発端
発端は一つのデータからだった。
それは、惑星コーラルからの超遠距離通信で三ケ所へと送られた。
一ヶ所はパイオニア2軍本部サーバー。
一ヶ所はパイオニア2研究施設。通称ラボ。
一ヶ所はパイオニア2メディカルセンターサーバー。
「ん?」
最初に異変に気が付いたのはウォレアだった。
(こんな深夜にコーラルから通信だと?しかも、かなりのアクセスレベル制限付・・・。)
怪訝に思ったウォレアは、そのデータを即自分の内部へ入れた。
「こいつは・・・不味いな。」
内容の一部を確認して、すぐにサーバー内のデータを違うものに書き換えた。
そして、情報漏れが無いかを調べた。
「やはり目ざとい連中はどこにでも居るのだな・・・。」
既にデータに接触した形跡を見つけて、少し呆れたように言ったが、そのビームアイは細くなっていた。
ラボの方では面白い情報が入ったと、一部の研究者がバックアップを取り動き始めようとしていた。
しかし、実際のデータは数分後に消去されていた。
メディカルセンターでは、深夜のデータ整理をしていたハミルがその情報を目にしていた。
「これは?」
興味を引かれたハミルはそのままデータを細かく見始めた。
「こ、これって・・・。」
内容の全容を知ってしまったハミルはその場で少しの間固まっていた。
「ふみゃ?ハミルどうかしたのかにゃ?」
「えっ!?い、いえっ!あれ?ミャオ先生今日は当直でしたっけ?」
突然後ろからミャオに声を掛けられて驚いたハミルは焦りながらも画面を切り替えて聞き返した。
「んみゅ〜、そりが緊急手術だから出て来てくれって呼ばれて言われたんだにゃ。さっき手術は終わったんだけど、当直明けであんまり寝てにゃいから眠くてたまらないんだにゃ〜。ふみゃぁ〜あ。」
ミャオは目を擦りながら大あくびをして答える。
「宿直室で寝ますか?」
「空いてるかにゃ〜?」
「とりあえず、一緒に行ってみましょう、ね?」
今にも寝そうでフラフラしながら言うミャオを心配して、慌てて椅子から立ち上がってハミルは促しながらその場を離れて行った。
「ふう、空いてて良かった。」
ミャオを寝かせてホッとしながらハミルはサーバー室へ戻ってきて、画面を見るとさっきまであったデータが消えていた。
「えっ!?」
(どういう事?サーバー室への立ち入りは・・・無し・・・。まさかハッキングでデータを消した!?)
驚きながらも、訝しげな顔をしてサーバーへ侵入が無かったか等を調べたが痕跡は無かった。
「プロの仕業かしら・・・。」
少し唸るように呟いてハミルはさっきのデータの内容を思い出していた。
・・・次の日・・・
「分かった、ご苦労。」
ウォレアはコーラルとの連絡が終わると、椅子にもたれ掛かった。
「閣下、随分と長いやり取りでしたね。本星にもお知り合いがいらっしゃるとは正直驚きました。」
メリアは珍しく驚きを表情に出していた。
「まあ、私の立場上向こうともパイプを持っておかんとな。今度お前にも紹介しておく。今回の件はもしかすると向こうとのやり取りが頻繁になるかも知れん。」
「私がパイプ役になっても宜しいのですか?」
意外そうにメリアは聞く。
「お前にしか任せられん。近場にいる他の奴は信用が置けんし、出来ても私とコンタクトを取るのが難しい立場の奴が多いからな。」
「そうおっしゃって頂けるとは光栄です。逆にそれだけ重要だという事ですよね・・・。」
ウォレアの言葉に少し嬉しそうに礼を言ってから、後半は真面目な顔つきになって呟く。
「私は久しぶりに現場へ出る事になるだろう。」
「えっ!?閣下が直々にですか!?」
(私が来てからここ10年来現場に出たウォレア様を知らない・・・。)
メリアはさっきよりも驚いて聞く。
「そうだ。この件に関しては他には任せられん。」
「上層部からの指示ですか?」
「いや、私の一存だ。上層部も多分この件はまだ知らないだろう。もし知っていたとしてもごく一部だ。」
(ウォレア様は本気だ・・・。)
メリアは長い付き合いもあり、ウォレアが本気な事と今回の件の重要性を改めて知った気がした。
「知っているものには消えて貰う。例え将校でもな・・・。」
「・・・。それは私が知っても良い事なのでしょうか・・・。」
ウォレアの一言に、メリアはやや困惑気味に聞く。
「メリア。お前は今までも数多くの秘密を知っている。それを口外したか?」
「いえ。」
「ならば、構わん。私は知って貰った上で、意見を聞きたいと思っている。」
「かしこまりました。今回の件、お教え願いますか?」
再びいつもの表情に戻って、メリアは聞いた。
「私のスケジュールは大丈夫な上で聞いてるよな?」
「勿論です、閣下。」
念を押すように聞くウォレアに、メリアは少し微笑みながら答えた。
「ミャオ先生、ミャオ先生!」
「ふにゅぅ・・・。あと5分だにゃ〜。」
ミャオは声を掛けて来ている相手に、そう言ってベッドに潜り込む。
「緊急手術ですっ!!!」
ガバッ!
