白銀の魔女(後編)

「なんとっ!」
この前の雷参と蒼炎の言葉があって、警戒していた青海の中隊はザザーンから離れつつあった。しかし、その中隊でさえ凄まじい猛吹雪と竜巻に巻き込まれた。
この一撃で密集していた帝国軍の7割以上が竜巻に飲まれたり、氷漬けになった。流石のカルデスもこれには驚きを隠せなかった。しかし、そこはカルデス。すぐに退却命令を出した。


青海達を含め数部隊は退却できずに取り残されていた。
あまりの環境の変化、つまり温度変化と、猛吹雪による積雪により地形が大きく変化し退路を見失ってしまったのである。
「恐るべし、そして、敵ながら天晴れ見事じゃ、ザザーン。」
そう言って苦笑いしながら青海は言った。青海達は生存者の収集にあたっていた。
「青海様。生存者の救出が完了致しました。」
暫くして雷参の報告を受けながら生存者を確認するが、自分達の中隊を含めても100人にも満たない人数だった。
「うむ、ご苦労。しかし・・・酷い有様じゃのう。と愚痴っておっても仕方なし。怪我人を最優先して退却開始。」
暫くは何も無く退却していたが、そのうちにザザーンと鉢合わせしてしまった。
「まだ生き残りがいたね。今まで好き勝手やってくれた礼はさせてもらうよ。」
不敵な笑みを浮かべながらザザーンが言うと、辺りの雪中から兵が出てきて次々と襲いかかった。
「むう、いかん!怪我人は絶対に守るんじゃ。わし等とてむざむざとやられはせんっ!」
そんな青海の言葉を聞いてか聞かずか、
「怪我人に手出すんじゃないよ。戦えるのだけ相手しな。あたいらが弱いものイジメしてるなんて言われたら恥だからね。あたいは隊長クラスを相手するからお前達は周りを各個撃破しな。あたいらの怖さを思い知らせてやんなっ!」
そのザザーンの言葉に再び兵士達は雪中に消えていった。そして、ザザーン本人は一気に青海に詰め寄ろうとしていた。
「青海様、ここは拙者が食い止めます故、お逃げ下さいませ。」
「馬鹿者!部下を見捨てておめおめと逃げ帰れるかっ!ここまで来れば一蓮托生じゃ。皆の者生き残る為に精一杯戦えい。」
そう言ってから青海は念仏を唱え始める。すると帝国軍兵士の鎧と武器が光りだしパワーアップした。
その青海を庇っていた雷参だったが、ザザーンの相手をするには実力不足だった。
「そんな腕であたいを止めようなんて片腹痛いし、10年早いねっ!」
そう言いながら体当たりで雷参を離れた氷壁に吹き飛ばす。
「ぐわっ!」
雷参は氷壁に背中から力一杯叩き付けられ気絶した。
「雷参っ!」
青海は雷参の方へ行こうとするが目の前にザザーンが立ち塞がった。
「人の心配してる暇があったら自分を心配するんだね。さあ、覚悟しなっ!」
「しまった!」
ザザーンの振り下ろした刀は、斬られる覚悟をしていた青海の寸前で止まっていた。
「何っ!」
「そうはさせるかよ!青海様お怪我はありませんか?」
そう言いながら割って入ったのは蒼炎だった。
「ほう、まだ若いのにあたいの一撃を受け止めるなんてやるじゃないか。だがまだまだひよっこだね。」
ニヤリと笑いながらザザーンは一旦離れて構え直す。
「そんなもん、やってみなきゃわかんねえだろ!」
そう言って蒼炎は自分からザザーンに向かっていった。
ザザーンの言う通り最初は一方的に押されていた蒼炎だったが暫くすると蒼炎の方が持ち返し互角に渡り合っていた。
それを見ていた青海がザザーンの異変に気がついた。
「む?」
そう青海が言った瞬間ザザーンは急に咳き込み吐血して倒れそうになるが、片膝を突いて、片手で口を押さえ、もう片方の腕で蒼炎の刀を受けていた。
「やめんか!蒼炎。」
その言葉で一瞬動きが止まる蒼炎。
「でも、青海様もう少しで・・・」
「馬鹿者!お主の刀は病人を切る為にあるのか?」
その一喝で蒼炎はザザーンに完全に切りかかるのを止めた。
「グバッ!」
蒼炎が止めたのと同時にザザーンは大きく吐血して倒れた。真っ白い雪の上に血の花が咲いた。
「い、いかんっ!雷参!雷参っ!」
青海は氷壁の下で気絶している雷参に駆け寄る。そして、揺さ振って必死に起こす。
「う・・・ん・・・。青海様・・・ご無事で何よりです。」
まだ少しボーっとしているのか、ダメージを受けて弱っているのか分からないがはっきりしない口調で雷参は言った。
「しっかりせい。それと今薬草はあるか?」
青海の必死の形相に雷参は意識がはっきりしてきた。
「はい、それならばここに少しならばございます。」
「ならばすぐにそれでザザーンを治療するんじゃ。わしはわしの出来る事をする。兎に角急げっ!」
「はっ。」
雷参はすぐに立ち上がりザザーンに駆け寄って横向きにして血を吐かせる。吐く血が普通の血よりもどす黒いのが疫病にかかっている何よりの証拠だった。雷参は悩んだ末、先に葉っぱを飲ませてその後すぐに薬草を調合して、吐血のタイミングを見ながら薬を飲ませた。
青海は青海で言霊術を唱え完成するとザザーンの吐血が止まった。
その後も雷参はいろいろな薬をザザーンに飲ませた。
蒼炎を含め敵味方双方とも戦いを止め成り行きを見守っていた。


