出会い再び


・・・第2SICU・・・

SICUとはICUの中でも特殊な医療器具の入っている病室の事である。
実際にこの中にある器具を取り扱える医師も補助するチームメンバーも限られていた。
ミャオは休暇中のメンバーも引っ張り出して、運ばれて来た急患の治療を行っていた。
既に治療を始めてから5時間が過ぎようとしていた。
「先生、患者さんのデータ全て不安定領から脱しました。」
チームの一人が細かいデータを見てから少しホッとしたように言う。
「うにゅっ。こりでとりあえずは大丈夫だにゃ。皆、緊急徴収に応えてくれてありがとうだにゃ。」
その言葉を聞いて、培養液に満たされたカプセルの前に居たミャオは内部に繋がっている特殊な手袋から手を抜いて回りに頭を下げながらお礼を言った。
「ミャオ先生からの呼び出しじゃあ応えないと罰当たるし。それに、私この患者さん知っているんですよね。」
「ふみゃっ?そうなのかにゃ?」
ミャオは不思議そうに聞き返した。
「ええ。ハンターズの若き幹部、ヴィーナさんです。少し前に街で助けて貰ったんです。今回の事で少しは恩が返せたかなと。」
チームの一人は少し嬉しそうに答える。
「にゃるほど。ハンターズだったんだにゃ。それにしても、怪我として酷いけどここまで見事な切り傷見たこと無いにゃ。」
ミャオはさっきまであった、あちこちの運動神経節までの切断や、完全な致命傷にならない切り傷に苦笑いしながらも感心していた。
「連れてきた人は爆発事故って言ってますけれど、違いますよねえ・・・。」
「うん。どう考えても意図的にやられたとしか思えないね。爆発事故だとして、破片が飛んで来て当たってもこの切り傷はありえないよ。」
別のチームの二人が、連れて来られた時のデータを見ながら話し合っている。
「あれだけの怪我をして、クローニング治療を拒むのはおかしいですよね。」
「そりは、同意だにゃ。ただ、本人が意識のある間に言ったとあっては仕方ないにゃ。ここ使うのなんて数年ぶりかにゃ〜。」
ミャオは前回使った時の事を思い出しながら言っていた。
「もうこの薬剤も製造中止されていますし、同じ手術や処置は、出来ても後数回が限界でしょうね。」
チームの一人は培養液を見ながら言う。
「そうだにゃ〜。こりを私の掛かる半分以下の時間で治療出来ちゃう部長とか、もう居ないチャオ部長がメディカルセンターの双璧だって言われてたのを実感するにゃ。私はまだまだひよっ子だって思うにゃ。」
ミャオも培養カプセルを見て苦笑いしながら言う。
「それでも、ここを使えるのは今や部長とミャオ先生しか居ませんからね。凄い事ですよ。」
ミャオを慰めるようにチームの一人は静かに言う。
「私はもう20年近く外科医やってるけど、チャオ部長は10年で部長になってその頃には既にこれを使いこなしてたって部長から聞いたにゃ。部長なんてもっと短時間でこんなのどころかいまだに凄い事出来てるにゃ。私ももっとがんばらにゃいと・・・。」
ミャオは自分に言い聞かせるように呟きながら培養液の中の患者であるヴィーナに視線を移していた。
「ミャオ先生、患者さんの意識レベルが一気に上がってきています。多分気が付かれるかと。」
「分かったにゃ。」
言われてミャオはヴィーナの頭部の辺りに移動する。
「・・・こぽっ!?」
(えっ!?何?水中???)
ヴィーナは気がついて自分の状況が分からずに目を見開く。
「落ち着くにゃ!怪我の治療で今培養液の中に居るにゃ。慌てると肺に薬液が入って逆に苦しくなるにゃ。呼吸は出来るし、話す事も出来るからとりあえず落ち着くにゃ。」
「チャオ・・・おばさん?」
ミャオに言われたヴィーナは懐かしい口調に反応して呟く。本人の意識はボーっとしていてミャオの顔が歪んでおぼろげに映っていた。
(チャオおばさん?チャオ部長の身内なのかにゃ?でもニューマンには見えないにゃ?)
