白銀の魔女(前編)

まだ現ダニエル帝国の北方が領地で無かった時の事である。

ダニエル帝国の北方遠征はことごとく一人の人間の為に失敗に終っていた。
「白銀の魔女」「北の守護神」という異名を持ち帝国軍では知らぬものはいなく、そして恐れられているザザーンだった。
1度目はボルチ将軍が向かったが全く歯が立たず、大敗こそしなかったものの全然北上出気無い状況で終った。
2度目はファント将軍が向かったが、ファント将軍と側近の精鋭を残して全滅。酷い有様だった。
3度目は2度の失敗を生かし、夏にティアハルト将軍が向かい、ある程度まで侵攻したものの、季節が冬に近付くに連れて劣勢となり冬には大攻勢をかけられて大敗。一気に勢力地図を戻されて振り出しに戻されてしまった。
ザザーンはある程度は南下してくるものの一線は越えず侵攻してくる気配は全く無かった。
ただ、帝国としては南方攻勢をかけるのに北側に不安を残したくないと言う理由と、全くと言っていい程手のつけられていない資源の確保をしたいという狙いがあった。それだけに北方遠征は帝国にとっては絶対に成し遂げなければならないものだった。
そして、第4次北方遠征が始まった。
総司令官にカルデス将軍を筆頭に精鋭部隊が用意された。前回の例もあり今回は夏よりも早く春から進軍開始となった。
早期決着を求め遅くとも秋までには北方遠征を完了させる予定になっていた。

戦いが始まり、今回は嘘の様に侵攻が進み初夏には北方の半分以上が帝国勢力圏に変わっていた。
ただ、あまりに上手くいってるので何かあるのではと思いカルデスは特別偵察部隊を編成し送り込んだ。
特別偵察部隊の報告を聞いてみると、どうやら北方で疫病が流行っているのが原因と分かった。どういう事か帝国軍には一人も疫病にかかるものはいなかった。
この報告を受けたカルデスは一気に攻勢をかけた。
そして、ついに帝国軍は夏真っ盛りの中だが零下2℃という環境下で敵の本拠地アイスパレスに到着した。
今までに見る中でこれだけ美しい城があっただろうか。帝国軍の皆は感嘆の声をあげた。
カルデスは城を反扇形に覆うように正面から布陣し攻城戦を開始した。
アイスパレスは見た目は美しいだけでなく鉄壁の防備でカルデスは攻めあぐねていた。
しかし、疫病が城内を襲い戦いの行方は分からなくなった。
カルデスは夏という事と、疫病が城内に蔓延している事を考えて味方の被害を増やさない為にあえて攻城戦は避け、長期戦の構えに入った。
一方アイスパレス内では何もしなくても疫病により人数が減っていき、士気も落ちる一方だった。城に立て篭もっていたザザーンは数部隊を城から出して戦う作戦に出た。
しかし、カルデスはわざと相手をせずに守りに徹した。挑発などにも全く乗らずただ相手が減るのをじっと待っていた。

「ふう。どうやらカルデス様の作戦勝ちのようじゃな。」
この頃はまだ中隊長だった青海が言う。
「でも、まだザザーンが残っています。」
まだ駆け出しの蒼炎が真面目な顔をして言う。
「ふふふ。お主はあのザザーンを敵ながら買っているようじゃな。」
青海は笑いながら言う。
「蒼炎の言う通りです。白銀の魔女と言われている奴です。どんな奥の手があるか分かりません。十分にご注意下さいませ。」
青海の懐刀の雷参も厳しい表情で言う。
「お主までおそう言うか。わしは万策尽きたと思うのだがな・・・。雷参よお主に問う。お主がザザーンならこの状況どう乗り切る?」
青海の言葉に雷参は少し考えた後に答える。
「拙者が思いますに、ザザーンはここに一気に冬をも呼べる力を持っていると思われます。寒さの中では疫病も本来の威力を発揮出来ない上に、相手側には有利に我が軍には不利な状況になるのではないでしょうか。なぜそう思うのかというと・・・拙者は彼女に雪女の影を見ました。」
「うーむ・・・雪女か・・・・。」
青海は顎をさすりながら、難しい顔をして呟く。
「後、俺が思うには・・・」
「蒼炎!」
「す、すいません。」
蒼炎は雷参の言葉に何かを付け加えようとしたが、雷参に止められて申し訳なさそうにしている。
「雷参、別にわしは構わんぞ。蒼炎、申してみよ。思うに何じゃ?」
「ありがとうございます。じゃあ、続けさせてもらいます。俺の感なんですけれどザザーンは雷参様の言う通り雪女と変わらないと思うんです。」
「うむ。それで?」
「ただ、俺や青海様、雷参様が知っている雪女違うのは、暖かい場所にいれない訳じゃないんですよね。それと、今まで俺等に見せている面は戦士としての面だけでザザーン自身が吹雪を起こすとかしてませんよね。俺みたいにただ戦士として戦えるだけじゃなくて吹雪を起こすとかそうじゃなくてももっと凄い事が出来るんじゃないかと思うんですよ。」
「今の蒼炎の意見は的を得ていると思います。拙者も同感です。」
二人の意見に青海は少し目をつぶる。
「まだ、奥の手は残ってるかもしれんと言う事か・・・」
ゆっくりと目を開けた青海と二人はアイスパレスを見ながら暫く沈黙していた。

暫くして雷参が口を開いた。
「青海様。ザザーンの事とは別に気になる事があるのですが。」
「うん?なんじゃ。申してみよ。」
「ありがとうございます。拙者が思いますに、この疫病なのですが、昔我が国で流行った病に良く似ているような気がするのです。こちらの医学や魔法では治らないものなのかもしれません。青海様や僧が持っている力や、私が所持しているような我が国の薬草などでないと回復は愚か現状を維持するのも難しいかもしれませぬ。」
ふむ、そう言われてみれば、吐血して息絶える所や、高熱が出る症状などは似ているかもしれぬな。今度の戦闘で疫病にかかっているものを見つけてわし等で治療を試みてみるかのう。いずれ戦いが終れば同士じゃ。元々の土地の物を無下には出来んし、病に伏しているものは何処の誰であっても救うのが仏の道じゃ。」
そう言いながら手を合わせる青海を見て、二人は青海の徳の高さに改めて感服していた。


そして幸か不幸か次の戦闘で青海達の中隊はザザーンと直接ぶつかる事になった。
「帝国の連中にはちっとは骨のある奴はいないのかねえ。」
ザザーンの言う通り、彼女にぶつかるものは皆あっけなく切り捨てられていた。他の部隊からもザザーンに向かっていく者達はいるが、全く歯が立たない。
「うーむ。やはり奴を倒さぬ限り、遠征は終らんか・・・。」
難しい顔をしながらカルデスは呟いた。そして、少し考えた後にザザーンへの集中攻撃を命じた。
帝国軍の部隊が一気に密集しザザーンの部隊を取り囲む。ザザーンの周囲は数の暴力であっけなく本人を残して全滅した。
「残るはザザーンのみ!一気に首を取れ!!!」
カルデスは勝利を確信して叫んだ。
が、
「あたいをなめるなーーーー!!!!!」
少し傷を負っていたザザーンだったが、叫ぶと一気に冷気が解放され彼女を中心にして、凄まじい吹雪と竜巻が巻き起こり辺りを一気に襲う。
「何だとっ!?」
目の前で起こった光景にカルデスは目を疑うしかなかった。