話をさせて頂きたいと思っているので。それだけ分かれば黙ります。お約束します。」
「手術したのも経過を見ているのも私だにゃ。名前はミャオだにゃ。メディカルセンターに同名の医師は居ないから安心するにゃ。」
「ありがとうございました。お手数お掛けしますが、引き続き治療をお願いします。では、お約束通りこれで黙らせて頂きます。」
(やっぱり、チャオおばさんと似ているこの口調・・・。父さんはチャオおばさんに、私はミャオ先生に助けられた・・・。こういうのを運命っていうのかな・・・。)
お礼を言った後、安心したヴィーナはそんな事を考えながら意識が薄れていっていた。

(意識レベル低下・・・。どうやら眠ったみたいだにゃ。素直な患者さんで助かるにゃ。)
ミャオは培養液の薬剤をデータと目視の両方で確認しながら、一緒にヴィーナを見ていた。
『チャオ先生、ハミルさんから外出許可の申請が出ていますがどうなさいますか?』
急に胸のネームプレートから、文字のホログラフが映る。その隣に、ハミルからの申請内容が映る。
(今日・・・18時〜21時かにゃ。理由は外食で夕食は抜き。消灯ギリギリだけど3時間くらいなら構わないかにゃ。セプテイルに護衛を頼めば大丈夫だにゃ。)
ミャオは内容を確認してから、『許可』の方にチェックを入れてデータを送り返した。
その後、もう一度培養液のデータを確認してからSICUの部屋を出た。

『ミャオ先生、ヴィーナさんのご家族の方がみえられているのですが如何致しましょうか?』
廊下を歩いている時にインカムから声が聞こえてミャオは立ち止まる。
「今どこか空いてる待合室か控室あるかにゃ?出来れば待合室が良いんだけどにゃ。」
『えっと、待合室の空室はっと・・・。ありますね。第8待合室が空いています。』
「そしたら悪いんだけど、今すぐ予約取って貰えるかにゃ。時間は2時間でお願いにゃ。」
『はい、では予約してそちらにご案内しますね。』
「うん、ありがとにゃ。私はSICUに戻ってヴィーナさんのデータをすぐに集めて向かうにゃ。」
『では、その旨もお伝えしておきますね。』
「宜しくにゃ〜。」
ミャオはやり取りをしながら、来た廊下を戻ってSICUに向かって歩いていった。

