ハミルとウォレア
・・・メディカルセンター 面会室・・・
ハミルは静かに目を閉じてウォレアを待っていた。
その腕からは点滴が繋がっていて、ゆっくりと落ちていた。
本当は普通に座って面会したいとハミルは言ったが、ミャオはそれを許さずに浮遊担架に寝ている状態だった。
ピ〜♪
呼び出し音が不意に鳴る。
「どちら様ですか?」
ハミルが聞くと、自動的にドアの前の様子が天井に映し出される。
『呼ばれて来たウォレアだ。』
「今開けますのでお待ち下さい。」
返事をすると、ハミルは手元にあるコンソールに手を触れる。
シュイン
ドアが開くと、ウォレアがゆっくりと入ってくる。
「そのような状態で、大丈夫なのか?」
ウォレアは浮遊担架に寝たままの状態のハミルを見て静かに聞いた。
「はい、この状態なら楽ですので問題ありません。今のようにウォレアさんの余計な心配をさせない為に、最初は普通に面会をしたいと担当医に言ったのですが、あっさりと断られてしまって。」
少し横を向いてハミルが苦笑いすると、浮遊担架が斜めになる。普通ならば重力で体も一緒にずり落ちそうになる筈だがそうならない。
「そういう、浮遊担架もあるのか。重力制御されているのか?」
ウォレアは興味深そうに聞く。
「はい、メディカルセンターでは現在この浮遊担架が基本で使われています。最初の切り替えはもう20年以上も前で、以前の外科部長のチャオ先生が導入なさったと聞いています。」
(チャオはそんな事もやっていたのか。)
「そんな前からあったのか。私はキャストなのでな、メンテナンスセンターしか知らない。確かにそれならば、面会も可能と言う訳か。」
内心で少し感心しながらウォレアは言っていた。
「ええ。ただ、見られていらっしゃる相手の心象があまり良くないかもしれません。その辺はご勘弁下さい。」
「いや、私はその辺についてのこだわりは無い。逆に聞きたいのだが、なぜクローニング処置などをしないのだ?そうすれば自然治癒力だけに頼る事もあるまい?」
ウォレアは不思議そうに聞く。
「そこは、私のわがままでして。勧められたのですが、自分が自分で無くなってしまうような気がして・・・。」
「そうか。多くは早期治療、治癒を選ぶものだがそうではないという事か。だが、それは本人の選択。他人がとやかくいう事では無かったな。すまんな余計な事を聞いて。」
「いえ。では、本題なのですが、今回の件に関して助けて頂いてありがとうございました。私だけでなく一緒に居た外科医も助けて頂いたみたいで。」
「まあ、すぐに気絶しなかったのは流石は外科医と言いたい所だが、逆に変なトラウマを残してしまったようだな。」
「それでも、命が助かったのです。それだけでも、感謝しなくては。外科医の方からもお礼を言っておいて欲しい旨と、直接お会いしてお礼が言えない事に関して申し訳ない気持ちを伝えて欲しいと申し付かっています。」
「その言葉、確かに受け取った。貴方も早く良くなってくれ。」
「助けてくれた上に、励ましのお言葉ありがとうございます。」
ウォレアの言葉に、ハミルは横になったまま頭を下げた。
「ところでウォレアさん、私の方からもお聞きして宜しいですか?」
「ん?別に答えられる事なら構わんが?」
ハミルに聞かれてウォレアは普通に返事をする。
「ウォレアさんはハンターズとして依頼を受けて私や外科医を守って下さったのですか?」
「いや、私はたまたま通り掛かっただけでな。そのような依頼は受けていない。その辺の詳細は総督府なり、別のハンターズの者に聞いて欲しい。」
「分かりました。後もう一つだけ、こちらはお願いになります。」
「ふむ。聞くだけは聞こう。」
「私と外科医を狙ったのは軍の人間なのです。その人間の所属や上司が誰なのかを調べて頂けませんでしょうか?」
「なぜ、それを私に?それこそ、ハンターズと軍が仲の悪い事位は知っているだろう?」
「はい、存じています。ただ、ウォレアさんの今の言葉を聞いていると、ハンターズではありますがお一人で行動なさる方なのかなと。それだったら、独自の情報網などをお持ちなのではと思ったからです。」
「ふむ・・・。」
(結構洞察力があるな、この看護婦。)
ウォレアはハミルの意見を聞きながら内心で少し感心しながらも警戒していた。
「狙われている理由や、守られている理由が当事者の私や外科医が分からなくて不安なのです。今後もまた同じ事が起こるのかと思うと・・・。私は一看護婦ですからともかくとして、外科医の方はベテランで腕の良い方です。もしもの事があったら、それこそ多くの救われる患者さんやその命を救う事が出来なくなります。」
「分かった。私の出来る限りはやってみよう。だが、所詮一匹狼のハンターズだ。期待はするなよ。」