「私はチャオ部長ではないにゃ。ミャオっていうにゃ。物凄く酷い怪我してメディカルセンターに運ばれて来たんだにゃ。一つだけ答えてにゃ。本当にクローニング治療断ったのかにゃ?」
内心で不思議に思いながらもミャオは聞いた。
「はい・・・。」
それだけ返事するとヴィーナは再び気を失った。
「意識レベルゆっくりと低下中。メディカルセンターに居る事やなにかが分かって安心したのだと思います。怪我から来たものではないので安心して下さい。」
「そりは良かったにゃ。でも、やっぱり断ったんだにゃ・・・。にゃんでだろ???」
チームの一人の言葉にホッとしたミャオだったが、その後腕を組んで呟いていた。
「ミャオ先生どうしますか?今日はここまでにしておきますか?」
「にゅっ!?ああ、どうせだから傷を消す意味も含めてもう少しだけ治療しておくにゃ。そっちのデータにあるのを追加投薬してにゃ。皆、悪いけど後1時間付き合ってにゃ。」
ミャオはそう言うと、真剣な表情になって追加される薬で培養液の色が変わるのを見計らって再び特殊な手袋に手を入れた。


・・・軍内ウォレア准将自室・・・
「はい、その件に関しましては本人に聞いて欲しいと仰って頂ければ問題ございません。はい、お手数をお掛けしますが宜しくお願い致します。」
ウォレアの言っているモニターの向こう側には、少し不機嫌そうな将校が映っていた。
『それで問題になるようなら、君の処分も検討する事になる。』
「はっ。覚悟しております。」
『それでは失礼する。』
一方的に向こう側から通信が切れる。
「ふう、やれやれ。機械嫌いで頭の固い階級持ちは疲れるな。」
ウォレアは溜息をついた後、少し小馬鹿にしたように言う。
「聞こえているかもしれませんよ閣下。」
そこへ、傍に居るメリルからツッコミが入る。
「そうだな。だから嫌われるのかも知れん。まあ、良い。ヴィーナもあの失態を話せたとしても暫く先だろうからな。」
「何故です?メディカルセンターに運ばれたのですよね?クローニングですぐに出てくるのでは?」
メリルは不思議そうに聞く。
「いや、あいつはクローニングを断るだろう。どうも今回の関係者は効率を重視するというのから逸脱しているのが多い。まともに意識が覚醒して動けるようになるのは、早くても一週間は掛かるだろう。」
「そういうものですか。私には正直理解出来ません。」
何とも言えない感じでメリルは言う。
「無理に理解する必要は無い。そういう者が居る。という事だけ知っていれば構わんだろう。しかし、このハミルという看護婦随分としっかりした学歴やらを持っていてあえて看護婦のままか。メディカルセンターの内部事情は知らんが、婦長になっていてもおかしくない器はあると思うが。」
ウォレアはハミルのデータを見ながら不思議そうに言っていた。
「そうですね。閣下だと知りながら、味方をも欺いて再会の機会を願うほどの力量は大したものだと思います。」
「メリルからもそういう意見が出るか。セプテイルも気付かなかったに違いない。私もまんまと騙された。封じねばならん口かは直接会って見極める。ところで、ハーティーの方はどうだ?」
「それが・・・。」
ウォレアに聞かれてメリルは少し困った表情になる。
「やはり、軍人肌が染み付いてしまっているか?」
「はい、お察しの通りです・・・。正直正体を知られてしまうのは時間の問題かと・・・。」
分かってはいたもののあっさりと見抜かれて、メリアは申し訳無さそうに答える。
「ふむ。まあ、それも考慮の上だ。その時にどうハーティーが動くかに期待しよう。出来るだけの事だけはやって送り込め。」
「かしこまりました。もう少々お時間を下さい。」
「分かった。そのタイミングはメリアに任せる。私は今の立場で、総督府に揺さぶりを掛けるのと同時にラボの掌握に掛かる。」
「今度はお戯れの無きようお願い致します。」
メリルはさらっと釘を刺す。
「分かっている。軍の人間としてのお遊びは上の目があるからな。ラボの方はハンターズの介入が本格的になる前に必ず片付ける。メリアはハーティーとミャオの周辺の事をしっかりと頼むぞ。」
「はい、かしこまりました。ラボの方でも何かございましたら仰って下さい。」