・・・第8待合室・・・
シュイン
「お待たせしましたにゃ。」
ミャオは入ってから既に座っている、大きな体の男性と普通より少し大きいかもしれないが、対比的に見て小さく見える眼帯をした女性へ挨拶した。
「いや、今来たばっかだしな。」
「あんた、先生なんだからもう少し言葉選びなよ。」
気楽に言う男性に、女性の方が恥ずかしそうに肘打ちを入れて言う。
「いえいえ、構いませんにゃ。私は気にしませんから、気楽にして下さいにゃ。」
ミャオはにっこり笑いながら言って、二人の前に座った。
「話が分かってくれそうで何よりだ。俺は患者の父親のメビウスでこっちが母親のヴィクスンだ。どうも俺は堅っ苦しいのが苦手でな。それで、先生。ヴィーナの様子はどうなんだ?」
「お二人とも、ハンターズだとの事なので、あえてこれをお見せしますにゃ。」
メビウスに聞かれて、ミャオは運ばれて来た直後の悲惨な状態のヴィーナの様子を端末からホログラフで映し出した。
「酷えなこりゃ。」
「こんなに・・・。」
二人は渋い顔をしてホログラフを見ていた。
「運ばれて来た時点で、総督府からの付き添いの方の話では爆発事故との事ですにゃ。」
「この傷で爆発事故!?」
ミャオの言葉にメビウスがありえないと言った顔で声を上げる。
「あんたっ!先生の説明中だよ。」
「ああ、悪い・・・。」
ヴィクスンに突っ込まれて、メビウスは頭を掻きながら静かになる。
(にゅっくっく。何か漫才みたいだにゃ。)
「構いませんにゃ。疑問があればいつでも仰って下さいにゃ。」
ミャオは二人のやり取りが何となくおかしくて笑いそうなのを内心で堪えながら冷静に言っていた。
「先生の見解として、これは爆発事故だと思うか?」
メビウスは真剣な表情でミャオに聞いた。
「私も手術に携わったチームの全員の意見も一致していますにゃ。爆発事故の破片をまともに受けてもこのような傷にはなりませんにゃ。意図的に何者か、もしくは何かによって付けられた傷ですにゃ。」
つまりそれは、誰かにやられたって事だよね?」
ヴィクスンが間髪居れず聞き返す。
「そういう事ですにゃ。ただ、その事に関しては私やメディカルセンターに聞かれても分かりませんにゃ。総督府にお問い合わせ下さいにゃ。」
「確かに正論だな。先生さ、何で先生だけでなくそのメンバーってのも全員そういう意見になったんだ?まあ医学的なもんはわからねえからそういうもんなら仕方ないけど、出来たら分かり易く教えてもらえねえかな。」
「分かりましたにゃ。と、その前に安心して頂く為に、現在のヴィーナさんの状況をお見せしますにゃ。」
ミャオはそう言うと、端末の別のボタンを押す。今映っていた悲惨な怪我の映像が消えて、代わりにSICUの内部の映像が映し出される。
「これが今現在、リアルタイムでのヴィーナさんですにゃ。クローニングを断られたので特殊な方法での手術や治療を行っていますにゃ。経過は順調で怪我の跡も今朝には完全に消え去りましたにゃ。」
ミャオは説明しながらヴィーナの画像を映しているカメラ視点を変えていた。
「凄えな・・・。先生の言ったとおりホントにさっき見た傷全部消えてるぜ。」
「ふぅ・・・。」
映像を見ながら驚くメビウスと対照的にヴィクスンはホッとして溜息をついていた。
「肉体的にはほぼ100%に近い位回復していますにゃ。正直ここまで回復の早い女性患者さんは初めてで驚いていますにゃ。後は、意識レベルの回復をゆっくり行っていけば問題ありませんにゃ。一番の峠は最初にご連絡した通り初日で脱しているのでもう心配する事はありませんにゃ。ただ、特殊な治療なので一般病棟に移ったり面会がまともに出来るのは後数日掛かると思いますにゃ。」
ミャオは二人を安心させるように丁寧に説明した。
「そいつを聞いて安心した。な、ヴィクスン言った通りそんなに心配しなくても大丈夫だっただろ?」
「まあ、そうだね。先生、さっきの酷い傷も綺麗にして貰ってありがとうございます。」
ミャオの説明とメビウスの言葉に心底ホッとした顔になってから、ヴィクスンはミャオに頭を下げてお礼を言った。
「頭を上げて下さいにゃ。患者さんを助けるのが医師としての当然の勤めですにゃ。お二人もハンターズとして人助けをしている事となんら変わりありませんにゃ。」
ミャオはちょっと困ったように、ワタワタしながら言っていた。
「メディカルセンターには俺も娘のヴィーナも二代に渡って助けて貰った事になるな。」
「お父さんも手術とかなさったんですかにゃ?」
メビウスの言葉に興味を引かれてミャオは聞いてみた。
「ああ、既にここを辞めてたんだが俺が生死の境に居る時に、チャオっていう元ここの外科医に助けて貰ってな。お陰で、この綺麗で可愛い嫁さんとも出会えたし、娘にも恵まれた。先生はそのチャオにそっくりなんだよな。だから思わずチャオってよんじまいそうになる。もう20年も前に寿命で死んじまったんだがな。」
メビウスは昔を思い出すようにミャオに対して言う。途中で『綺麗で可愛い嫁さん』と横目で見られながら言われたヴィクスンは赤くなっていた。
「そういう事があったんですにゃ。チャオ元外科部長の話はメディカルセンター内で知らない人は居ないくらい良く聞きますし、私と良く似ているというのも言われますにゃ。とっても患者さん思いで優秀だったと聞いていますにゃ。私なんてまだまだ・・・足元にも及びませんにゃ。」
説明しながらも、最後は苦笑いしながらミャオは言う。
「ヴィーナさんが、初日に一度だけ意識を取り戻した時に、私を『チャオおばさん』と言って勘違いしたみたいなのですが、チャオ元外科部長とはお知り合いなのですかにゃ?」
「ラグオルで死にそうな俺をわざわざ大金まではたいて助けてくれた命の恩人であり大切な仲間だったってとこかな。ヴィーナが生まれる時も色々面倒見て貰ったし、ヴィーナにテクニックを色々教えたのもチャオだ。まあ、俺が父親でその知り合いだからチャオの事を『チャオおばさん』ってヴィーナは呼んでたな。」
「あたいもチャオには色々世話になったよ。医者だけじゃなくて看護婦もやっていたから初めてのヴィーナの子育ても手伝って貰ったりね。チャオお姉ちゃんって呼びなって言ってたんだけど、チャオが別に構わないって言ってくれてね。多分、チャオも語尾に先生と一緒で『にゃ』が付いてたから姿と言葉で勘違いしたんじゃないのかな。」
「にゃるほど。納得ですにゃ。」
話を聞いて、ミャオはウンウンと何回も頷いていた。
「あっ、すみませんにゃ。本題に戻らせて頂きますにゃ。お父さんからの質問にお答えしますにゃ。また、見るには辛い画像が出ますが勘弁ですにゃ。」
ミャオの言葉に二人は首を横に振って、構わないと言う顔になる。それを見て、ミャオは画像を切り替えた。
「では、いくつかの傷のサンプルを元に説明しますにゃ・・・。」
メビウスとヴィクスンは真剣な表情で静かにミャオの説明を聞いていた。