「構いません。そう仰って頂けるだけで十分です。」
ハミルはそう言って微笑んだ。
「ハミルちゃんは役者だねえ。」
「凄く自然だにゃ・・・。」
モニタールームで二人の様子を見ていた、セプテイルとミャオはハミルの自然な対応に驚いていた。
「これが3人の検死解剖などのデータになります。参考にして頂ければと思います。」
そう言って、ハミルは点滴で繋がれていない手を差し出す。その上にはデータチップが乗っていた。
「良いのか?それこそ他のハンターズに渡した方が良いかも知れんぞ。」
「もちろん、そちらにもお渡ししますのでご心配なく。」
「では遠慮無く頂く。」
ウォレアは受け取って、携帯している小さなバッグに入れる。
「メディカルセンターには出来るだけ迷惑が掛からない様にこの情報を使わせて貰う。」
「ご配慮ありがとうございます。」
(うくっ・・・傷口が・・・。)
少し顔を歪めながらも、ハミルはお礼を言った。
「顔色が悪いな・・・。長居しては体に障る。私はこれで失礼する。お大事に。」
「お忙しい中、わざわざのご足労ありがとうございました。」
「いや、挨拶などは良い。そのままゆっくり休んでくれ。この情報を生かして少しはマシな結果を出せるようにする。外科医の方にも宜しく伝えてくれ。」
それだけ言うと、ウォレアは病室から出て行った。
「ふぅ・・・。」
(私、役者になれる素質があるかもしれないわ。)
痛みで少し脂汗を垂らしながら、ハミルは安堵の溜息をついた。
ウォレアの方はメディカルセンターを出た後、ハミルから受け取ったデータチップを手から同一化させて中身を確認した。
(ふむ、3人の情報・・・。ん?これは・・・。)
『ウォレア准将殿
改めまして、メディカルセンター看護婦ハミルと申します。メディカルセンター内の目もありこのような形でのご挨拶をお許し下さい。
さて、今回の件ですがウォレア准将が偶然あそこを通り掛ったというのは嘘だと私は思っています。そして、私も助けて下さいましたが、本当はミャオ外科医を救う事が目的だったとも思っています。』
(あの看護婦・・・とんだ食わせ物だな・・・。)
ウォレアはビームアイを細めながら続きを読み始めた。
『私自身、まだ出していない重要な情報を持っています。ウォレア准将はこの情報を元に独断で動かれていらっしゃるのだと思います。私は最初この情報を知った時は自分の胸に閉まって死んで行こうと思っていましたが、今は迷っています。私には情報処理能力や、看護婦、外科手術補助は出来ても、人どころか自分を守る術がありません。今回の事でそれを思い知りました。今一度、ウォレア准将とお話をさせて下さい。その代償は、情報と私の命です。それでも足りないようならば、出来る限りご用意させて頂くつもりです。どうか早い内に、再会の機会を下さい。宜しくお願い致します。』
「・・・。」
思わず歩みを止めてウォレアはその場で腕を組む。
(この看護婦・・・メディカルセンターのサーバーに行った情報を見たか・・・。ミャオに情報を教えてはいないようだな。大した奴だ。メディカルセンターの看護婦にしておくのは惜しいな。)
そう思いつつ、再び歩き始める。
「メリア。聞こえるか?」
『はい、聞こえております閣下。どうかなさいましたか?』
「これから帰る。」
『はい。お戯れは程々にと申し上げましたのに。総督府では騒ぎになっていますよ。』
「構わん、それでハーティーの事がうやむやになればな。」
『それと、わざわざご帰還の為の連絡とは思えませんが、何をすれば宜しいですか?』
「3日以内の予定の中で夕方から次の日までフリーになるように緊急で手配しろ。」
『3日以内ですね。かしこまりました。その中の1日だけで宜しいのですか?』
「構わん。下らん会議などどうでも良い、重要な情報を得られるかも知れん。それと、メディカルセンターのハミルという看護婦について調べられる範囲で調べろ。以上だ。戻ってからの会議の件は心得てる。そちらで資料を用意しとけ。」
『はい、かしこまりました。では、後程。一旦失礼致します。』
やり取りが終わり、ウォレアは軍の方へと戻って行った。
ハミルは面会の後、自分の病室に戻っていた。
「ハミル大丈夫かにゃ?」
「はい・・・。」
「無理にしゃべらない方が良いよ。顔色大分悪いし。ごめんね、そんな体調の上に大役任せちゃって。」
「いえ。怒らせたりしなければ根は良い方だと思いますよ。」
心配そうに見ているミャオとセプテイルを気遣うように、優しく言った。
「これで、教官に頼めたし、どうやら後々ハンターズに聞けば二人の警護依頼主の方は分かりそうだね。」
セプテイルは少し嬉しそうに言った。
「ねえ、セプテイル。ウォレアは依頼主を知ってるのかにゃ?」