そして、手当を始めてから2時間後。ザザーンは最後に一回咳き込み真っ黒い血とは思えないものを吐き出した。するとさっきまで苦しそうにしていた顔も穏やかな顔になった。
「どうなんじゃ雷参。ザザーンは峠を越えたのか?」
心配そうに聞く青海。
「はい、もう大丈夫です。悪いものは今ので全部出きりました。このまま休ませておけば直に気が付くかと思われます。」
笑いながら血だらけの手で汗を拭いながら雷参は答えた。
「おお。良くやったぞ雷参。」
敵将ながらも自分の家族が救われたかのように嬉しそうに言う青海。そして、続けて言った。
「周りのもの良く聞けい。ザザーンは病から救われた。暫くすれば気が付く。安心せい。」
その声で敵側の全員がホッとした表情になった。
「わし等はこの状態のザザーンに手を出すつもりはない。気が付くまで休戦しようと思うがどうだろうか?」
青海の問いに敵側は全員一致でその申し出を受け入れた。
(すげえ・・・青海様もすごいけど雷参様にもあんな特技があったのか・・・。)
何も出来ない蒼炎は自分に悔しさを憶えていた。


そして気が付いたザザーンは青海と雷参に礼を言った。
「あんた達があたいを助けてくれたのか。ありがとう。」
「病に伏している者を救うのは当然の事じゃ。例えそれが敵だとしても。」
その青海の言葉に雷参は頷く。
「さっきまで刃を向けてたってのに・・・。」
「青海様は心の広い御方だ。そんな事気にしねえよ。」
気まずそうなザザーンに蒼炎が言う。
「まあ、終った事じゃ。それよりどうじゃろう。これ以上お互い戦い続けても意味は無いとわしは思う。いっその事お主に北を任せるという事で、帝国に帰順してはくれないだろうか?そうすれば無意味な戦いはこれ以上しなくて済む。」
青海の言葉に少し間を置いて考えるザザーン。
「あたい達は別にそっちがこっちに侵攻してこなきゃ戦う意味もないしね。それにあたい達はあたい達の土地を守りたいだけの事。帰順ってのは気に食わないトコだけど命の恩人の頼みだ断わる訳にもいかないね。分かった、あたいらに北を任せてくれるってのなら。その案受け入れよう。それと今のこの疫病を何とかして欲しい。」
そう言って青海に手を合わせる。
「わしは構わん。それに病人を放置するつもりは無い。よし、蒼炎、本陣にザザーン殿をお連れしろ。そして、カルデス将軍と話をする手はずを取ってくれ。わしや雷参を含めたものはすぐに疫病の対応に入る。重要な任だ、頼めるな蒼炎。」
青海の言葉に思わず胸が熱くなったが、蒼炎は軽く頷いてザザーンを促した。
「病人の事はわしらに任せておけ。お主はカルデス将軍と先程の話をしてくれ。」
「分かった。本当に礼を言う。」
ザザーンは深深と頭を下げた。
「それはわしらの仕事が終ってからにしてくれれば構わん。また会おうぞザザーン。お主は敵ながら天晴れじゃった。」
そう言うと青海は雷参達を促して敵兵と共にアイスパレスへと向かった。
「ふふっ!青海に雷参か、その名忘れん。」
そう見送りながらザザーンは呟く。そして蒼炎と共に帝国軍の本陣へと向かった。
「確か、蒼炎といったか?」
ザザーンは無言で道案内をしている蒼炎に問いかけた。
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
振り向いて不思議そうに言い返す蒼炎。
「あんたは筋が良い。きっと近い将来帝国でも屈指の戦士になるだろう。」
「おだてても何もでねえよ。」
その蒼炎の言葉にザザーンは吹き出した。
「何がおかしいんだよ!」
「あたいがお伊達?言う訳ないだろ。」
怒っている蒼炎と反対にザザーンは笑いながら言った。
「あんたは実践経験がまだ少ない。もっと場数踏めばどんどん強くなれるよ。暇があったらあたいが少し稽古つけてやるよ。」
「青海様からお許しが出ればな。ちゃんとした決着を1度はつけたいしな。」
その言葉にザザーンは嬉しそうな顔をする。
「そうだね、あんたとはまたやってみたいね。」
その言動に少しどぎまぎしていた蒼炎だった。



その後ザザーンはカルデスと会談し、帝国に帰順すると旨を伝えると共に一時的に休戦協定を結んだ。
そして、改めて帝都でザザーンは帝国の北方将軍に任命され元いる北方の統治を任される事になった。
この功績が称えられ、カルデスは大将軍に昇進。青海は中隊長から大隊長。つまりは将軍になった。雷参は中隊長に、蒼炎は小隊長にそれぞれ昇進した。
こうしてここに今現在の帝国の将軍達が出揃ったのである。