「その時は声を掛ける。さて、会議に行くか。今回は将校だけとなっているからここで待機していろ。」
ウォレアは椅子から立ち上がって言う。
「いってらっしゃいませ。私の方はハーティーの教育の方へ行って参ります。閣下がお戻りになる時間には戻りますが、何かありましたらご連絡下さい。」
そう言って頭を下げると、ウォレアは軽く手だけ上げて部屋から出て行った。


・・・軍内講習室・・・
軍服ではなく、普通の洋服を着たハーティーが緊張した面持ちで立っていた。
少し離れた所ではメリアも、軍服ではなく洋服に着替えて座っていた。
「準備は良いかしら?ロールプレイ始めるわよ。」
「はっ!」
メリアの呼びかけに、ハーティーは敬礼して答える。
(洋服で敬礼してどうするの・・・。)
それを見て、メリアは何とも言えない顔になるが、そのまま一回手を叩く。それを合図にハーティーの周りにはホログラフで映し出された人込みが現れる。
良く出来ていて、中途半端な半透明間や違和感がなく本当にそこに人や物があるようだった。
(凄い・・・まるで本物・・・気配まで感じる・・・。)
ハーティーは少しキョトンとなったが我に返って歩き始める。
それを見てメリアは立ち上がって、近くにある変装セットを身に付け始めた。
少し歩くと、前方にミャオとハミルが歩いてくるのが見える。
「あ、あの・・・ちょ、ちょっと良いですか?」
背の高いハーティーは少しかがみながら二人を呼び止めてぎこちなく聞く。
「ん?何だにゃ?」
「どうかされましたか?」
「じ、実は道に迷ってしまって。ここに行くにはどう行ったら良いのか分かりますか?」
二人から聞かれて、緊張から少し汗を掻きながらハーティーは聞き返す。
「こりだったら、あっちだにゃ。」
「そうですね。今がここですから、あちらですよ。」
「あ、ありがとうございました。」
二人から言われてぎこちなくお礼を行って頭を下げる。そして、二人はハーティーから離れて行った。
「ふぅ・・・。」
緊張から解放されたハーティーは胸を撫で下ろして溜息をついていた。
「あの、すいませんがこちらの場所をご存知ですか?」
「はいっ!?」
急に呼び止められて驚いたハーティーは声のした後ろに振り向く。
見た事の無いメガネをかけた女性が、申し訳無さそうにしている。その手には小型端末があり、ホログラフが浮かんでいる。その場所は軍の一つの受付だった。
「はい、良く存じていますので自分が案内します。どうぞ、こちらです。」
さっきまでの焦りは何処へやら落ち着いた感じで対応する。
「ハ〜ティ〜、そうじゃないでしょう?」
目の前に居る女性がジト目になって言うと、声が変わる。そして、周りの景色が消えて講習室の景色に戻る。
「えっ!?その声はメリル大佐ですか!?」
ハーティーは驚いて見下ろしていた。
「貴方はハンターズのハーティー。こういう場合は、【軍の関係者に聞いて貰っても良いですか。】【すいませんが、わかりません。】辺りで答えるのが筋よ。それと、『自分』じゃなく『私』でしょ?」
「すいません・・・。」
(普通の特殊部隊の作戦行動なら難なくこなせそうだけれど、やっぱりこういうのは難しいのかしらねえ・・・。)
ガックリしながら謝っているハーティーをメリアは何とも言えない顔で見ていた。
「私としては正直貴方では無理ではないかと思っています。しかし、閣下からの直のご指名並びにご命令とあらば私として貴方に出来る事をしなければなりません。貴方も閣下の期待に応えられるよう頑張りなさい。」
「はい。お願いします。」
(メリル大佐はハッキリ仰って下さっている。何とかお二人のご期待に応えねば。)
ハーティーは真面目な表情になってメリルへ頭を下げた。
「では、パターンは変わるけれど再度始めるわよ。と、その前に、とりあえず、服装のチェックと、汗でへばりついている髪の毛を何とかなさい。」
メリアはそう言って、手鏡をハーティーに渡した。
「お借りします。」
ハーティーは受け取って、身だしなみを整える。
「はぁ〜・・・。ふぅ〜・・・。お願いしますっ!」
大きく深呼吸をしてから頷くとメリルへハッキリと言った。