「ん〜、あの口ぶりだと微妙かなあ。どっちとも取れるとしか言いようが無いなあ。」
ミャオに聞かれて少し困ったように曖昧な答えを出す。
「私は、知らないと思います。」
「ハミル、何でそう思うにゃ?」
「うん、私も聞きたいね。」
ハミルの言葉にミャオもセプテイルも興味津々といった感じで聞いた。
「ウォレア准将程のお方なら、あの部屋がモニタリングされている事、映像音声共に記録されている事位は分かるでしょう。そこで、自ら『詳細は総督府なり、別のハンターズの者に聞いて欲しい。』と仰ったのです。後程ハンターズが来る事も、すぐ後でご自身の口から出ています。ここで変な回答をすれば怪しまれる事も分かっているでしょう。ですから、聞いていない。つまり知らないと取るのが自然かと。」
「なるほどねえ。ハミルちゃんは賢いなあ。」
「ほんとうだにゃあ。」
セプテイルとミャオは感心して、呟きながら納得していた。
「ただ、聞いていないとは良いましたが、もしかすると聞いても答えが出ない状態なのかもしれませんね。ウォレア准将なら力ずくというか・・・。聞けそうな気がするもので。」
「あ〜、それは否定しないねえ。」
ハミルが苦笑いしながら言うと、セプテイルは察して苦笑いしながら同意する。
「にゅ?」
ミャオはサッパリ分からずに目をぱちくりしていた。
「でもまあ、その辺は近々いらっしゃるハンターズの方にお聞きすれば問題ないかなと。」
「そうだね。しっかし、ハミルちゃんは度胸あるよねえ。」
「うんうん、私もそう思ったにゃ。」
「はい?何がでしょう?」
ハミルは不思議そうに、二人へ聞き返す。
「だってさ、相手が教官・・・じゃない、ウォレア准将だって分かっててあの落ち着いた対応でしょ。少しは動揺したりとかするもんじゃないかなって。」
「そうだにゃ。私なんてモニター越しにハラハラしてたにゃ。」
「うふふ。別にウォレア准将をそのまま相手をしていた感覚ではありませんよ。ミャオ先生なら分かって貰えると思いますけれど、患者さんやそのご家族・関係者として接していましたからね。」
二人がワタワタしながら言うのを見て、少し笑いながらハミルは答えた。
「それにしたって、そこまでなかなか割り切れるものじゃないでしょ?」
「私はハミルの言ってる事分かるんだにゃ。こりからは見習わないとだにゃ。」
セプテイルは聞き返したが、ミャオの方は納得して頷きながら言っていた。
「セプテイルさん。ですから最初に言ったじゃありませんか。根は良い方だと思うって。」
「う〜む・・・。」
「そこに関しては?マークだにゃ。」
微笑みながら言うハミルの言葉に、セプテイルとミャオは向き合って何とも言えない顔をしていた。
ピーピーピー!
「にゃ?ミャオだにゃ。どうしたにゃ?」
急に胸のネームプレートから呼び出し音がなって、ミャオは真剣な顔になって聞いた。
『総督府から急患なんですが、怪我の状況からいってクローニングを勧めているのですがかたくなに拒まれていて・・・。』
困った受付嬢の声が聞こえてくる。
「部長はどうしたにゃ?」
『外科部長は現在手術中で、判断をミャオ先生に委ねると仰られたのでご連絡させて頂きました。』
「分かったにゃ。今ハミルの所に居るから先に患者さんのデータよこしてにゃ。そこに居る場所とかも一緒に送ってにゃ。私で対処するにゃ。」
『ありがとうございます。電子カルテからのデータをすぐにお送りします。それでは宜しくお願い致します。』
ミャオの早急な指示に最初はオロオロしていた感じの受付嬢だったが、冷静になったようだった。
「ミャオちゃんホントに見た目とのギャップが激しいねえ。」
セプテイルは何とも言えない感じで言っていた。
「にゅふ。まあ、そういう事だから私は行くにゃ。セプテイル、ハミルの護衛宜しく頼むにゃ。」
少し笑った後、ミャオはそう言いながら携帯端末を部屋の一部に接続する。
「まっかしといて。」
「ハミルの方はゆっくり休んでにゃ。」
セプテイルとはウインクでやり取りして、データを少し見ながら、ハミルに言った。
「はい。結構時間経っていますね。早く行って診てあげて下さい。」
ハミルの方も癖で素早くデータを見てミャオの方へ言った。
「それじゃ行ってくるにゃ。」
二人に軽く手を上げて、ミャオは走って部屋から出て行った。
「少し緊張とかあるかもしれないけど、安心して休んでね。」
ミャオが出て行った後、セプテイルはハミルの傍に座ってから静かに言った。
「はい、ではお言葉に甘えて。」
ハミルは微笑みながら言うと、すぐに寝息を立て始めた。
(ハミルちゃん。やっぱあんたは凄いよ・・・。この状況ですぐ寝れちゃうんだもん。)
その様子を見て、セプテイルは感心半分、呆れ半分の顔になっていた。