「以上の事から見て、これは人為的に出来た傷だという全員一致の意見になりましたにゃ。」
「なるほどな。俺は見慣れてっからおかしいのは分かるが、今までのそういうデータみたいのからも納得出来る答えを引き出せるんだな。」
「まあ、それも先生達が検死解剖にも立ち合ってるからっていうのもあるね。」
ミャオの意見にすっかり納得した二人はそれぞれ向かい合って言っていた。
「先生、細かい所までありがとうな。これはヴィーナ自身分かってる事じゃねえかと俺は思ってる。ただ、総督府じゃ爆発事故って事にしたいんだろうからあんま表に出さないでくれや。」
「分かりましたにゃ。あくまでも今回はご家族の方に真実を伝えたいという私の判断ですにゃ。後は、ヴィーナさんの治療に専念しますにゃ。容態が良くなって、一般病棟に移れるようになりましたらご連絡差し上げますにゃ。」
メビウスの言葉に答えてから、にっこりと笑いながら言う。
「娘を宜しくお願いします。」
ヴィクスンは立ち上がって頭を下げる。
「お任せ下さいにゃ。次はヴィーナさんと直接お会い出来ると思いますので、もう少しお時間下さいにゃ。」
「オッケー。それじゃあ、先生も忙しいから俺等はこれで帰らせて貰うわ。それじゃあ、宜しく。行くぞヴィク。」
「あいよ。それでは失礼します。」
ミャオは二人が出て行くのを軽く頭を下げながら見送った。
(流石はハンターズの両親だにゃ。微動だにせずに説明を聞いて納得してくれたにゃ。それと、チャオ元外科部長と知り合いだったんだにゃ〜。)
その後、ちょっと感慨深げに思いながら、ミャオは残ったお茶菓子をつまんでいた。

「あんた。ヴィーナには聞くのかい?」
「いや、聞かねえし、俺から総督府に言うつもりもねえ。」
ヴィクスンとメビウスはメディカルセンターの廊下を歩きながら話していた。
「もう子供じゃねえんだしな。それこそ、余計な事したら怒るんじゃねえのか?」
メビウスは少し笑いながら言ってヴィクスンに聞く。
「まあ、十中八九怒るさね。あたいやあんたと違ってしっかりしてるから。つまり、自分の身に起こった事は自分でって事だね?」
「そういうこった。だから俺はヴィクとイチャイチャすんだよ。」
「あんた、またそんな・・・って!?」
ヒョイ
怒ろうとしたヴィクスンを軽々とメビウスは抱きかかえてお姫様抱っこ状態で歩いて行く。ヴィクスンの方は真っ赤になって何も言えずにそのまま運ばれていた。
途中で患者と勘違いされたりしたが、メディカルセンターの外まで出てきた。
「もうっ!あんたはっ!」
ヴィクスンは照れ隠しもあってか表に出た途端自分から飛び降りてメビウスに怒鳴った。
「家までそのままでも良かったんだぜ?」
「いいよ・・・恥ずかしいさね・・・。」
メビウスが不思議そうに聞き返すと、ヴィクスンは消え入りそうな声で言う。
「そうか?良いなら抱えてくぞ。」
「そうじゃないさね!普通に歩いて帰る!」
ヴィクスンはそう言って、先にズカズカ歩き始めた。
「何怒ってんだか。ま、いっか。」
(しかし、俺もヴィーナも救われるってのは、縁なのかねえ。なあ、チャオどうなんだ?)
メビウスは少し空を見上げた後、ヴィクスンの後を追って歩き始めた。