「ふみゃっ!?」
思いっきり掛け布団などを引っぺがされたミャオは驚いて飛び起きる。
「おはようございます。ミャオ先生。第2ICUですからね。」
「うにゅ〜。第2だにゃ。人使いが荒いんだにゃ〜。」
ミャオはぶつぶつ言いながらも、起こしにきた手術チームのメンバーと仮眠室を後にした。
「あ、そうだにゃ。ベテランだから知ってるかにゃ〜?」
「はい?何をですか?」
歩きながら突然聞かれてメンバーの一人は不思議そうに聞き返す。相手は白髪交じりの優しいおじさんと行った風貌だった。彼は既に、メディカルセンターに入って30年を越えようとしていた。
「チャオっていう先生知ってるかにゃ?」
「ああ、チャオ元外科部長ですかね?最後までのお勤めはありませんでしたけれど、私が若い時にはご一緒した事もありますよ。後のアルラ外科部長とは双璧といわれ見事な腕前に、人としても患者さんを第一に考える良い方でした。ニューマンとしての寿命で亡くなっていますが、本当に惜しい方を亡くしました。」
メンバーの一人は懐かしそうに目を細めながら答える。
「ふ〜ん。一部の人の話だと私に似てるって聞いたにゃ?」
「そうですね。ミャオ先生よりは体つきは大きかったですけれど、かなり似ているかもしれませんね。」
「うん。」
「まあ、後ミャオ先生と違うのは元看護婦だった事ですかね。」
「にゃっ!?看護婦から外科医になったんだにゃ!?」
メンバーの一人に言われてミャオは驚く。
「ええ、ハリス元センター長を始め周りの力添えもあったらしいですよ。私も微力ながら、チャオ先生の婦長時代に勉強を教えた時もありましたね。」
昔を懐かしむように、少し遠くを見るような感じで静かに答える。
「そりにしたって、看護婦、しかも婦長から外科医にゃんて・・・。時間的余裕だってにゃいだろうし、物凄くハードル高いし、畑も全然違うにゃ。ほんとに凄いんだにゃ〜。」
ミャオは目をぱちくりして感心しきりだった。
「でも、ミャオ先生だって外科医一筋ですけれど若くして大したものだと思いますよ。」
「にゃはは、ありがとにゃ。照れるにゃ。」
メンバーの一言に頭を掻きながらも嬉しそうに照れ笑いしていた。
「さて、じゃあ、私は先に行きますので、着替えて緊急手術の方をお願いします。」
「分かったにゃ。すぐに行くにゃ。それまでに患者データの転送宜しくにゃ。」
「はいっ。」
外科医の更衣室の前でそれぞれ挨拶をして分かれた。
「あら?また緊急?」
「うん。連続なんだにゃ。でも、良く分かったにゃ?」
更衣室に入ってから声を掛けられて、ミャオは不思議そうに聞き返した。
「うふふ、ね・ぐ・せ。」
「ふみゃっ!」
軽くはねている髪の毛を弄られて、ミャオは驚いて鏡を見ると見事な寝癖が何箇所もあった。
「にゅぅ・・・。だから、来る時みんにゃくすくす笑ってたんだにゃ。にゃ〜!恥ずかしいにゃ〜。」
ミャオはその場でジタジタしていた。
「仕方ないわよ。終わった事だし。私も呼ばれて同じよ。」
そう言うと、もう一人の外科医は自分の寝癖を見せる。
「にゃははは。仲間だにゃ〜。」
ミャオはおかしくて指差して笑いながら言う。
「んもうっ、そんなに笑わないの!」
むにぃっ
「ふふぇっ!?」
ちょっと怒った口調で言うと、ミャオの頬を両手でつねる。ミャオは一瞬何が起きたか分からずに、そのままキョトンとした顔になる。その後で、痛みが来てジタバタ暴れる。
『先生!まだですかっ!?』
「今行くわ。」
相手の外科医チームの方から焦れた感じの呼び出しがかかると、ミャオを離して更衣室から出て行った。
「ふにゅう。酷い目にあったにゃ。」
ミャオはちょっと涙目で頬をさすりながら呟いた。ふと視界の端に一つのロッカーが目に入る。
一番端の奥にあるロッカー。それは、元々チャオが使っていたロッカーだった。中身が空なのはミャオも見た事があるので知っている。
何でも研修生が願掛けをした所、上手く行ったという事で、それから外科医だけでなく看護婦や患者の中にもここを訪れる人が多かったと言う。
チャオがメディカルセンターを辞めて、本人が亡くなってからはめっきり訪れる人は減ったが、ゼロではなかった。
ミャオも外科医の試験前にはここに願掛けにやってきていた。
そして、何故か彼女がこの世から居なくなってから20年が過ぎる今も、ここに彼女が生きていた証が残っていた。
「昨日のハミルが見ていたデータの「CHAO」ってチャオ先生の事なのかにゃ〜。」
ミャオはロッカーを見た後、呟いて首を傾げながら着替えていた。